198.答えの導き方
コンラッド様から「魚がかかった」と短い言伝が届いた。
私はその知らせをカティア将軍とネイトさんと確認する。相変わらずチョコチョコ女官の仕事をしつつ、着替えに寄らせてもらっているのだ。
「ふむ。やはり、申し込んできましたか」
「年の差ぐらいは大した問題じゃないしね」
「年の差……そういえば、サリュー様の妹君は幾つなんですか?」
「確か……十五歳でしたね」
ネイトさんの言葉に私より三つ上なんだなと、頭の中で計算した。つまりコンラッド様とは九歳差。確かにそのぐらいは良くある話なのだろう。ラステア国の婚姻に関する年齢差の平均がどのくらいかはわからないけれど。
ファティシアでもそこまで不自然というほど差があるわけではない。
私と、コンラッド様は十二歳差。まだこう、私よりも普通の相手に見えるような?とそこまで考えて、なんで私とコンラッド様に置き換えて考えてしまったのだろう。だってこんなの変だもの。
コンラッド様は素敵な人だけど、私なんかよりもっと大人の女性が似合うはず。
私は思わず両手で自分の頬を叩いてしまった。そんな私にネイトさんが苦笑いを浮かべている。
「なにか、ありましたか?」
「なんでもないの……ただなんというか、こう」
「良いのよルーちゃん。気にしない気にしない」
モヤモヤするけどうまく言語化できないと伝えようとしたら、カティア将軍が気にしなくて良いと言う。
「こういうのはね、気にしたら負けなの」
「気にしたら、負け?」
「ルーちゃんはいつでもそのままで良いのよ」
「ええっと……」
「ルーちゃんはまだ子供でいていいし、無理に大人になる必要もないってこと」
カティア将軍はそういうと、私をギュッと抱きしめた。早く大人になりたい私としては少々複雑な気分だ。
だって大人になればできることも増えるはず。そりゃあ一応、デビュタントは済んでるから大人の仲間入りをしているとはいえるけど……そうじゃなくてこう、大人の余裕的なものが欲しいのだ。
アリシアにもっと安心してほしいし、的確なアドバイスだって出来るようになりたい。
今の手探りな状態で、手伝うにも何をするにも誰かの手を借りなければいけない状況をどうにかできたらいいのに。
それがとても難しいことはわかっている。一朝一夕でいかないことも。
だからこそ、早く大人になりたいのだ。大事な人たちを守れるように。
「ルー嬢、急いで大人にならなくても嫌でも大人にならねばならない時がきます」
まるで心の中を見透かしたかのようにネイトさんは語りかけてくる。
「でも……」
「それにね、人間歳を取れば大人というわけでもないのよ?」
「そうですよ。この人を見てください。仕事をいかにサボり、ルー嬢と一緒に遊びに行こうかと考えてるんですよ?」
「そしてできればうちの子にしてしまえないかと考えているわ」
それはもう真剣に。と言われてしまい私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
流石にカティア家の子供になるわけにはいかないので、そこは丁重に辞退しておく。
「えっと、ひとまず……コンラッド様と一緒だったらレイティア侯爵邸に付いて行くことってできないかしら?」
「それは多分難しいかと」
「やっぱりお見合いの席に侍女とか女官が付いてくのって変……なのね?」
「それもありますが、まあ、なんといますか……」
口の中でモゴモゴとしながらネイトさんはカティア将軍に視線をうつす。つられるようにしてカティア将軍の顔を見ると、ニコリととても良い笑顔を浮かべていた。
「とってもおもしろ……いや、たのしそ、でもなくて……まあ、そうね。ルーちゃんが危険な目に遭う可能性がある以上許可は出ないでしょうね」
「でもレイランの術者がいるかもしれないんですよね?」
「そこはほら、ルーちゃんがお守りを持たせてあげれば大丈夫」
お守り、と言われて私はデュシスの鱗を思い出す。確かにあれなら呪いを防げるかもしれない。でも一つで足りるだろうか?
