「まさかの着ぐるみ構成」
昼休み、レイチェル様と教室へ戻る途中の廊下でレイトン様に声をかけられた。珍しくその手にはお菓子はなく、わたし達を餌付けしようという目的ではないようだった。
「ごきげんよう、レイトン様。わたくし達に何かご用ですか?」
「ああ、ユーリア。レイチェル嬢。少し相談があるのだが、聞いてもらえないだろうか。」
すっかりレイチェル様とも馴染んでしまったレイトン様は、わたし達を呼び止めると困った仕草で頬をかく。相変わらず巨体な着ぐるみではあるけれど巨体がそういう仕草をすると不思議と愛らしくみえてくるもので、最近では失礼ながらレイトン様のことをマスコットキャラ的な存在のように見てしまうことがあるほどだ。
「相談ですか?」
「レイトン様がわたくし達に?」
さっぱり想像がつかなくて、わたし達は立ち止まり、レイトン様に向き合うと首をかしげた。
「ああ、2人は今度の休み、空いているだろうか?買い物に付き合ってもらいたいのだが。」
「…買い物?」
わたしとレイチェル様は目を見合わせた。
「予定がなければ一緒に街に行って何を買えばいいか相談にのってもらいたくてな。」
「わたくし達の意見が必要なものですか?」
何故買い物をするのにわたし達が必要なのかがわからなくて尋ねると
またレイトン様は困ったように頬をかいた。
「ああ、実は…誕生日プレゼントを買いたくてな。」
「誕生日プレゼント?」
「どなたにですか?」
わたしとレイチェル様に頼もうというのだから贈りたい相手は女性なのだろう。そうか、不器用そうに見えるレイトン様も誕生日に贈り物をするのかとまた失礼なことを考えた。
「妹なんだ。」
「レイトン様、妹がいらっしゃったのですね!」
この言葉で一気にわたしのテンションはあがった。そうか!レイトン様にも妹がいたんだ!可愛いですよね、妹って!
「女の子の喜ぶものがいまいちわからなくてな。よければ、2人に選んでもらいたいと思ったのだが。」
「いくつですか?」
女の子、というくらいだからまだ小さいのかもしれない。そうかそうか。可愛い妹への誕生日プレゼントを真剣に選ぼうというその心意気、いいと思います!好感度アップしましたよレイトン様!可愛い妹の誕生日にプレゼントは必須ですし本気で吟味しないと駄目ですよね!わかります!
「もうすぐ7歳だ。」
「うちの妹と一緒ですわ!」
レイトン様が目を細めて微笑む。妹さんのことを思い出しているのか、目には優しさが宿っていて、ますます好感度があがる。
「確か、レイトン様には弟君もいらっしゃいましたわよね?」
「ああ、レイチェル嬢は詳しいな。弟は11歳だ。」
そうなの?とわたしがレイチェル様を見ると「ユーリア様が無関心すぎるだけですわ」と言われた。言葉ではなかったけど。レイチェル様の瞳はそう言っていた。視線だけで読み取れるなんてわたし達、以心伝心ですね!さすが親友ですね、レイチェル様!
「そうですか、妹さんの誕生日ですか。それは気合を入れて選ばなくちゃいけませんね!」
「頼まれてくれるか?」
「もちろんです!」
弟さんのプレゼントとなるとわたしには難しいけれど、妹さんへのプレゼントとなればどんとこいだ。何を隠そう、わたしは妹へのプレゼント選びのプロである!誕生日プレゼントはもちろん、可愛いものを見つけるたびに妹へプレゼントしている。けっこう楽しいのだ、プレゼント選びって。喜んでくれる顔を想像するとわくわくしてニヤニヤしちゃう。
「ありがとう、助かる。ユーリア。レイチェル嬢も…いいか?」
「ええ。お邪魔でなければご一緒しますわ。」
レイチェル様のところは弟くんがいる。12歳だと聞いた気がするから来年には入学してきて会えるかもしれない。
「なら、次の休みに頼む。時間はまた決めよう。」
こうしてわたし達は可愛い可愛い妹の誕生日プレゼントを探すために
街へ向かうことになったのである。
わたしも可愛いものがあったら妹に買っちゃおうっと!
そして学院の休日。レイトン様は時間ぴったりに女子寮の前までわたし達を迎えにきた。
「おはよう、ユーリア、レイチェル嬢」
「おはようございます」
「おはようございます、レイトン様」
本日のレイトン様は学院の制服ではなく貴族の子息が身につけるようなごく一般的な服装でわたし達もまた貴族の令嬢の華美にならない程度の外出着だ。この世界は治安もよく、貴族の子供が気軽に街へ出ても危ない目に合うことはほぼないのでわたし達も自由にくることができる。
「まずはどのような店からまわりましょうか?」
「そうだな、妹は少々ませていてね。装飾品などはどうだろうか。」
レイトン様の妹さんのことを聞きながらわたし達は和気藹々とお店巡りをする。
「まだ7歳ですから控えめなものがいいでしょうね」
正式な場に身につけるアクセサリーなどはご両親から贈られるだろうから、今回は普段に気軽に身につけられる物がいいだろう。わたし達は装身具だけではなくドレスや小物を扱う店まで、あちこちを見て回った。
けれど装身具は難しい。ネックレスやイヤリング…着ぐるみサイズのものって一体どこに売っているのだろうか。特注じゃないと市販はしてないんじゃないかなあ。着ぐるみって本当に一部の人達だけだし。
ネックレスを物色するレイチェル様とレイトン様を眺めながら、わたしは心の中でだけ、それは長さが足りないんじゃないかと心配する。
あ!そうか、ネックレスをブレスレットとして使えばいいのか!なるほど!
