195.レイティア侯爵家 2
シュルツ卿にとってはどちらでもいい情報。話しても、話さなくても損はない。
あとはもうネイトさんから鱗を受け取るだけ。あの鱗があれば、レナルド殿下に対する呪いの対策になる。
もちろん絶対大丈夫と言うわけではないけれど……ないよりはずっとマシだ。
対策困難な状態から、ある程度の対策になるのだから。
その鱗が手に入れば、シュルツ卿は役目を終えたとばかりにカティア家から出ていくだろう。彼の仕事は、私たちの様子を窺うことではない、はずよね?
そういえばシュルツ卿はなぜラステア国にいるのだろう?私がラステア国にたどり着いたことを確認するだけなら、こんなに長く滞在していないはず。
そもそもラステア国とトラット帝国は敵国同士。表立って戦争をしていないだけで、何かのきっかけで起こる可能性はいつだってある。
それなのに危険を犯してこの国で何をしているのだろう?
いや、まあ……密偵であったとして素直に認めるとは思えないけど。皇太子殿下の側近が密偵なんてするだろうか?
それにシュルツ卿の情報はあまりにもこちらに有益な情報なのだ。
まるで、まるで――――
「シュルツ卿は、もしかしてこの国に来ているレイランの術者を追いかけてきたのですか?」
「おや、どうしてそう思うんです?」
「だって、私たちに有益な情報が多過ぎます。もしかして、その話しても話さなくてもいい情報は……シュルツ卿にとって大事なものなのでは?」
「まあ、仕入れた情報はどれも一朝一夕に手にしたものではないので大事ですけどね」
「でもその情報を私たちに教えることで、何かが起こるのではないですか?」
シュルツ卿は面白いものを見る目で私を見ている。
もしや当たりなのだろうか?言っても言わなくても、と言っているけれど……この情報でレイランの術者が何かしら動き出すのではなかろうか?
「つまり、君はその情報を元に釣りでもする気か?」
「そう思いますか?」
コンラッド様は鋭い声をシュルツ卿に投げかける。だがシュルツ卿は涼しい顔をしたままだ。
これが大人の駆け引きというものなのだろう。その後もコンラッド様とシュルツ卿の駆け引きが続くが、私にしてみればサリュー様の身の安全の方がずっと大事。
このまま二人の駆け引きを見てるのはどうも、こう……時間が勿体無い気がする。
そんな私の表情に気がついたのか、私の正面に座っていたネイトさんが苦笑いを浮かべた。
「お二人とも、駆け引きもよろしいですがカティア将軍が戻られる前に方針を決めましょう。でないとルー嬢の不満気な顔を見て剣を抜きかねません」
「すみませんねぇ……魑魅魍魎が跋扈する国で生活しているとどうも相手を試したくなるんです」
「それは気の毒だと思うが、そんな連中をそのままにしている時点で同罪だろう?」
またしてもシュルツ卿とコンラッド様の言い合いが始まりそうになったその瞬間――――
ネイトさんがパンッ!と手を叩く。
「殿下、これ以上は時間の無駄です。貴方もよろしいですね?」
さすが将軍の側近というべきか。ネイトさんはヒンヤリとした笑みを浮かべて二人に迫った。
「しかしだな……」
「殿下、今はサリュー様の身の安全が優先です。レイティア侯爵家に出入りできると言うなら、させてもらおうではありませんか」
「それは、そうだが……」
「何の理由もなしに、レイティア侯爵家へは入れません。今のサリュー様を里帰りさせるなんて以ての外です」
「そうだな。サリューを家に帰すことはできない」
「ウィズ殿下が許すとは思えませんが……と言うわけで、貴方も話すことがあるなら全て話してください?」
そういってネイトさんはシュルツ卿を見る。シュルツ卿は、わざとらしく肩を竦めコンラッド様に視線を移した。
コンラッド様はその視線に少しだけ身構える。
「これはまあ、侯爵本人が考えているだけだと思っていただいていいのですが……」
シュルツ卿はニコリと笑みを浮かべつつ、一旦言葉を切る。まるで何事か企んでるかのよう。
そしてシュルツ卿からもたらされた情報に、私たちは苦笑いを浮かべるしかなかった。
***
ネイトさんから鱗を受け取り、シュルツ卿は特に何も言うことなくカティア家を去っていった。
残された私たちはシュルツ卿からの情報をどう使うか、頭を悩ませていると言うのに。
他人事だからあんな良い笑顔で去っていけるのだろう。そして私たちの動きを待っている。
シュルツ卿なりに何かやることがあっているのだろうし。
「シュルツ卿は、レイランの術者をどうしたいんでしょうね?」
「手を貸して皇太子殿下の配下に入れたい、と言う雰囲気ではありませんでしたねぇ」
ネイトさんはシュルツ卿はなかなか食えない人だと判じた。それは確かにそう。
飄々として何を考えているかわからない。でもレナルド殿下への忠誠心は本物だと思う。そうでないと、私にラステア国に暫くいてほしいなんて言葉出てこないもの。
今の私はトラット帝国の利益にはなるかもしれないが、レナルド殿下の利益にはならない。
それがレナルド殿下の判断。
それとは別で、この国にレイランの術者がいることは何か看過できないことがあるのだろう。
「それにしてもーレイティア侯爵が、王弟殿下に自分の娘婿になって貰いたがってるとはね〜」
シュルツ卿と入れ替わりで部屋に入ってきたカティア将軍はケラケラと笑っている。
確かにコンラッド様はこの国で今一番、優良なお婿さん候補だ。年頃のお嬢さんがいるお家は是非とも迎えたい相手だろう。
だがコンラッド様はその情報を聞いて、ずーっと下を向いている。
「ま、諦めて見合いしたら?」
「カティア将軍、他人事だと思って……!」
「だって他人事だもの」
コンラッド様の恨みの混じった声を将軍はあっさりと切り捨てた。
そういえば将軍も前にコンラッド様とお見合いしてるんじゃなかったっけ?あれ?しなかったのかな??
