第31話「魅惑的な理事長先生」
「さて、オルガ公爵家のミラくん。」
やっと笑いを収めた理事長がミラ様に向き合った。
「彼女自身がしっかりと反撃と報復をしたから今回は見逃そう。だが――二度目はないよ。」
意外に笑い上戸なのかもしれない理事長先生、笑顔も素敵だったけど真剣な表情も素敵です!
と、声には出していないはずなのにミラ様に睨まれた。
「合意の上ならね、ある程度はいいけれど。今回のようなのは駄目だ。本気でも脅しでもやっていいことじゃない。」
そうだそうだー!
もっと言ってやって理事長先生!
「…っはい。………すみませんでした。」
おやおや?
案外素直なのですね、ミラ様。驚きました。
ミラ様がなんと、わたしに頭を下げた。
「ユーリア…先輩。申し訳ありませんでした。」
「い…いえ……」
意外すぎて何と返事していいか。本当にびっくり。
「許してくれる?」
顔をあげたミラ様の懇願する顔は捨てられた猫のようであった。多分。
そうまで言われたら頷くしかないじゃない。
「ええ…。もういいですわ。」
未遂だったし。
痛くはなかったみたいだけどちゃんと蹴り上げたしね。
「ありがとうっユーリア先輩!」
んんー?
なんかまた最初のミラ様に戻ってない?さっきまでの普通の少年ミラ様の方が好感持てたのになぁ。
「じゃあ君は戻りなさい。ユーリアくんは……少し話があるから残ってね」
え?
ミラ様は去り際、わたしにだけ聞えるように小さな声で囁いた。
「じゃあ――、“また”ね。ユーリア?」
ところ変わって理事長室。理事長先生は人間のイケメン男性なのでほいほい着いてきた。いや理事長先生だし。着いてきても問題はないはず。
つくづく自分はイケメンに弱いなあ、と自嘲しつつ、促されるままにソファへ腰かけた。それにしても理事長室、豪華ですね!広いし綺麗だし置いてある家具類も高級そうです!
そしてそんな理事長室に浮くどころかふさわしい存在感を放つ理事長先生、さすがは皇家の方の存在感といったところでしょうか。
向かいのソファに座り長い足を組む理事長先生はやっぱりイケメン。こう、なんというか…
大人の余裕?みたいなのがあって。きっと女性慣れしてるんだろうなとわかります。根元まで見事に金髪だから染めてるわけじゃなさそう。カラーコンタクトもこっちの世界では聞いたことないし。わたしなんか軽く遊ばれちゃいそうだけどそんな雰囲気さえも素敵!
…っは!
いけないわユーリア!
カミュ先生一筋でいくと決めたじゃない!!
見惚れるくらいはいいけどふらふらするのは絶対駄目よ!
「大丈夫?」
な、何?!
頭のこと?!なんでわかったの?!
「さっきの…ミラくんのこと。本当はまだ、怖かったりはしない?」
「あ……」
そのことでしたか。
てっきりわたしの頭の中を心配されているのかと…
よかった。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
そっか。
それを心配して理事長先生はわたしを残してくれたんだ。わたしが本当に怖がってないか、あのままミラ様とあの場に残されて嫌な思いをしないかと。
配慮してくれたんだぁ…。
カミュ先生といい理事長先生といい、この学院の先生方って本当に素敵…
理事長先生が優しく微笑む。
「まあ、あの様子を見てたら大丈夫かなとは思ったんだけど…強がってるだけの場合もあるからね。本当に平気ならよかったよ。」
「“あの様子”は忘れてください!」
「ごめん、無理。」
「何でですか!!」
くっくっくと、また笑いの発作が起こったらしい理事長先生。ちょっと前のめりになって笑い出した。
ちょ、イケメンの笑顔の破壊力…!!
「だって…ごめ……っく…っ、き、貴族のご令嬢が…あ、あんな……っ」
「正当防衛です!」
わたしの叫びにたまらず、といったようにとうとう理事長先生は声をあげて大笑いし始めた。
もう笑いを堪えるつもりは皆無のようだ。
「いや、頼もしい!いいよ、それくらいしっかりしてないと妻に迎えるのも不安になるからね。」
つつつつ妻?!