「レイトン様!こちらなんかいいんじゃないですか?!」
わたしは見つけたネックレスを意気揚々と差し出した。パールをふんだんに使ったネックレスは本来二重にしてつけるものだが、着るものによっては一重のままでつけることで寂しい胸元を華やかに飾ることができる。これならば、レイトン様の妹がどんなサイズであれ、簡単に長さ調整をしてつけれる。
「妹はまだ7歳だ。派手すぎないか?」
「ユーリア様、そちらは大人の女性が夜会などにつけるようなものですわよ?」
わたしは溜息をついた。
「レイトン様は過保護なのですわね。7歳といえば立派なレディですわよ。背伸びしたい年頃です。」
この程度のものさえ身につけさせたくないとは、レイトン様はよほど妹さんに過保護らしい。
「妹さんは何色が似合いそうですか?」
「そうだな…」
「レイトン様、ではこのドレスなどはいかがです?まだ7歳でしたら外を走り回ることもおありでしょう。これならスカートのふくらみも控えめですし走りやすそうですわ。」
飾りもシンプルだけど飾り立てればいいというものではない。見つけたドレスを手に取ると何故かレイトン様もレイチェル様も複雑そうな顔をする。やっぱりドレスは仕立て屋で作らせたい派だろうか?たまには既成のものも、汚したり破れたりするのを気にせず着れていいと思うのだが。
「ユーリア様、7歳にもなればもう外を走り回ることはしないものですわよ?」
え。そうなの?
わたしは学院に来る前まで外を走り回ってたけど?
「いや、レイチェル嬢。そこじゃないだろう。」
レイトン様が複雑そうに顔をしかめて
わたしの持つドレスを戻した。
「ユーリア、妹はまだ7歳だ。それは大人向けだろう。さすがに大きすぎる。」
「……もう少し小さいサイズですか?」
レイトン様は頷く。
「それはだいぶ大きい。」
「………。」
妹さんのサイズはこれよりもう少し小さいらしい。それもそうか。まだ7歳だ。これは大人着ぐるみ用だったかもしれない。それにしても難しい。7歳の着ぐるみってどのくらいの大きさなのだろうか。
わたしは次に目についた靴をとってレイトン様に勧めた。
「ではこちらは?」
ガラスの靴なんて物語のお姫様みたいで素敵!こんな靴が本当にあったなんて驚いた。サイズさえ合えばわたしがほしいくらい!
「ユーリア様、それは観賞用ではなくて?」
「その前に妹の足はそんなに大きくない。それ、30インチくらいあるんじゃないか?」
「そんなに大きくありませんわよ。27インチくらいではないですか?」
鑑賞用なら買って帰って飾ろうかな?
結局わたしの意見は採用されず、レイトン様の妹さんへの誕生日プレゼントは髪飾りになった。妹さんは蝶のモチーフが好きだということで、蝶の透かし模様で赤い宝石がちりばめられた髪飾りを購入した。
「今日は助かった、ありがとう。ユーリア、レイチェル嬢」
「いいえ、わたくしも楽しかったですわ。」
「妹さん、喜んでくれるといいですわね。」
学院への帰り道を歩きながら、ふと思い出したようにレイトン様がおっしゃった。
「ところでユーリアは、何故妹が大きいと思うんだ?」
「…だって、レイトン様の妹さんなら、大きいのかなって。」
着ぐるみの家族は着ぐるみって、この間アレク様に招待された皇宮で思い知ったんだもの。
わたしはレイトン様に視線を合わせずに歩きながら答えた。
「いや、妹は普通に小さい。」
「そうなのですか?!」
思わず立ち止まる。
「ああ。妹は母似でね。わたしとは似てないんだ。」
「それって…!!」
もしかしてもしかして着ぐるみじゃないってことですか?!
「色々言う者はいるが、わたしにとっては可愛い妹だ。」
わたしは大きく、大きく頷いた。
「では…お母様も?!」
「…ああ。」
なんてこと!!!
レイトン様のお母様と妹さんは普通の人間なんだ!!
…っは!!
ということは?!
「レイトン様!」
わたしはレイトン様の両手をがっしりと掴んで見上げた。
「ユーリア?」
「ぜひ、ぜひ、会わせてくださいませ!!紹介していただけませんかレイトン様のご家族に!」
「ユーリア……それはどういう…」
レイトン様のお母様は人間でありながら着ぐるみを産んだのだ。
一体どういう仕組みで!
出産の激痛は着ぐるみと人間でどう違ったのかぜひともお聞かせ願いたい!
わたしの将来にも関わる重要案件なんです!!
「ユーリア様、レイトン様。急がないと門限に間に合いませんわよ。」
けれどレイチェル様の冷静な指摘にそれ以上の話はできず、
わたし達は急いで学院の寮へと帰った。
その別れぎわ
「今日は本当に助かった。お礼に、よかったら受け取ってほしい。」
いつのまに購入していたのか、レイトン様はわたしとレイチェル様にお揃いの髪飾りをくださった。
そしてレイトン様はわたしに向かって優しく微笑んで
「またな、ユーリア。家族の件は…そんなに急ぐ必要はない。ゆっくりいこう。」
と言い残し去っていかれた。
どうやら遠まわしに家族との面会はお断りされたようだとわたしが理解できたのは
一拍後のことだった。