「あの、おねえさまもコンラッド様とお見合いしてませんでしたっけ?」
「私はね、する前になかったことになったの」
「なかったことに?」
「そう。なかったことに」
「えっと……それはなぜ?」
思わず尋ねると、将軍はチラリとコンラッド様を見る。それに釣られてコンラッド様を見ると、頭を抱えていた。
「コンラッド様……?」
「ああ、良いのよ」
「で、でも……」
「あのときはね、ちょうどルーちゃんがうちの国に来るときだったから流れたの」
「五年前の話なんですね?」
「そう」
「それから再度お見合いはしなかったんですか?」
私の言葉に将軍は「好みじゃないから」と答える。
将軍の好みは可愛い感じの人なのだろうか?それとも将軍よりも強い人??
ラステア国では適齢期になったからといって、即結婚とならない。
婚約している貴族よりもしてない貴族の方が多いくらいだし。
やっぱり番、と言うものがあるからかな?
色々と考えるけれど、こればかりは当人の問題だしこれ以上口を挟むべきではないだろう。どうしようかな、とネイトさんに視線を向ける。だって私にはどうにもできない話だもの。
「ま、ひとまず殿下がお見合いを再開した、と噂を広げましょう」
「お見合いを再開?」
「ここ数年、王太后様が止めてらっしゃいましたから」
「王太后様……?」
ネイトさんの言葉に首を傾げる。王太后様、位としては王妃よりも上になるはず。
現在のラステア国は女王であり、王妃はいない。となると……ランカナ様やコンラッド様のお母様、と言うことだろうか?
「王太后様は後宮の一角にお住まいなんですよ」
「私、まだお会いしたことがないわ。こんなに何度もラステア国に来ているのに……」
「あ、あーそういえば、そうだったね……」
コンラッド様が何となく言いづらそうに頷く。
ファティシアの王太后に当たる方、つまりお父様のお母様は王城に住んでいない。
生家であるローズベルタ侯爵家の所領でゆっくりと過ごされてるそうだ。
だから私がお祖母様にお会いできたのは片手で足りる数くらい。お年だから、あまり王都まで出てこられないと聞いている。
でも王太后様は後宮にずっと住んでいるのよね。それなのに会ったことがないなんて……私、知らないうちに失礼なことをしていたかも。
「王太后様にはどうすればお会いできますか?」
「い、いや!ルティア姫は合わなくて大丈夫だよ!?」
「でも……ずっとお世話になっているのに」
「母は……その、姉よりも押しが強いんだ」
「押しが、強い……?」
「そう。だから、ルティア姫は合わない方がいい。気に入られたら最後、四六時中呼び出されて話し相手をさせられてしまう」
それは困るだろう?と問われると、確かにそれは困る。
失礼のない範囲で交流はしてみたいけど、今の私はやることの方が多いし……
「えっと、じゃあ……サリュー様の件が片付いたらお会いできますか?アリシアと一緒なら多分大丈夫です」
「そ、うだね。うん。そのときは母に話を通しておくよ」
コンラッド様はちょっと困った顔をしていたが、サリュー様の件がなければ侍女として後宮を動き回ることもないし大丈夫だろう。それにアリシアも一緒なら、うっかり変なことを言いそうなときに止めてもらえるはず。
「ひとまず、王太后様にご協力を仰ぎましょう。その辺りは殿下に差配をお願い致しますね」
「そうだね。これは、うん。仕方ない……」
ネイトさんの言葉に項垂れるコンラッド様。
しかし現状を鑑みれば、この方法しかない。コンラッド様には申し訳ないけど、サリュー様のために頑張ってもらわなければならないだろう。
――――翌日、「コンラッド様が見合い相手を探している」と言う話が一気に王城内を駆け巡った。




