158.新たな呪い
その日はファティシア王国から帰ってきたばかりで、ぐっすりと眠り込んでいた。飛龍での移動は楽しいけれど、やはり体は休息を求めていたようだ。
優しい手がゆらゆらと体を揺する。きっとユリアナだ。耳元で優しい声が聞こえるし。ユリアナが起きなさいって、私を起こそうとしているのだろう。
でももう少し。もうちょっと。
「ううう……もうちょっとぉ」
耳元でため息が聞こえる。これはきっと、呆れているのかも?でもすごーく眠いのだ。眠くて眠くて、もうちょっとだけ休みたい。
どうしても睡魔には抗えなくて、手元の布団を手繰り寄せる。
「……さま、もう!早くしないと朝食の支度が……あら?」
ユリアナが少し驚いた声を上げた。どうしたのだろう?布団からコソリと顔を覗かせる。すると離れた場所からバタバタと駆けてくる足音。
ーーーーバタンッッ!!
「ルティア姫!!」
大きな声で名前を呼ばれ、思わず飛び起きてしまう。一体何事なのか!?火事かなにか起きたのだろうか??
寝ぼけ眼を擦りながら私を呼んだ人の方を向けば「失礼」と一言声がかかる。ふわりと体が浮き、抱き抱えられたのがわかったが寝起きの頭ではえ?とかあ?とかそんな声しか出ない。
「侍女殿、火急の事態ゆえ姫君をお借りしていく!!」
「えっ!?あの……!!せめて着替えを!!」
ユリアナの声が遠ざかっていく。そのぐらい早いスピードで部屋から連れ去られているのだ。一体何事!?このものすごく揺れる事態をどうにかしたいけど、抱き抱えられた状態で暴れるのは得策ではない。
だって落ちたら痛いもの!!
ようやく頭が動き出して、私を抱き抱えている人が誰だかわかった。長い髪が走る動きに合わせてハラハラと背中を流れていく。普段はしっかりと結ばれた黒くて長い髪、つまりこの方はウィズ殿下だ。
ウィズ殿下が焦っているところなんて、一番初めのサリュー様との出来事以外で見たことがない。つまりはサリュー様との間に何かがあったのだろう。
私はそう結論づけると、ひとまず下ろしてもらえないかな……と内心で思うのだった。急ぎなのはわかるけど、私だって走れるのだ。足だってそんなに遅くない。
それなのに抱き抱えられたままは、ちょっと問題があると思うのだ。
チラリとウィズ殿下の顔を見る。怖いくらいに真剣な顔で、ちょっと声を掛けるのを躊躇ってしまう。ううう……このまま何処に運ばれてしまうのだろう?
そう考えていると、誰かとすれ違う。あ、と思った時にはその人が私達を追いかけて走り出したあとだった。
そう、すれ違ったのはコンラッド様だ。
「ウィズ!ウィズ!!ちょ、ちょっと待ちなさい!!」
「叔父上!今は話している時間はないのです!!」
「そうだとしても、その姫君を抱き抱えて走るのは問題があるだろ!!」
「今は一大事ゆえ!!」
そういう問題ではない!とコンラッド様が怒っているけど、確かに今の私の格好は寝巻き姿だ。ファティシア王国から持ってきた寝巻きなので、ラステア国の寝巻きに比べればしっかりした作りをしているけれど!!それでも寝巻き姿であることには変わりはないのだ。
まあ、ウィズ殿下に比べれはまだ子供だものね。と思わなくもないけれど、デビュタントは済んでいるのでちょっとどうなのかとも思う。それを察してのコンラッド様の発言なのだろうけど。それでもウィズ殿下の足は止まらない。
そして、バタン!!とすごい音を立てて何処かの部屋に駆け込んだ。
部屋は明るく、温かな印象を受ける。
作り的にも、もしやここは夫婦の寝室、という場所ではないのだろうか?チラリと入り口付近を見れば、追いかけてきたコンラッド様が二の足を踏んでいた。
コンラッド様が入るのを躊躇する場所。やはり、夫婦の寝室なのだろう。
それも、ウィズ殿下とサリュー様の。
「ウィズ、さま?」
消えそうなほど小さな声が、ウィズ殿下を呼ぶ。ウィズ殿下は私を降ろすと、すぐさまサリュー様の元へ駆けて行った。
「サリュー、サリュー大丈夫かい?」
「は、はい……その、どなたかご一緒ですか?」
「あ、ああ。驚かせてすまないな。ルティア姫を、小さな姫君を連れてきたんだ。君の眼を見てもらいたくて」
「まあ、そのような……ファティシアから戻られたばかりなのでしょう?きっとお疲れのはず。わたくしのことで手を煩わせるわけには……」
「そんなことを言わないでくれ、サリュー……愛しい人」
どうやら具合が悪いらしく、サリュー様はベッドの中で伏せっているようだ。その細く白い手をしっかりと握り、今にも死にそうな顔でウィズ殿下が縋り付いている。
普段の二人はそりゃあ、仲睦まじい感じではあったが……私、お邪魔では??
