183.嘘と駆け引き
お久しぶりですね、と声をかけられ私は目を瞬かせる。
「えっと……カティア家に話を聞きにきた、憲兵隊長さん?」
「そうです。覚えていただけて光栄ですね」
どう好意的にとっても光栄です、なんて微塵も感じない表情だ。しかし不味いことになった。私は入り口に立ったまま部屋の中に進めないでいる。
それに気がついたのか、彼は立ち上がりテーブルを挟んで正面にあたる席に座るよう促してきた。座りたくはないが、どう足掻いてもそこに座らねばならないだろう。だって不自然だもの。
こんなことならカティア将軍に声をかけるべきだった。何も考えずに来てしまった自分の愚かさを嘆くもどうしようもない。
最後の悪あがきに、椅子に座る前に問いかける。
「今日は、なんのご用ですか?」
「ああ、なに……大したことではないんですよ。新しい証言が出たのでその確認をしに来ただけです」
「確認、ですか?私に?」
確認をするのであれば、ステラさんたちも一緒に聞いた方が早いのでは?納得のいかない答えだが、納得いかない!と言って出ていくわけにもいかない。
私は今、ルーであってルティアではないからだ。カティア家の、ラステア国の貴族の一員と言うことになっている。つまり、捜査協力は義務。
その義務を放棄することはカティア家に迷惑がかかる。
仕方なしに椅子に座り、正面にいるシュゲール・ハッサンの顔を見上げれば、鋭い目が私を観察していた。なんとも居心地の悪い……しかしそれを表情に出すわけにもいかず、私は彼に話を促した。
「それで、確認とは……?」
「ええ、実は荒くれ者が死んだ日ですがーーーー本当に屋敷に帰りましたか?」
「は?」
「屋敷にはいなかった、と証言があるんですよ」
「おかしなことを仰いますね。それでもし、私が屋敷にいなかったとして……私が荒くれ者たちを殺したとでも言いたいのですか?」
「そう言うわけではありません」
シュゲール・ハッサンは目を細め、私の一挙手一投足を見ている。嫌な目だな、と思っても疑うことも仕事の一つ。いろんな人に話を聞いて周り、その上でその言葉が正しいのか否か調べねばならない。
それに私が屋敷には戻っていないのは事実だし……その理由を言うわけにいかないけど、でも犯人だと思われるのは悲しくなる。
でも誰がーーーー?誰が私が屋敷にいないと言ったのだろう?
そこまで考えて、ふと頭の中にリリが浮かぶ。そうだ。リリには何も伝えていない。私が本当は誰なのか、そしてどうして屋敷に戻ってこないのか。
それを知らないリリはきっと、話してしまったのだ。素朴な疑問として。
きっとステラさんだけでなく、将軍だって家に帰ればリリを構うだろう。子供好きなのだし。将軍と一緒に帰っていることになっている私が、帰ってからリリを構いに行かないのは不自然だ。そうなるとリリとしては帰ってきていない、と判断するだろう。将軍は帰ってきているのに、私だけ帰ってこない。
でも、それだけで私に話を聞きに来るのだろうか?
怪しいと言えば怪しいけど、私に、いやカティア家に荒くれ者を殺す理由がない。それは調べればすぐにわかること。
「憲兵隊長さんは、私に彼らが殺せると思いますか?」
「カティア家、と言う家柄を考えるなら可能でしょう。ですが……あんな不可思議な殺し方はしない」
「でしょうね。カティア家なら正々堂々と司法に則り裁かせます」
「ですが今のところ彼らを恨む者もいないのですよ」
「……荒くれ者ですよ?そこかしこにいるのでは?」
彼らの普段の行いは知らないが、どう言葉を取り繕っても素行がいいとは思えない。そうなると恨まれる可能性だってごく普通に生きている人よりも多いはず。それなのに恨む者がいないとかおかしすぎる!
「まあ、全くいない。とは言いません。彼らはゴロツキです。悪事を働くことを悪いとすら思わない。ですが、あんな手の込んだ殺し方をされるほどのことはしてないでしょうね」
「殺し方が普通ではないから私を疑っているのですか?」
「カティア家の分家筋には人形を扱う者もいると聞きますが?」
「私が聞いたところによると、鈴の音がした後、皆死んでいたとのことですが……それは人形にできることですか?」
「それはわかりません。私は人形使いではないのでね」
肩を竦め、お手上げだとでも言いたげな表情を見せた。私だってその人形使いではないのでわからない。だが人形使い、といわれオルフェさんを思い浮かべる。
でもオルフェさんの作る人形は、簡単な動作はしても一流の剣士のように動けるわけではない。魔力を調節することでサイズを変えられるが、自由に動かして人を殺せるようにするのは難しいと思う。
とはいえ、絶対にできないのか?となるとわからない、としか言えない。私はそこまで詳しくないからだ。オルフェさんなら何か知っているだろうか?
だがここで私があれこれ言ってもどうにもならない。それでオルフェさんが疑われても嫌だし。それにカティア家の人ならそんな周りくどいことは絶対にしない。これだけは自信を持って言える。ただその自信の根拠を問われると困るのだけど。
人柄とか、今までの付き合いとか、それに一番の理由は殺す理由がない、これに尽きる。
「……そもそも、人形使いの人形にそんなことできると聞いたことありません。それにわざわざそんな風に殺してどうするのです?」
「さあ。私は人を簡単に殺す者の気持ちはわかりません。もしかしたら新しい可能性を試したくて、ということもあるかもしれませんし」
「人形を使う、新たな可能性……ですか?でも回収は?一瞬の隙に殺されたと聞いてますよ?そんな人形があったら不自然でしょう?」
「バラした死体の中に紛れ込ませばわからないじゃないですか」
そういってシュゲール・ハッサンは自身の見解を語る。
荒くれ者の体はバラバラになっていたそうだ。人の形を残さず、バラバラに。もしその中に人形が混ざっていたとしても、精巧な造りであれば誤魔化せる。
何せ血は、大量にあるのだ。血まみれになっていたら、わからない。と……
「なるほど、言いたいことはわかります。では憲兵隊の方々は、死体の検分をされてないのですね」
「どうしてそうなるのです?ちゃんと見たからバラバラになっていると……」
「普通、バラバラになっていたら一人一人の体を纏めませんか?」
「纏める、ですか?」
「そうです。だって遺体を埋葬する時困るじゃないですか。それとも、遺体を全部一纏めにしてそのままなんですか?いくら悪さをした人とはいえ、その扱いはどうかと思いますよ?」
疑問を呈すると、シュゲール・ハッサンは考え込む仕草をする。まあ、バラバラになった遺体をじっくり見たいかと問われれば見たくはない。
憲兵隊の人たちだってそれは同じだろう。だからといって、きちんと検分しないで良い理由にはならない。たとえその遺体が不可思議な死を遂げていたとしても。
「私は、きっちりと調べるべきだと思います」
「その上で人形が出てきたらどうします?」
「どう、とは?私が人形を操って、自分の力を試したいからと殺したというのですか?貴方の目には私は簡単に人を殺せるように見えてるんですね」
「人殺しの思考回路は理解し難いものがありますからね。それに、商業ギルドの受付係の件もありますし」
どのみちお前が怪しい、と視線が問いかけてくる。全くの見当違いだが、私の事情を知らないのだから怪しまれても仕方はない。仕方はないけど、どうもこう、言葉にはしづらい何か嫌な感じがする。
私を犯人に仕立てて幕引きを図ろうとしてないか?
「ちょっと!私の妹に勝手に接触するなんて誰の許しを得ているの!!」
バン!と扉が開けられ、ビクリと肩が震える。扉に視線を向ければ、どこからか走ってきたのか、将軍と息を切らしたネイトさんが立っていた。
「お姉様……お仕事中でしょう?」
「ルーちゃんにこんな陰険な男が訪ねてきたって聞いて、大人しく仕事なんてしてられないわよ!」
「いや、ちゃんと必要な仕事は片付けてもらいましたけどね!?」
将軍の後ろでネイトさんがツッコミを入れる。それは良かった。仕事を放り投げてきたと言われたら、もっと疑われるのではなかろうか?
ツカツカと私の側まで歩み寄ると、ガバッと椅子ごと抱きしめられる。そんな将軍を横目に、ネイトさんがシュゲール・ハッサンと対峙した。
「憲兵隊長として、関係者に話を聞くのはまあ仕方ありませんが……未成年に保護者抜きで話を聞くのはどうかと思いますよ?」
「ああ、それは失礼。後宮で働いてらっしゃる、と伺っていたのでね」
「その前に我々に話を通すべきでは?」
「大人がいると話せないこともあるでしょう?」
まるで蛇みたいだ。目を細めて、私たちの様子を伺っている。でもどうして私なのか?それともカティア家に恨みでもあるとか?
理由はわからないが、シュゲール・ハッサンが私に強い疑いを持っていることだけは確かだった。




