222.その少女は可憐に、大胆に 2
凄い衝撃だ。まさかの挨拶をダメ出しされるとは思わなかった。
いや、確かにね。確かにイザベラ嬢を見過ぎて、挨拶のタイミングがずれたとは思う。慌てて挨拶したから、彼女のように優雅にできなかった。それは認める。
「……私の挨拶って、38点なんだ」
「えっと……何がです?」
ぽつりと呟いた言葉をアリシアが拾う。
場所は食堂。周りは賑やかで、私とアリシアは昼食の入ったトレーを持った状態で立っていた。
少し先では先に席を確保してくれていたシャンテが軽く手を上げている。
私とアリシアはシャンテが確保してくれた席に向かった。
席に座ると、アリシアが私の顔をのぞき込んでくる。
「何かあったんですか?」
「な、なにかというか……どうなのかなぁ」
「どうなのかとは?」
シャンテも軽く首をかしげて私に視線を寄越す。
私は思わず、イザベラ嬢に挨拶の点数を付けられたことを話してしまった。
「えっと……その、帝国ではそういう習慣があるんですかね?」
「無いですね」
失礼でしょ。普通に。と、シャンテは続ける。確かに失礼ではある。あるだろうけど、私の挨拶が悪かったのも事実。
「あのね、点数をつけられたのは別に良いの。そうじゃなくて、私そんなに挨拶下手くそだったんだなって……」
「慌てて挨拶したからでは?」
「そもそも慌ててしちゃダメでしょう?」
「それは、まあ……」
「みんなが何もいわないし、リュージュ様にも及第点をもらえていたから忘れていたけど……ちゃんと挨拶できないってダメじゃない!?」
そう。点数を付けられたことよりも、その低さが問題なのだ。
ファティシアとトラット帝国で多少宮廷礼は違うかもしれないが、それでもあまり衣装に差異のない国なら基本は同じ。
他国の令嬢から見てもダメって、もの凄くダメでは!?
そっちの方が衝撃が大きい。
「あー……のびのびと、過ごしてましたしね。ラステア国では」
「そう。そうなのよ……でもダメだわ。これじゃ、笑われちゃう」
もう一度学び直さなければ。礼儀作法を一から見直したい。
私がそういうと、アリシアもシャンテも小さく頷いた。やっぱりダメダメなのね……
「世の中には、得手不得手がありますけど……リュージュ妃様から及第点はいただけていたのですし、おさらいをして頑張りましょう?」
「そうですね。やはり咄嗟のときにできないと困りますし」
「……わかってる。次彼女に会ったときに、もう少し点数が上がるように努力しないと」
「いや、それは……そもそも点数を付けるのは問題ありますよ?」
「トラット帝国の人だから、こちらを下に見てる……とかですかね?」
アリシアとシャンテの言葉に私はうーんと唸った。
確かにトラット帝国の人だけど、彼女はシュルツ卿の妹さんなのだ。もう少しこちらに友好的でも良いのではなかろうか?
問題を起こすような子であったら、わざわざファティシアに送り込んできたりしないはず。
「……試してるのかしら?」
「試す、ですか?」
「そう。試されてるのかも?」
「でも何のためにわざわざルティア様を試すんです? 試す意味、ありますかね??」
シャンテは私の言葉に首をひねった。
その瞬間、アリシアが小さく「あっ」と声を上げる。
「どうしたの?」
「も、もしかして……トラット帝国でも、ルティア様ってレナルド殿下の婚約者候補になってたりするんですかね?」
「それは……どうかしら? 断っているのに、向こうで勝手に決めたりはできないと思うわ」
「でもですよ? 彼女はシュルツ卿の妹さんなんですよね??」
「そうね」
「それなら、レナルド殿下の周りにいられる数少ない女性なんじゃないでしょうか?」
レナルド殿下なら、周囲に置く人間をしっかりチェックしているだろう。イザベラ嬢がファティシアに来たことには必ず意味があるはず。
「うーん……もしかして、レナルド殿下の命令で私を試してるとか?」
「それは何か違う……あっ!」
「な、なに? どうしたの、シャンテ」
シャンテまでアリシアみたいな声を上げる。私は二人に交互に視線を向けた。
一体どうしたというのだろう?
