221.その少女は可憐に、大胆に 1
紺碧の髪がサラリと揺れる。
深い赤のリボンで、私と同じように髪を結った少女。
彼女はイザベラ・シュルツと名乗った――――
それはそれは綺麗な所作で。
私がイザベラ嬢のことを思いだしたのは、帰ってそうそうに会ったロイ兄様に言われてだ。
ロイ兄様はソファーに優雅に座りながら、私に問いかけた。
「ねえ、ルティア。君はもしかしたら忘れたかも知れないけど……イザベラ嬢のことは覚えているかな?」
「イザベラ嬢……?」
「シュルツ卿の妹さんだよ」
「シュルツ卿の、妹さん……あっ!」
オウム返しにロイ兄様の言葉を返して、ようやく思いだす。
そうだ。シュルツ卿にお願いされていた。
たしかこちらのカレッジに留学してくるって……シュルツ卿の妹さんだから、きっとレナルド殿下側の人よね。さすがに兄妹で派閥が違うとは考えにくい。
それに派閥が違うならよろしく、なんてわざわざいわないわよね。たぶん。
どんな子なのかは聞いていないからわからないけど。兄妹というならきっと似ているのだろう。
「えっと、その……ロイ兄様はもう会ったの?」
「うん。とてもしっかりした令嬢だと思うよ」
「ふーん……」
「ただそうだな……帝国の令嬢らしからぬ、ともいえるかな」
「帝国の令嬢らしからぬって?」
「帝国の人間がどんな者かは、この間のレナルド殿下に付いてきた者をみればわかるだろ?」
「……あの嫌味な人たちね?」
正直、すごーく嫌な気分になる人たちだった。でもシュルツ卿の妹さんはそうではないらしい。つまり友達になれるかも? そんな期待が高まる。
どうせなら仲良くなりたいものね。
「学年はルティアたちと一緒だよ。だからきっとエスト・フィルタードが紹介しに来るだろう。彼はトラット帝国との窓口を買って出ているようだからね」
「エスト・フィルタードね……あまり好きではないわ。変な噂を広めたりするし」
「ルティアをトラットへやりたいからだろうね」
「私をトラットにやっても、この国にはお父様やリュージュ様。ロイ兄様がいるわ」
「でもルティアが発案してることも多いだろ?」
「いうだけなら、ね」
「それだけでも彼らには驚異なんだよ。王家に求心力があっては困るんだ。ルティアや父上たちの考える政策は民に寄り添ったものが多いから」
「それって当たり前じゃない?」
「そう思わない人たちもいるということさ」
最近は金銭や宝石なんかを使って、中立派を取り込もうと躍起になっているんだ。と、ロイ兄様はいう。
きっと代替わりしたクリフィード侯爵家当主のファスタさんも関係しているのだろう。
ファスタさんは王家より、と取られているみたいだし。ファスタさんたちに危険なことがなければいいのだけど……
「ファスタさんたちは大丈夫かしら?」
「表だって声高々にいってるわけじゃないからね。ルティアがポーションを広めてくれたこととか、ちょっとしたことを話してるだけだよ」
「そう……それならいいけど。あまり危険なことはしてほしくないわ」
「そうだね。その辺は上手くやってくれると思う。当主としては若いけど、それでも侯爵家を継ぐ力量のある人だからね」
それなら大丈夫かな。心配ではあるが、私に彼らを守れるだけの力があるわけじゃない。
それにどんなに強い騎士団を派遣できたとしても、守ることの大変さを私は知っている。相手がこちらの思うとおりに動くわけではないことも。
いついつ襲撃します。なんて決まってるわけでもないしね。
「ルティア、さすがに代替わりしてすぐに危害を加えたりなんてしないよ」
「そうかしら?」
「代替わり後は、領内が落ち着かないからね。まあクリフィード侯爵家なら問題は無いと思うけど……それでも領内を落ち着かせることを優先するだろう。文官たちが騒ぎを起こしたせいでね」
「ああ……あのチョビ髭になった人たちね」
「陽動させるために使わしたなら、当たりなんだろうな。本人たちにそのつもりはなくても」
「何も考えてなさそうだったわ。単純に自分たちの権威をひけらかしてた感じ」
「あいにくと……彼らが他国の使者と会う機会はもうないだろうなあ」
きっと職場では針のむしろなのだろうな、と考える。
閑職に飛ばされてるだろうし。
