第21話 The Cost Of My Freedom
僕は迷っていた。
片岡議員の言う、バンドに本格的に取り組んだ上で結果を出せというのはそんなに難易度の高いものではないと思っている。
なんせこっちには奈良原時雨がいるのだ。一世を風靡出来る程のセンスと歌声を持った彼女がいれば、そのへんの賞レースで何かしら受賞をすることは容易いだろう。
でもそれは諸刃の剣でもある。
1周目の奈良原時雨は着々と実績を積み上げていたが、最期は自宅マンションから飛び降りる運命だった。
それが音楽によって生じた苦悩によるものかは知る由もないが、彼女の性格を鑑みると音楽に対するスタンスが原因のひとつであることは間違いない。
だから僕は2周目のこの人生、時雨と楽しくバンドを演ることだけを考えていた。
でも理沙をバンドに加えるためには、その考えを捨てなければならない。時雨にだってどんな負担を強いることになるのか想像がつかないのだ。
それを僕だけの判断で決めてしまうのは、さすがに出来なかった。
「――話はこれで終わりでいいかな。何も言うことが無ければ、私はまた仕事に戻るとするよ」
片岡議員は残っていたお茶をすべて飲み干して、応接室を出るために立ち上がる。
僕もさすがにこれ以上彼を説得など出来ないと思い、身体を預けていたソファから離れようとした。
その時、僕の胸ポケットに入れていたスマホから声がした。
『――待って下さい!も、もう少しだけ、話を聞いてもらえませんか』
「な、奈良原さん?」
通話越しにそう叫んだのは時雨だった。
「……なんだ、外部と通じていたのか」
「あっ、いや、これはあの……。ごめんなさい、念の為もう一人を通話で繋いでいたんです。一人だと心細くて」
片岡議員は表情を変えない。ただ、時雨の話を少しだけ聞いてやろうという気はあるのだろう。立ち去ろうとしたまま、そこで立ち止まった。
「構わない。私が君の立場でも似たような予防線を張るだろう。それよりも、その電話口の子の言い分を聞こうじゃないか」
片岡議員がそう言うと、時雨は電話越しにもわかるくらい深呼吸をして思いっきり肺に空気を取り込む。
そうしてその溜め込まれた空気は、歌になってスマホから流れ始めた。
――この曲は、『時雨』だ。彼女はまだタイトルをつけてはいないと言っていたが、1周目の人生では自分と同じ名前のタイトルがついていた曲。ミリオンセラーを記録するようなそんな曲が応接室に流れる。
ワンコーラス歌い終えた時雨は、もう一度深呼吸をして言葉を続ける。
『結果なら出してみせます。そのために、片岡さんが必要なんです』
僕は、まさかそんな言葉が時雨の口から出てくるなんて思っていなかった。だから、その時雨の決意表明を聞いたとき、僕はあんぐりとしていた。
『だからお願いします。片岡さんとバンドを演らせて下さい』
「お、お願いします……!」
時雨の懇願に気圧されていた僕は、ハッと正気に戻って片岡議員へ頭を下げる。
一方の片岡議員は、少しの間黙り込んで考えを巡らせていた。
僕にとってしたら、永遠にも近い沈黙だった気がする。
そうしてついに口を開いた片岡議員が放ったのは、意外な言葉だった。
「……1年だ」
「い、1年……?」
「理沙と君たちに1年間時間をやろう。君らが演りたいことが『バンドごっこ』でないのならば、その期間で結果を出せ」
僕は思わず顔をあげた。部屋の隅にいた理沙も、今の僕と同じ顔をしている。
その言葉は、片岡議員の最大限の譲歩だ。
時雨の歌と、その熱意が、彼の気持ちを動かしたのだ。
「……正直、私はあまり音楽には詳しくない。この電話越しの歌にどれぐらいの価値があるのか、具体的に評価することも私にはままならない」
「それなら、どうして……?」
「そんな無知な私にすら何かを期待させてくれるものがその歌にはある。……経験上、知識のない者にすら伝わるものというのは、悪いものであったことはないからだ」
良いものはジャンルを越えるなんて、仲間内のバンドマンの中でよく言っていたのを思い出した。
例えば僕はヘビーメタルには詳しくないけど、ヘビーメタルの定番と言われる曲は知っている。それと同じ理由で、片岡議員は時雨の歌に秘めたる力があると感じたのだろう。
「だからこの1年間というのは君たちへの投資だ。立場上、金銭を渡すわけにはいかないのでね」
「ほ、本当に理沙とバンドを演っても……?」
「ああ。ただし、その間はきちんと学校に通ってもらう。成績不良などないように努めてもらうのが最低条件だ。もし1年後にダメだったとき、すんなりと海外へ留学出来るぐらいにはしておいてもらわねば困る」
その時の理沙は、驚きの表情に加えて涙を流していた。
今まで自分の力ではどうしようも出来なかった父親という存在に想いが繋がり、ついに心を動かしたのだから。
「あっ……、ありがとうございます!」
「ありがとう!父さん!」
『……ありがとうございます』
もう一度僕と理沙は深々と頭を下げた。
片岡議員がどんな表情をしていたかはわからないが、応接室から立ち去るときの足音は、少しだけ軽やかになっていたような気がする。
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サブタイトル元ネタはKen Yokoyamaの『The Cost Of My Freedom』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください




