第24話 空も飛べるはず
◇片岡理沙視点
あのあと私は、父である片岡英嗣の選挙事務所で手伝いをしていた。
学校には顔を出していない。どうせいずれ辞めることになる。このまま9月を迎えれば、いよいよ私は日本を離れて海外へ留学する。そうすれば、もう二度とあいつらとバンドをやることなんて出来ない。
ひと仕事終えて夕時になった頃、事務所の呼び鈴が鳴った。
なんとなくでその扉を開けると、そこに居たのは融だった。
「何の用だ?まさか、私を連れ出しに来たとか言わないよな?」
「連れ出すというかまあ……、ちょっと片岡議員にお話というか……?」
「お前バカだろ!うちの父親と話したところでなんにもならないに決まってる」
本当にこいつはバカだ。こんな所まで来て私を連れ出そうなんて常人の発想じゃない。
しかも、それにはうちの父親を説得させる必要がある。そのへんの親と話し合うこととは訳が違うんだ。
「どうした理沙、玄関口で長々と立ち話とは」
「あっ、いや、父さん、ちょっと知り合いが来たみたいで……」
玄関口で話し込んでいたら父がやってきてしまった。
さすがに門前払いをすることはない。一応、人の話はちゃんと聞き入れる人だ。
「どうしても片岡議員とお話がしたくて」
「……まあいい、時間はあまりないが話は聞こう」
そのときの融が震えていたのが私にもわかった。
こんな状況、逃げ出したって誰も文句なんか言わないのに、彼は意を決して父へと立ち向かっていく。
融を突き動かすものは、一体何なのだろう。
応接間に融を通すと、やはり彼は私と一緒にバンドをやらせて欲しいと懇願する。
しかし、父は当たり前のようにそれを突っぱねる。
当たり前だ、片岡家に生まれた人間が『型破り』な生き方をするのはご法度だから。
「理沙を海外へ留学させる。向こうは9月から新学期が始まるから、仕切り直しにはちょうどいい」
「……それは、理沙が望んだことなんですか」
融は、どうしてもそれが納得いかないらしい。もちろん、私だってそんなの望んではいない。
しかし父はそんなのお構いなしだ。
「望むも望まないも関係ない。どうやったら自分の人生が正しく進められるのか、それぐらいのこと理沙はわかっている」
これ以上はもう無意味だ。どれだけ押したところで、この人を動かすのは難しい。
それは、私のこの短い人生経験でも十分に理解させられたことだ。
「……もうやめてくれ芝草。わかっただろ?私はこういう境遇にいるんだ、だからもうバンドなんてやらない」
絞り出すような声で私はそう言う。でも、融は諦めようとはしない。
「そんなバカなことがあるかよ!……確かに将来役に立つかなんてわからないけど、音楽だってもう理沙の人生の一部だろ?そんな半分死んだような人生、送らないほうがマシだ」
融は大きな声で私へと問いかける。事務所全体に響くような、そんな怒号みたいな声。
そしてその言葉は痛いほど突き刺さる。でも、どうしようもないことには変わりない。
「芝草くん、君の言いたいことは大体わかった。そうしたい気持ちも理解できる。……ただ、君には圧倒的に足りないものがある」
「僕に足りないものですか……?それは一体」
「人を説得させるには、それなりの材料が必要だということだ。情に訴えるのはその後。君にはそれが足りない」
いつもの父ならここで立ち去るのがオチだ。
しかしどうしたものか、今日に限っては何故かそんなヒントを融に与えようとしている。
気づいているのは私だけだろうが、なんだか流れが変わりそうな、そんな気がしていた。
「私は君に『理沙と金輪際バンドごっこをやるな』と言った。それは、理沙に無駄な時間を過ごして欲しくないからということに尽きる」
それは先日、私を車で迎えに来たときの父のセリフだ。
趣味で楽しくやるのではなく、いち音楽人として真剣に取り組んだ上で、さらに誰もが納得する結果を出せ。そういう決意でもなければ、私にバンドを演らせるわけにはいかない。
父は、融にそう言っている。
融は閉口してしまった。無理もない、音楽の世界で実績を出すなんていうのは簡単なことじゃない。それを分かってて父は言ったんだ。
「――話はこれで終わりでいいかな。何も言うことが無ければ、私はまた仕事に戻るとするよ」
父は残っていたお茶をすべて飲み干して、応接室を出るために立ち上がる。
さすがの融もこれ以上父を説得など出来ないと思い、身体を預けていたソファから離れようとした。
その時、融の胸ポケットに入れていたスマホから声がした。
『――待って下さい!も、もう少しだけ、話を聞いてもらえませんか』
「な、奈良原さん?」
電話越しにそう叫んだのは時雨だった。どうやら、どこか別の場所からずっとスマホで通話をしていたらしい。
「あっ、いや、これはあの……。ごめんなさい、念の為もう一人を通話で繋いでいたんです。一人だと心細くて」
「構わない。私が君の立場でも似たような予防線を張るだろう。それよりも、その電話口の子の言い分を聞こうじゃないか」
時雨は電話越しにもわかるくらい深呼吸をして思いっきり肺に空気を取り込む。
そうしてその溜め込まれた空気は、歌になってスマホから流れ始めた。
――この曲は、二人が私を誘う時に奏でてきた曲。タイトルは知らないけど、とても透明感があって、切なくて、この世のものではないんじゃないかという感覚すら覚える、素敵な曲だ。
ワンコーラス歌い終えた時雨は、もう一度深呼吸をして言葉を続ける。
『結果なら出してみせます。そのために、片岡さんが必要なんです。……だからお願いします。片岡さんとバンドを演らせて下さい』
あの気弱そうな時雨が、私なんかのために一生懸命声を振り絞って父へ懇願していた。
……なんで、どうして私にそこまでしてくれるんだよ。
暫くの沈黙のあと、父がが放ったのは意外な言葉だった。
「……1年だ」
「い、1年……?」
「理沙と君たちに1年間時間をやろう。君らが演りたいことが『バンドごっこ』でないのならば、その期間で結果を出せ」
私は思わず顔をあげた。融も、今の私と同じ顔をしている。
その言葉は、あの頑固な父からの最大限の譲歩だ。
「音楽に無知な私にすら何かを期待させてくれるものがその歌にはある。……経験上、知識のない者にすら伝わるものというのは、悪いものであったことはない」
良いものはジャンルを越えるとはよく言ったものだ。時雨の歌には、父の心を揺さぶるような、それだけの魅力がある。
「だからこの1年間というのは君たちへの投資だ。立場上、金銭を渡すわけにはいかないのでね」
その時の私は、ひと目をはばからず涙を流していた。
今まで自分の力ではどうしようも出来なかった父親という存在が、融と時雨のおかげでついに心を動かしたのだから。
「あっ……、ありがとうございます!」
「ありがとう!父さん!」
『……ありがとうございます』
堅固なレールの上に乗って、いびつな車輪を無理矢理に転がしていた私。
でも、二人の仲間によってついに、そのレールから外れて空を飛ぶ日が来たのだ。
……融、時雨。本当に、ありがとう。
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サブタイトル元ネタはスピッツの『空も飛べるはず』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください




