217.彼女から受け取ったもの(サリュー視点)
ずっと違和感があった。それは小さな違和感で、成長するにつれて膨らんだ。
あの子はなぜかわたくしの持ち物を欲しがる。
あるときは筆記具、あるときはアクセサリー、あるときは人形。
それぞれは小さなもの。姉なのだから、妹に譲れといわれれば仕方ないと譲るしかない。
わたくしを愛し、慈しんでくれた母はすでに亡く、父は後妻に夢中だからだ。
後妻にいわれれば、オウム返しのようにわたくしに強要した。
いくつものものを与えただろう?でもあの子が使っている姿を見たことがない。
洋服をねだられた時はさすがに「サイズが違うから」といったのだが……
義母にその言葉は通じなかった。意地悪な子ね!といいながら、わたくしの服をあの子に与えていた。
体が弱いこともあって、同じ歳のころの子供よりも華奢な妹。
わたくしの服を着せられた彼女は、服に着られるどころではなかった。あまりにも不格好。それでも義母はよく似合っていると、妹を褒めるのだ。
違和感は、徐々に不審感へと変わる。
母親なのに何を見ているのだろう?貴女の娘ではないの??口に出すだけの勇気はなくて、それでもねだられれば渡さないわけにいかなくて。
何度も、何度も同じことの繰り返し。
そして体が弱いからと、淑女教育も最低限。なぜそこまで?体が弱くともできることはあるはずなのに。でも妹はそんな扱いでも何も変わらなかった。
いつだってわたくしのものを欲しがった。
全て、妹のものになるのではないかという恐怖感。
だから、ウィズ殿下の婚約者に決まったときは少し怖かった。
ウィズ殿下の婚約者という立場を、妹に譲れといわれるのではないかと。
わたくしに「預ける」といったあの言葉も。不安材料の一つだった。
「ああ、貴女が……本当にほしかったのはウィズ殿下ではなかったのね」
日記に記された拙い文字。それをそっとなぞる。
ウィズ殿下を好きだと、自分が番だと書いているが……それとは別にわたくしを心配する言葉も並んでいた。
愛されたい。愛してほしい。文字の端々から、そんな叫びが聞こえる。
一番ぐちゃぐちゃになっていたページには、わたくしと妹の血が繋がっていない事実を知った時のことが書かれていた。
妹に対する、父と義母の態度が変わったのはいつだったか?
美しい娘を得られた喜びは、愛玩動物へのそれへと代わる。
義母の言葉を疑うくせに、父は義母の好きにさせていた。侯爵としての矜持なのか、それとも寛大な夫とみられたかったのか?
だからこそ、妹の精神が徐々におかしくなっていることに気がつかなかったのだ。
駒はしょせん駒。それ以上でもそれ以下でもない。
わたくしも妹も同じ。
わたくしは彼らに見切りをつけられたけど、それだって今があるからだ。
五年前、私とウィズ殿下のわだかまりが解けたから今がある。
それがなければ、父からの愛情を今も求めていたかもしれない。
パラパラと日記をめくっていけば、アイゼンという名が出てきた。
アイゼンはとても協力的で助かる。これでお姉様が戻ってきてくれるかもしれない。そんなことが書かれていた。
「これは、五年前の呪詛のときね……」
きっとわたくしも会っているはず。しかしアイゼンという名に覚えはない。
「あの頃はまだ、家と王宮と往復していたはずなのだけど」
「サリュー?」
声をかけられ振り向けば、そこにはウィズ殿下が心配そうな表情でわたくしを見ていた。
番――――その事実に、わたくしは嬉しい気持ちと悲しい気持ちが同居している。
「大丈夫ですわ。殿下」
「サリュー……もう少し休むべきだ。いろいろと、あったから」
「……そう、ですわね」
「あの子も心配しているよ」
わたくしの手を引き、手に持っていた日記が閉じられた。日記を持つ手に、ウィズ殿下の手が重ねられる。
「サリュー私はね、君が番だから愛しているのではないよ。それは結果論にすぎない」
「殿下……」
「初めて君を見た日、私は紅い薔薇が凜と咲いているように見えた。美しいのに、どこか儚い君に心奪われたんだ」