どんな手段を用いてくるかわからないのだし……カーバニル先生に相談してたくさん作ってみようかな。
「うーん……なんかやっぱり、一緒に付いて行った方がすぐに対処できるような?」
「でもルーちゃんは争いごとには不向きでしょう?」
「そう、か……何か争いに発展しないとも限らないんですね?」
「相手が穏便な手段だけを使うとは限らないもの。その場合はルーちゃんは足手纏いになるでしょう?」
「後方支援も大事な役目ですよ。みんなが前戦に出払ったら、背後からの敵が来た時にやられてしまいますからね」
もっともなことを言われてしまい、私は項垂れてしまう。安易に付いて行った方が……なんて考えていたけど、レイランの術者はトラット帝国で生活しているのだ。トラット帝国は軍事大国。
ただ古の術が使えるだけで召し抱えられるわけがない。トラット帝国の後宮に呪いを振り撒いているとわかっているのに、誰も処罰できないのだ。それなりの手だれなのだろう。
それにゴロツキや憲兵隊を殺した疑いもある。カティア将軍が言うように、私がいたら足手纏いだ。
戦いにおいて一瞬の判断の遅れが明暗をわけるって、マスト団長も言っていたものね。
「私、カーバニル先生に相談してデュシスの鱗をいくつか用意できないか頑張ってみます!」
「そうね。そっちの方が良いわ。それに王弟殿下もアレで腕が立つし……なんとかするわよ」
「そうだと良いんですけど」
「ええ。きっと大丈夫ですよ」
カティア将軍とネイトさんの二人に大丈夫だ、と言われ私は小さく頷く。
「私、今自分に出来ることをします」
「そうね。それが一番だわ」
「明日のお休みはカーバニル先生達と研究所にこもって研究しなきゃ!」
「えっ!?」
私の言葉にカティア将軍がガーンとショックを受けた顔をする。しかしデュシスの鱗に聖属性の力を入れるのは私にしかできないこと。まだお見合いは先だけど、その日までに用意しておかなければいけない。それも複数。
「将軍、貴女……ルー嬢が休みの日は自分も休み〜!だなんて思っていません?そんなわけないでしょう!?」
「そん、な……私休みじゃないの!?」
「この書類の山を見てそんなこと言いやがりますか!?」
「適度な休憩は必要よ?」
「その休憩のせいで私は娘が起きている時間に会えないんですが!?」
これは一〇〇%カティア将軍が悪い。確かにちょっといつもより書類の量が多いもの。
きっと本気を出せば終わるのだろうけど、書類仕事をしたくないのはみんな同じなのだろう。お父様も書類仕事はハウンド宰相に怒られながらやってたものね。
そんなことを考えていると、コンコンと控えめなノックが聞こえてくる。
言い争いをしている二人にそのことを知らせると、ネイトさんが扉へ向かった。流石に女官の服を着ていない私が扉を開けにいくわけにいかないものね。
大人しく将軍の側で待っていると、予想していた人物が目の前に現れた。
「ルティア様、お迎えにあがりました」
「ありがとうリーナ」
「それではまた、明後日に」
「はい。よろしくお願いします」
私は「いかないでー!」と嘆くカティア将軍とネイトさんに手を振ると、リーナと一緒に将軍の部屋を出て割り当てられている宮へ向かう。
「ルティア様、その……どんな感じなのでしょう?」
「今のところ全然ね。でもお魚がかかるみたい」
「それでは近々釣りに行かれるのですね」
「そうなの。だからカーバニル先生に相談しようと思って」
「それは良いことかと」
「うん。流石にね、見にいくのはダメだってわかってるから」
カティア将軍たちにも止められたと話すと、リーナはそうでしょうね、と頷く。
「本当は、全部まとめて解決できるだけの力があれば良いのにって思うの」
「私は……ルティア様にそんな力がなくて良かったと思います」
「どうして?だってなんでも解決できる力よ?」
「なんでも解決して、ルティア様という存在がなければ成り立たなくなってしまったら困ります」
「そんなこと……」
「いいえ。人の欲とは際限ないのです。そして、もしも解決できない事態に当たったら……その相手はルティア様を責めるでしょう」
「でも、それは……」
「そこまでの責任を負う必要はないのです」
淡々と告げられ私はリーナの言葉の意味を考える。なんでも出来ればみんなの役に立てると思ったけど、それだけじゃダメってことなのだろうか?
そりゃあ、なんでも解決できてもその場にいなければ出来ないこともある。私は一人しかいないのだし。
「ルティア様、一人で出来ることには限りがあります。ですがそれで良いのです。そのために私たちがいるのですから」
そういうとリーナは小さく微笑んだ。