「それにしてもさっきの妙な動きはなに?」
「反復横飛びのことですか?」
「はん…ぷく?」
わたしは頷く。
「本来は敏捷性を競う競技ですわ。あの時はわたくしの敏捷性をミラ様にアピールする意図がありましたの。わたくしはいつでも逃げられるのだぞ、と。」
攻撃ではない。防御、逃げの一択である。
そこまで説明すると理事長先生はまた声をたてて笑い出した。
なんかもう、理事長先生の笑顔が素敵すぎて多少恥ずかしくてもどんどん笑わせたくなってくる。
理事長先生は目尻に涙まで浮かべながら、とても優しい眼差しでわたしを見ながらおっしゃった。
「彼らが怖いとは聞いていたけれど本当だったんだね。」
どきんっと。
心臓が跳ねた。
わたしははっと顔を引き締めて理事長先生を見つめ返した。
「…わざと怖がるふりをしてというわけでもなく、か……。」
「殿下方の気をひきたくてわざとやっているという意味なら違います。」
うん、と。
理事長先生は頷く。
「君の様子を見てればわかるよ。そんな演技じゃないってことはね。カミュ…先生も聞いたと思うけど、何故だい?」
「………」
わたしは膝の上でぎゅっと握り締めた拳に視線を落とし
考えながら、答えた。
「で、殿下、方は……っ、お、お身体が、その…大きい、です、し……」
「うん」
相槌をうって先を促す先生の声は優しい。
「わ、わたくしは…じ、自分と同じよう、な……方のほうが…安心する、と…いうか……」
「そうか」
「申し訳ございません。上手く言えません。」
着ぐるみに見える、といえたらいいんだけど。
言うとしたらまず着ぐるみがどんなものかの説明から入らなくてはいけないしそれには前世の記憶まで告白しなくてはならない。それはさすがに、信じてもらえるとは思えない。何より、前世の記憶はわたしのアイデンティティのようなものだ。安易に人には言いたくないふれられたくないデリケートな部分。
同じように前世の記憶がある人となら安心してさらけだせるかもしれない。でも、そうでない人には…
言いたくない。
わかってもらえないとわかっているのに、全てをさらけだすことなんてわたしには無理だ。
「いや…充分だよ。よく頑張ったね」
優しい労わりの言葉が聞えて
わたしは勢いよく顔をあげた。
理事長先生の瞳はどこまでも優しくわたしを見つめていた。
「わかるよ。いくら容姿がよくても、だからと全てが許容できるというわけではない。容姿よりも雰囲気や心を大事にする人もいるからね。美しさもすぎれば逆に恐ろしさを生むこともあるだろう。」
………うん。ちょっと違うけど。
まあいいか。
「ご心配くださってありがとうございます、理事長先生。でも、わたくし。反省しましたの。」
「反省?」
「はい、わたくしはこれまで、殿下方の外見にばかり囚われて中身を見ようとしていませんでした。ですが、最近では殿下方の中身を、そのお心を見るように努力しているのです。おかげで最近では恐怖も少しずつ、和らいでいます。」
着ぐるみは着ぐるみでも一体一体違う。
全部が同じ着ぐるみではない。
個性があり、心がある。
そう思って見ると、ただただ怖がるばかりだった自分が間違っていたように思える。
努力していけば、この学院を卒業する頃には彼らのことも同じ人間だと見れるようになるかもしれない。少なくとも、友情ならもう育ちつつある。
「………そうか。」
「はい。」
まだまだこれからだけど。
殿下…いや、アレク様の言う通り、怖がってばかりいないで中身を見てみようと。決めたのだ。
さっきだって、ミラ様とじっくり話をしてみれば案外普通の少年であることがわかった。怖さなど、感じなかった。
シルヴィ様なんて布袋をかぶってまでわたしの恐怖を軽減させようとしてくれているし、レイトン様も強引なことはしてこない。お菓子も…あれはレイトン様なりの精一杯なのだと思う。
「…君はいい子だね」
「そ、そんなっ」
だから自重!!
二兎を追うものは一兎も得ずよ、ユーリア!!
「この間の約束も守ってくれてるみたいだし。いい子には、ご褒美をあげないとね。」
理事長先生の魅惑的なウインクに
わたしは全身茹蛸のようになった。