番は、本能的な感情。
わたくしが選ばれた理由が番であるのなら、本能がそう告げただけ。そう思っていたけれど、ウィズ殿下はそうではないという。
「わたくしは……どうすればいいのでしょう?」
「私をずっと側で支えてほしい」
「わたくしで大丈夫ですか?」
「君以外は考えられない。これは初めて君に出会った日からずっと変わらない感情だよ。きっと君の妹君よりも深くて、重い」
「あの子は……心の拠り所を私に求めたに過ぎないのです」
「どんなに間違った行動だったとしても、君を愛していた。そして君もね」
愛していたのだと、そういわれてもピンとこない。確かに大事だった。憎らしく思ったときもあったが、父や義母の態度に哀れみの方が強くなったときも。
大事だったのだ。
それでもあの子は生きていてはいけない。
わたくしを取り戻そうと、古の呪いを使ったのだから。
「本当は……わたくしも殿下の側を去るべきなのでしょうね」
「そのときは私も一緒について行くけれど?」
「王太子殿下が、その職務を放棄なされると?」
「構わないよ。君の側にいられるなら、そういう選択肢もある」
「わたくしは、殿下を殺そうとした者の姉ですのよ?」
「そうだね。それも可愛い嫉妬だ」
話が通じているようで通じていない。わたくしが困った表情を浮かべれば、殿下は困らせたいわけではないという。
「言葉を尽くさなければ、君はどんどん悪い方へ考えを巡らせるだろ?」
「そう、かもしれません……」
「彼女はね、私を好きだと言いながらその瞳に私を写していなかった。君とは違う。君の瞳にはちゃんと私が写っている」
「わたくしが、選んだ方だから……あの子が殿下に思いを寄せたのでしょう」
「そうだね。でもそこに私への思いはなくて、私を通して君を見ていたに過ぎない」
愛されたがりの、可哀想な子。
それは私も同じ。諦めたか、諦められなかったかの違い。
「諦められたら良かったのに」
「諦められるわけがない。だって君は彼女を、妹として大事に思っていたからね」
「わたくしが、諦めさせるべきだったのですね」
「人を……大事に思う気持ちは、そう簡単に消えるものではないよ。それに君は、とびきり優しいからね」
「そんなことはありません。ただ、嫌われたくない。臆病なだけです」
そういって俯けば、ウィズ殿下の手がわたくしの頬に添えられた。
「臆病とは言い換えれば、慎重なだけだよ。君は慎重に見極めていたに過ぎない」
「それでも、もっとできたことがあったのではないかと思うのです」
過ぎてしまったことを悔やんだところで、どうしようもできない。過去に戻ってやり直すことも、死んでしまった者を生き返らすこともできないのだから。
ただもう少し、妹との関わりが違っていたら……
父や義母にもっと強く言い返せていたら、なにかが変わっていたかもしれない。
それが悔やまれてならないのだ。
「サリュー……侯爵夫妻は、明日、王都を追放される。もう二度と戻ってくることはないだろう」
「はい。きっと今でも自分たちの罪を軽くしてくれると、夢見ているのでしょうね」
「君が、ずっと侯爵家の罪を暴くために動いていたことを知らないからね」
「それでも、あの子を助けたいと……そう思っていたのです」
ウィズ殿下の手の甲に、涙がこぼれ落ちる。
ああそうだ。わたくししか、悲しんであげられない。たとえどんな重罪をおかしていようとも、血が繋がっていなくとも、サティは――――
「わたくしの大事な妹だったのです」
楽しい記憶は色鮮やかに、わたくしの心に影を落とした。
でもこれはわたくしが一生、抱き続けなければいけない罪。
ウィズ殿下の腕にひかれ、その胸に体を預ける。
確かな熱が、わたくしを包み込んだ。
視線の先、窓辺に置かれた入れ物には一本の簪。愛しくて、憎らしくて、哀れな妹。あの子の命を奪った簪の飾りがゆらりと風に揺れた。
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