「いいですか。ルティア様……レナルド殿下の周りにいる人々は、殿下によって厳選された方々のはずです」
「そうね。命を狙われたりするなら、しっかり選んでいるでしょうね」
「そうです。レナルド殿下の側にいられるということは、それだけ優秀であるということ。そんな場所に数少ない女性が選ばれてるんです」
「そう、ね?」
「……ルティア様、もし自分が彼女の立場だったらどう思います?」
「え? 彼女の立場だったら……?」
私がもしもイザベラ嬢の立場だったら、兄妹揃って側近に選ばれ誇らしく思うはず。
でもシャンテの話し方だと、きっとそれだけじゃないのよね。こんな回りくどくいうのだから他にも意味がある。
数少ない女性。側近の立場。いえ、そもそも彼女は伯爵令嬢……
「あ、もしかして……婚約者候補なのかしら?」
「もう一声ですよ。ルティア様」
「も、もう一声? えっと、婚約者候補だと仮定して……婚約者候補なのに、国から離れてファティシアに行くようにいわれたから腹が立っている?」
「残念ながら違いますね」
キッパリと言い切られて、私は目を丸くする。
「これ違うの!?」
「ルティア様、ほら私ですよ私」
「え、アリシア……?」
何の連想ゲームなのだろう? イザベラ嬢はアリシア? アリシアは……アリシアよね。彼女と共通するところなんてないはず。
グルグルと考えてもなかなか答えが出てこない。
「もう一息ですよ」
「も、もう一息なの? アリシア……アリシアは……あ、れ?」
「ほらルティア様、婚約者のいる人に……?」
「婚約者のいる人??」
あっ、と小さく声を上げる。そうか。そういう意味か!
イザベラ嬢がレナルド殿下の婚約者候補だったと仮定する。
そのイザベラ嬢をファティシアに行くように命じたのは、レナルド殿下だ。そしてレナルド殿下なら、ファティシアでの出来事を予備知識として話したはず。
その中には私の話もあっただろう。それにレナルド殿下は私を、いずれトラット帝国に呼びたいと考えているはずだ。
その場合、イザベラ嬢は私と仲良くなっておくように。と、いわれるはず。
婚約者候補と自負しているイザベラ嬢に、別の国の王女と仲良くなってこい。その相手も婚約者候補だ。といわれたら……意地悪なことをいいたくなるかもしれない。
「……もしかして、嫉妬?」
「正解です。ルティア様。まあ仮定の話なんですけどね」
「仮定とはいえ、十分あり得るのでは? なにせレナルド殿下に認められているなら、彼女は相当優秀のはず。本来ならもっと別の人間が行けば良いところを自分が指名されたわけですし」
「もしも嫉妬だったとしても、私はトラット帝国に嫁ぐ気なんてないわよ?」
「そんなの関係ないですよ。レナルド殿下は実力で皇太子の座を勝ち取った方ですからね。そんな方が気にかけている、というだけでルティア様の力量を測ろうとしてくるでしょう」
「そ、そうなのかしら……?」
「点数もその一環かもしれませんね」
「自分の方が優秀だってこと……?」
だから私はお呼びじゃない。大人しく引っ込んでいなさい! と暗に警告しているのだろうか?
「どうされます? よろしくといわれても、エスト・フィルタードが側にいますし……傍観しますか?」
「それはでも……シュルツ卿との約束を破ることにならないかしら?」
「下手に刺激して、こちらに被害があっても困るじゃないですか」
「それは……でも仲良くなれるなら、なってみたいわ。ほら、私たち……お友達少ないもの」
「それは……まあ……」
アリシアは私の言葉に項垂れる。
そう。私たちは子供の頃から一緒だから気兼ねなく話せるが、その代わり友人と呼べる人がいない。
カレッジに入れば自然とできるかと思っていた。だけどフィルタード派の人たちのせいで、やっかい事には関わりたくないと周りから若干距離をとられているのだ。
「アリシアとシャンテにはとても感謝しているわ。私だけだったら、ずーっと一人のままだったろうし」
「私だってルティア様とシャンテ君には感謝してます」
「僕もです。お二人には感謝してます」
「でも、それじゃダメなのよね……」
私たち三人は揃って項垂れた。
カレッジやアカデミーは将来社交の場に出たときの縮図。
今のままでは非常に不味いのだ。