ファティシアとラステア国は友好国。王族同士の交流も盛んだもの。それにラステア国の砂糖! あれがファティシアで生産できるようになったのだ。値段が手頃になり、喜ぶ人は多いはず。
それもこれもラステア国がファティシアと仲良くしてくれているから。それをぶち壊そうとした人に優しくする人がいるわけない。
さすがのフィルタード派の人たちだって擁護しないだろう。たぶん。
王族に頭を下げさせたことをどう思っているかはわからないが。役職もなくなったということは、フィルタード派も何も言えなかったに違いない。
「ひとまず、カレッジはすぐに行かないといけないわね」
「そうだね。休んでた間のレポートはちゃんと提出するんだよ。留学という体で行ってたんだからね」
「……そうだったわ。でもちゃんと勉強してきたから! そこはたぶん大丈夫」
アリシアやシャンテとも相談して、作物に関するレポートを出すことになっている。
それにアリシア待望の「お米」も見つけたし。水田を作るとかいってたかしら? 畑の近くに水田って作れるのかな? 小麦と似た感じとかいってたけど……
新しい食べ物は普及させるまでに時間がかかるし。カレッジに、畑に、水田、それに鱗……時間はいくら合っても足りない。
やることは山積みだ。
ひとまず、三日後からカレッジに復帰。
それまでにアリシアたちとレポートの作成をしよう。
***
それから――――
思っていたより、あっさりとシュルツ卿の妹さんと出会うことになる。
当然といえば当然なのだけど、エスト・フィルタードが彼女を紹介するために私たちの元へ来た。
「姫殿下、留学から無事のご帰還おめでとうございます」
「ありがとう。フィルタード卿」
彼は恭しく頭を下げ、私に手を差しだす。
白々しいな、と思いつつ……行きの件は箝口令が敷かれている。だから彼に何か問うことはできないし、そもそも知っているかもわからない。
にこりと笑いつつ、私は右手を差しだした。
まあフリだからいいけどね。手の甲にキスするフリをしたエスト・フィルタードは、頭を上げると後ろにいた小柄な少女に手を差し伸べた。
紺碧の髪がサラリと揺れる。
深い赤のリボンで、私と同じように結い上げた少女。
右手には扇子を持ち、そして優雅な仕草で一礼をしてみせる。
ほんの少しファティシアと違うその仕草は、きっと帝国風の挨拶なのだろう。
「彼女はイザベラ・シュルツ嬢です。現在トラット帝国から、ファティシアへ留学しにきております」
「ご紹介にあずかりました、イザベラ・シュルツと申します。以後よしなにお願いいたします」
鈴を転がしたかのような、可愛らしい声。
所作も素敵だが、容姿もシュルツ卿によく似ている。思わず見とれてしまい、そのせいで少し反応が遅れてしまった。
ツン、と後ろにいたアリシアに背中を突っつかれる。
私は慌てて彼女に挨拶を返した。
「ルティア・レイル・ファティシアよ。ようこそ、ファティシアへ。仲良くしてくださると嬉しいわ」
そういった後、アリシアとシャンテをイザベラ嬢に紹介する。
二人はそつなく挨拶をこなし、私だけなんかこう……ちょっと残念な挨拶になったかもしれない。
「皆様、何卒よろしくお願いいたします」
そういってイザベラ嬢が一歩、私たちと距離を詰めた。
シュルツ卿の妹さんだからとちょっと身構えていたけど、とても可愛らしい妹さんだ。これなら仲良くなれそう――――
そう思っていたら、彼女がひそりと私に告げた。
「失礼ながら、姫殿下のご挨拶は38点ですわね」
「え?」
「それでは皆様、またのちほど。失礼いたしますわ」
さんじゅうはってん? 38点……?? グルグルと数字が頭の中を回る。
幸いといえばいいのか、他の人には彼女の言葉は聞こえなかったようだ。
イザベラ嬢はにこりと微笑むと、エスト・フィルタードとその取り巻きたちと一緒に行ってしまった。私に謎の衝撃を残して。
私の挨拶は38点なの……??
現在モブ姉王女は龍花と交互更新しています。
龍は花姫の愛を乞う
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ツン九割なヒロインが頑張る和風ファンタジーです。
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