182.再びのカティア家
リーナに伝言を頼み、私はカティア将軍と一緒に馬でカティア家へと向かった。
今回は急ぎの帰宅になるから、馬は相乗りだ。将軍がものすごーく浮かれていたせいで馬がちょっとだけ怯えていた……
それはそれとして、カティア家へ向かう道中にも詳しい話を聞いたが謎は深まるばかり。
早すぎる指示。腐乱した死体。一体誰が殺したのか?誰もが覚えていない謎の人物。そして、憲兵の詰所に侵入した手口も謎だという。
本来なら職務怠慢とも取られてしまいそうだが、ほんの一瞬、目を離しただけで殺されたと口々に訴えているらしい。
「そりゃあね、職務怠慢だし減俸モノよ?みすみす殺されてしまったのだし。でもみんなほんの少し目を逸らしただけだっていうの」
「ほんの少し……」
「なんだか鈴の音が聞こえたって言っててぇ」
「鈴の音ですが?」
「そ、チリン、チリンと二回聞こえたんですって。みーんな揃って同じこと言うの」
「口裏を合わせているとか?」
思わず言ってしまうと、普通そう思うわよねと将軍は頭上でぼやく。でも外で立ち番をしていた憲兵も聞いたというのだ。そんな大きな鈴の音、聞こえたら不審でしかない。あやしすぎる。
でも不思議なことにそんな大きな音ではなかったらしいのだ。耳の近くで小さくチリン、チリンと聞こえたので、猫でも入り込んだのか?と入口に目をやり何もなかったので牢に視線を戻すと荒くれ者達は牢の中で倒れていたという。
でもこの倒れていた、はきっと私に配慮した言い方なんだろうなって……倒れていただけで死んだなんて思わないものね。ただ倒れていただけなら、きっと寝ていると思うはず。そうでなかったからカティア家や将軍に連絡が来たのだ。
普通の死に方ではなかったからーーーー
「口封じかしらねぇ」
「それって悪いことをしたお店を守るためですか?」
「んーどうかしら?」
「他にも理由があるんですか?」
「商業ギルドは、商売の要なのよ。特に王都にある商業ギルドは国中の商売を担っているともいえる、まさに中心的存在」
「中心的存在……」
オウム返しのように繰り返せば、将軍は顎に手を当ててうーんと唸りだした。私もそれに習うように考え込む。中心的存在。つまり国中の商売の情報がそこにあるとも言える。
商売を知るということは、その国の経済状態も知ることができるのだ。税率や、民の暮らしぶり。貧しいのか、豊かなのか、計算に慣れた人間なら帳簿を見るだけでわかってしまうだろう。
しかも王都の商業ギルドには地方の商業ギルドからも情報が集まる。できの悪い商品も、良い商品も全部、だ。
そういう情報を全部ひっくるめて、王へ奏上するのもギルドマスターの仕事でもある。少なくともファティシアではそうだ。
ラステアも多分そう変わらないだろう。ということは、誰かがこっそりこの国の情報を見ていた、ということにならないだろうか?
でも何のために?
「ルーちゃん家についたよ」
「あ、はい!」
将軍に言われ顔を上げると、門の前ではステラさんがリリと一緒に待っていた。リリは最初合った時よりもすこーしだけ頬がふっくらしたようにも見える。
あと髪の毛も艶が出てきているし、カティア家でしっかりと面倒を見てもらえているのだろう。
「おかえりなさい、二人とも」
「ただいま、姉上」
「ステラお姉様ただいま戻りました。リリも元気そうで良かった」
私が将軍に抱きかかえられながら馬から下りると、リリは苦虫でも噛み潰したような顔で「お前のせいだぞ」と文句を言われてしまう。
「えっとなにかあったの?」
「お、お前のせいで頭から爪先までピカピカに磨かれたし、飯は腹いっぱい食わせられるし、布団はフカフカだし!!でも厨房の手伝いとか、荷運びとかするだけで自由な時間だってあるし!!」
「……それは、良いことじゃないの?」
「俺がここを追い出されたらもう外で暮らしてなんていけないじゃないか!!」
「追い出されるようなことしたの?」
「し、してないけど……」
「なら大丈夫よ。リリにこれだけ手をかけてくれるってことは、それだけリリに見込みがあるってことだわ」
ね?とステラさんを見ると、その通りよ。と頷いてくれた。どうやらリリは今までにない高待遇に疑心暗鬼になっているようだ。今までの扱いが酷かっただけなのだろうけど。
「でも、俺だけ……こんないい生活して、本当に良いのかな?俺……悪いこといっぱいしたのに」
「悪いことをした、とわかっているんでしょう?お給料をもらったらそこに謝りに行けばいいわ」
「そうね。その時は私がついて行ってあげる。今の貴方の雇い主は私ですからね」
私とステラさんの提案にリリは小さく頷くと「ありがとう」と本当に小さな声で呟いた。きっとまだ恥ずかしさが勝つのだろう。でも今はそれでいいと思う。急に待遇が良くなれば誰だって疑心暗鬼になるものね。リリがゆっくりでもカティア家に慣れてくれたら良いと思う。
「リリのお友達もねー上手く捕まえられたら良いんだけど。そうしたら、うちの領に一緒に行ってみんなで新しい暮らしができるんだけどね」
「アイツらは……多分俺より大変だぞ?」
「良いのよ〜聞き分けのない子ほど燃えるわ!!」
なんだか良くわからない闘志を燃やしているが、リリもリリの友達も幸せに暮らせるなら私としても嬉しい。私だけじゃ何もできなかったけど、カティア家には本当に助けられている。
「さてさて、それよりもルーちゃんにも話聞きたいって来てるんでしょ?」
「そうよ。これから来るの。こーんな遅くに来るなんて仕事熱心よねぇ」
なんだか嫌そうな言い方に私が首を傾げると、リオンさんは嫌な奴が来るのよ!と頬を膨らませながら言った。
***
憲兵隊長のシュゲール・ハッサンとその男の人は名乗った。目つきの鋭いその人は、私とリオンさんの事件当日の行動と、荒くれ者達が死んだ日の行動を詳細に話すように言ってきたのだ。
私は事件当日の話と、荒くれ者が死んだ日は後宮で仕事をし、その後将軍と一緒に帰宅したと告げる。実際に帰宅したのは私の姿をした人形だけども。ただ……この辺の事情をきちんとリリに話しておくべきだった、とあとになって後悔する。
憲兵隊長との話が終わったあと、私はカティア家で一晩お世話になり、翌朝に将軍と一緒に後宮へ戻った。そして昼間は女官として後宮をウロウロし、夕方以降はルティアに戻る。目まぐるしく過ぎていく時間に、憲兵隊長のことなんてすっかりと忘れてしまっていた。
そんな時、女官である私に面会者が訪れたのだ。もちろん面会を申し込んでくる知り合いなんていない。
驚いてなにかの間違いではないかと女官長に確認したけれど、私で間違いないというのだ。
「え、誰だろう?ルシアンさんではないんですよね?」
「ええ、違いますね。ハッサンと名乗っておりましたから」
女官長も私の様子に、会うのは止めておくか?と提案してくれたけど、なにもわからず断るのもカティア家の体面上悪いかと思い首を振った。
「いえ、もしかしたらあったことのある方かもしれませんし、行ってみます」
そう言って、私は後宮女官が外部の人間と合うために用意されている部屋へ向かう。頭の中で何処かで聞いた名前だな、なんて考えながら。
部屋の扉をノックして、中に入るとそこにいたのは目付きの鋭い憲兵隊長。シュゲール・ハッサンが椅子に座って待っていた。