どうしようかと、考えていると肩に何かがかけられる。こんなことをする人はこの場では一人しかいない。
ふわりと薫る匂いはコンラッド様が使っているお香の匂いだろうか?顔を上げれば、片手で自らの顔を覆ったコンラッド様が立っていた。
「コンラッド様……その、一体何があったのでしょう?」
「いや、俺もわからないんだよね」
「私も急に連れてこられたので何が何だかで……」
「そうか、いや、本当に申し訳ない。まだ休んでいるところだったろう?」
「そろそろ起きなさいって、起こされている最中だったので!大丈夫です!!」
ぐっと両手を握りながら答えると、コンラッド様が笑いだす。いや、笑わせようと思ったわけではないのだけどね!!
それにしても一体どうしたのだろう?帰ってきてすぐはランカナ女王陛下に謁見をしたり、ユリアナのお説教を受けたりでサリュー様と会う機会はなかった。
だから今日会うのが戻ってきて初めてだったりする。
「ーーーールティア姫、申し訳ないのだが……サリューの眼を見てもらえないだろうか?」
「サリュー様の?」
「ああ……」
眼を見てもらうならお医者様の方が良いのではなかろうか?それにポーションだってあるはずだ。不思議に思いながらも、手招きされるままにサリュー様の元へいく。
ベッドの上にはサリュー様が横たわっていて、その瞳からは光が消えていた。
「あ、え……?」
綺麗な翡翠色の瞳。その瞳が真っ黒に濁ったようになっている。それは初めてウィズ殿下に会った、あの時のことを思い出させた。
『呪い』
何処かの誰かが、ウィズ殿下を呪った。その呪いをかけた人は、捕まえに行った時には死んでいたと聞く。だから解き方はわからない。
でも私の聖属性の力でその呪いは解けたのだ。何故だかわからないが、聖属性の力は呪いを消せるらしい。
つまり私がここに連れてこられたのは、サリュー様の眼を治して欲しいから。理由がわかってスッキリしたけれど……でも誰が呪いをかけたのだろう?
呪いってそう簡単にかけられるものなの??そんな疑問が湧いてきた。
でも今は、サリュー様の眼を治す方が先だろう。あの時のウィズ殿下は呪いは痛みを伴うと言っていた。ならばサリュー様もとても痛いのではなかろうか?
「痛みますか?」
「いいえ、それが見えないだけで何も感じないの」
「見えないだけ?」
「見えないだけでも大事だ」
「それはそうですよね。だって昨日までは見えていたんですよね?」
「ええ。確かに見えていたの。でも、眼を覚ましたら見えなくなっていたの」
なるほど。突然起こった、ということか。私はウィズ殿下に場所を代わってもらい、サリュー様の手を取る。ほっそりと白く綺麗な手は、とても冷たくて本当に大丈夫なのかと心配になった。
「……サリュー様、本当に見えない以外は何ともないのですか?」
「ええ、そうなの。でも……そうね、少し力が入れづらいかしら?」
「そう、ですか」
「姫君、どうだろうか?」
「ええっと、お医者様でないのでわからないのですが……ひとまずその、やってみないことにはなんとも」
そうウィズ殿下に告げると、コンラッド様が「何をやるんだい?」と不思議そうな顔をする。そういえば、コンラッド様は私が聖属性持ちだと知らないのでは!?
ウィズ殿下を治したのは私だと知っているけれど、どうして治したかまでは秘密にしていたはず。ううう……どうしよう。どんどん知っている人が増えてしまう。
でも、でもね?秘密にしたいからと言って、このままコンラッド様を部屋から追い出したとしても、結局治したのは私だってわかるのよね。ただ方法だけがわからないってだけで。
そして今、私の肩にはコンラッド様の上着が掛かっている。これをあとで返しにいった時に絶対に聞かれると思うのだ。秘密ですよ!というのは簡単だが、他国の王族であるコンラッド様にそこまで強く出ていいものか……
困ってしまって、ウィズ殿下を見上げると「叔父上、秘密は墓までですよ」とコンラッド様に告げる。
「それはまあ、構わないけれど……ああ、だから周りに誰もいないんだね」
「そうです。人ばらいをしています」
「それなのにお前が姫君を抱き抱えて、向こうの宮から後宮まで走り抜けたら噂が立つだろうに」
「そ、れは……申し訳ない、姫君」
「まあ!ウィズ様そのようなことをなさったのですか?」
「君を早く見てもらいたくて」
いやいや、私を挟んでラブラブしないでください。出来ればいなくなった後でしていただけると嬉しいです。心の中でそう願いつつ、私は諦めてサリュー様の手をギュッと握ると聖属性の術式を展開した。
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今月はコミックス&書籍発売月なので、20日まで毎日更新頑張ります!!ます…!!




