第22話 線路の上
◇片岡理沙視点
片岡家に生まれた以上、型破りな生き方は御法度だ。
高校は地元の進学校、大学は国立大学か有名私立、その後は大企業や国家公務員なんかになって、社会経験を積んだら父である片岡英嗣の秘書になる。そうしていずれ、政治の道へとコマを進めていくことが、生まれたときから私に敷かれた一本のレールだった。
このレールを外れて生きていくことは、どう足掻いても出来ないと、私はそう思い込んでいた。
高校受験のとき、私は大きな失敗をした。
なんのことはない、受かるはずだった地元の進学校に落ちてしまったのだ。
滑り止めには受かったものの、その失敗はそれまで挫折らしい挫折をしてこなかった私にとって、心の傷のようなものになった。
片岡一族では失敗作のような扱いを受け、両親はいかにして私の経歴をカバーするかだけを考えていたと思う。留学させようと父親が言い出したのも、そのせいだ。
家のこと全てに嫌気が差した私は、髪を染めてあからさまに不良の真似をするようになり、中学のときから好きだったパンクロックとエレキベースにのめり込むようになった。
おかげで仲の良い友達なんて出来やしない。たとえできたとしても、私が政治家の家系であることを知ると自然と人は離れていく。これはもう呪いみたいなものだ。
授業をサボって屋上で音楽を聴きながらただただベースを弾くだけ。
不良生徒らしく、こっそりタバコを覚えてみたりピアスを開けてみたりもした。
そんなちっぽけな楽しみが、その時の私の人生の全てだったと思う。
◆
ある日の昼休み、いつものように屋上で過ごしていると、私の目の前にひとりの男子生徒が現れた。
「おいそこのお前、タバコなんて吸うんじゃないよ」
その男子生徒は、至極真っ当な事を言う。これが先生にチクられでもしたら、一発で私は退学になるだろう。
でも正直そんなことはどうでもよかった。どうせなら不良らしく喧嘩でもして、潔く散ってやろうとまで私は考えていたのだ。
「……なんだお前?やんのか?」
それが、芝草融との最初の出会いだ。
ちょっとオラついてみたら、融はあっさり強硬姿勢を緩めた。世の中の人間が威張りたくなる理由がこれで良くわかる。
「あっ……、いや、なんでベース弾きながらタバコ吸ってんのかなーって」
「……別に、そんなの私の勝手だろ」
融はそう言うと、私が持っているフェンダー・プレシジョンベースを指して言う。
「ちなみになんだけど、そのベースは何?」
「空を見てタバコを吸ってるだけだと暇だからな。これで所在がないのを埋めている」
嘘偽りなく私はそう答えた。何も面白いことはない。
このまま融が立ち去っていって、また私のひとりの時間が戻ってくる。それだけのことだ。
しかし、芝草融というやつは変なことを言う。
今思うと、まるで私の事を知っていたのではないかと思うぐらい、心の中を見透かされていた気がする。
「じゃあ気が向いたらなんだけどさ、放課後にセッションしない?僕、軽音楽部でバンドをやっているんだけど、丁度ベーシストがいなくてさ」
率直に融はバカなのかと思った。
どういう思考をしたら、こんな不良で面倒くさそうな女をバンドに誘おうとするんだ。もちろん私は、即答で誘いを断った。
それでも融は引き下がらない。
こんな貧乏神みたいに呪われた女、誘うだけ損をするに決まってる。だから私はもう関わって来るんじゃないと言わんばかりに突き放す。
「仕方がないなあ……。じゃあ、また明日出直すことにするよ」
「来なくていい。私に関わるとろくなことがない」
「それがろくなことかどうか判断するためにも、また明日来ることにするよ」
言っている意味がわからなかった。
明日来たところで何かが変わるわけではない。それなのになんで関わろうとするのだろうか。
芝草融という男子生徒は、本当に宇宙人みたいなやつだなと思った。
そうして彼は、極めつけにこんなことまで言う。
「あっ、でもタバコだけは本気でやめたほうがいいよ。今420円だけどこれから500円超えるから」
私の愛飲するキャスターマイルドが値上がりするからやめろとまで言うのだ。
増税でタバコが値上がりするのは想像に易い。それでも、私にタバコをやめろと真面目に言うのは彼が初めてだった。
何かとてもむず痒い気持ちだ。
余計な事ばかりしやがってとは思いながら、なんとなく私をレールの外にある新たな道へと連れ出してくれそうな気が、その時の芝草融にはあった。
不思議と、また次の日に会える事に期待している自分がいた。
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サブタイトル元ネタはLOST IN TIMEの『線路の上』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください




