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第5章(4) 料理番

 俺の目的は教団内で出世することではない。他の幹部と顔見知りになる機会が「公式試合」ぐらいしかないようなので、やむを得ず挑んだのだ。


 そこで俺は試合の翌日、服屋『ペッパーハウス』を探し当て、訪れた。


 標準的なワンユニットサイズの店だった。高級店ばかりがずらりと並ぶ、十五番街の特に繁華な界隈にある。やたら凝った看板の意匠と、店の中に展示されている服の品数の多さが、周囲のしゃれた大型店に負けまいとする気概を伝えてくる。

 閉店時刻を狙って訪ねたので、店内に客の姿はなかった。


 昨日俺の代わりに《♠7》に降格した女は店じまいの準備をしていたが、俺に気づくと、作業の手を止めた。


「あら! 服を買いにきた……わけじゃないわよね、たぶん?」


 俺は首を横に振った。

 《バラート》で潜入調査を担当していた頃、教官に「『不愛想』はうまくやれば『実直』らしく見える」と指導されたのを思い出し、その路線を目指してみる。


「昨日は、ちょっとやり過ぎた。頭を潰すなんて。それだけは謝っておこうと思って……」


 [料理番]の、女にしては豪快な高笑いが俺のぼそぼそとした言葉を遮った。


「ああ、いいのよ。あんなのただのゲームじゃない。気にしないで。……一瞬で気絶させてくれて、逆に有難かったわ。下手に意識がある状態で打撲や骨折を知覚させられた方が苦しいもの。謝るんなら、便器やおまるをぶつけたことを謝ってほしいわね」


 ふと、相手の目が輝いた。


「もしかして……申し訳ないから、ただ働きしよう、と思って来てくれた?」

「まあな。でも、マネキンはやらねえ。力仕事なら手伝うよ」


 ――この女、本気で俺のため仕事を用意しやがった。


 その後二時間ほど、俺は女の指示に従って店の二階の商品倉庫を整理し、棚を移動させ、服の搬出入のため店と倉庫を何度も往復した。

 [料理番]は片時も黙っていられない人種らしく、作業をしながらもほとんど口は止まらなかった。話を聞き出すには、これ以上やりやすい相手もない。

 女は《ローズ・ペインターズ同盟》の集会に参加するに至ったいきさつを滔々と語った。

 会話の流れから、「ハートの幹部というのは一体どういう連中だ?」という質問に、自然に持っていくことができた。だが相手は首をかしげ、言いよどんだ。


「どういう人たちかって言われると……確かに、よくわからないわね。私の知っているハートの幹部は二人だけよ。《女王》様と、例のLCちゃん。ベイカー……《♢A(エース)》からも、他の名前は聞いたことがない」

「子供の幹部がいるって噂は、聞いたことないか? 五歳ぐらいの子供だ。何日か前ダルハウジー広場で、《女王》と同じハートのバッジをつけてる子供を見かけたんだが」

「子供……?」


 [料理番]は眉をひそめ、記憶を探る目つきをした。その間にも、てきぱきと服を仕分けていく手は止まらない。ふと、顔を輝かせた。


「そう言えば。昔、《女王》様が赤ん坊を抱いてるのを見たことがあるわ。……さっきも話した通り、私が《ローズ・ペインターズ同盟》に入団したのは四年前なのよ。当時は今ほど大きな教団じゃなかったので、入団してすぐに《女王》様と謁見する機会があったの。私が会った時、《女王》様は赤ん坊を抱いてた……あれは間違いなく、わが子を抱く母親の手つきだった。《女王》様は黒髪で、その赤ちゃんは金髪だったから、それほど似てるとは思わなかったけどね」


 相手の言葉に、俺は興奮が身の内を駆けめぐるのを感じた。謎の塊のようなティリーの正体について、ようやく手がかりらしきものがつかめたのだ。

 ――ティリーは、教祖マキヤ・アスドクールの娘かもしれない。


 なぜティリーが教団へ戻るのを嫌がっているのか、というのが次の疑問だ。


 店内には他に誰もいないのに、[料理番]は秘密めかして声をひそめた。


「これは私の勘だけど。LCちゃんって《♢A(エース)》の娘じゃないかしら」

「……勘かよ」

「女の勘を馬鹿にしちゃだめよ。私、人を見る目はあるんだから。……あんただってしばらく教団にいれば、LCちゃんがどれだけ《♢A》になついてるかわかるはず」


 小声でしゃべりながら、[料理番]は俺の肩にぽんと手を置いた。

 二時間ほど顔をつき合わせてわかったのは、この女がスキンシップ過剰だということだ。やたら肩や腕に触れてくる。中年女にときどきこういうタイプがいる。話を伝えたい気持ちが強すぎて、手が出てしまうのだ。

 他意はないんだろうが、心地は良くない。


「今の教団の組織を作り上げたのは、完全に《♢A》一人の働きらしいの。女王様じゃなくて。

 《♢A》が、教義や教典を作って、人を集めて、宗教団体の体裁をこしらえた。幹部制度を考え出し、お金や財産を管理するためのスタッフも揃えた。そして実際に信者を増やし、資金を集めているのはLCちゃん。《♢A》とLCちゃんは力を合わせて《ローズ・ペインターズ同盟》をここまで大きくしたのよ。

 《女王》様は、こう言っては何だけど、単なる広告塔のように思える……人前で話すのが上手だし、テレビ映えもするからね」


 話しているうちに自分で夢中になったらしく、女の声はだんだん大きくなった。

 俺は話半分に聞き流しているふりをしながら耳を傾け、スナーク博士の顔を思い浮かべていた。博士とLCには特に似ている点はないが、親子だと言われても違和感はない。サーフェリーに襲われて泣いていたLCを、優しく抱きとめていた博士の手つきを思い出す。


「《♢A》はもともと生物学者で、宗教にも経営にも詳しくなかったの。だから教団を立ち上げるまでには大変な苦労があったみたいよ。ストレスで体重が四倍以上に増えたんですって。人相も変わっちゃうわよねぇ、そんなに太ったら。……私が入団してからは、体形をカバーするための服を特注で作ってあげてるから、少しは引きしまって見えるけど」


 引きしまってあれ(・・)なら元はどんなだよ、とツッコんでやると[料理番]はけたたましく笑い、俺の脇腹に肘打ちを食わせた。

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