140.お転婆姫の帰還 1(ロイ視点)
ルティアが王都を旅立ってから二週間ほど経った。その間に、トラット帝国から使者が来て、ルティアがいないことに憤慨していたけれど……
トラット帝国よりもラステア国との方が付き合いが長いし、とても友好的な関係を築けているのだから、優先すべきはどちらか普通ならわかる。
例え今回の短期留学が意図的なものでもね。
それにしても、アカデミーでまで鬱陶しく引っ付き回られるとは思わなかった。僕はロビンと一緒に、隣でがなりたてる貴族子弟達の話を右から左へと聞き流す。
「殿下!今後はトラット帝国が一番大事な国となるんです」
「そうですよ殿下!今やトラット帝国はこの周辺諸国で一番の大国!ラステアなどとは比べるだけ愚かというもの!!」
「殿下からも陛下に話されるべきです。今はラステアなんて野蛮な国よりも、トラット帝国を優先すべきだと!!」
全くもってうるさい。僕は内心でため息を吐くと、彼らに向かって微笑みかける。そこまでいうなら、自分達で行ってくればいいのだ。どんな扱いを受けるか知らないけれど、あのトラット帝国がファティシアの貴族だからといって特別扱いするわけがない。
「そんなに素晴らしい国だというのなら、君たちが直接留学でもしてくればいい」
「え……?」
「素晴らしい国なのだろ?ファティシアよりも」
「そ、それは……もち、ろん……」
徐々に青ざめていく顔。ようやく、僕を不快にさせていると気がついたのか彼らはお互いの顔を見合って、どうしようかと困った顔になる。僕は追い打ちをかけるように話し続けた。
「君達もそれなりに魔力がある。枯渇するまでこき使ってもらえるんじゃないかなあ?」
「そんなことっ!」
「ないっていえる?従属化した国の数がどれほどか、その国の人々がどんな扱いを受けているか、君達は全く知らないのかな?」
隙を見せれば、喉元に喰いつかれる。それぐらいに危険な国だ。近づき過ぎず、ある程度距離を取ることが望ましい。
僕の言葉に彼らは黙り込み、何もいうことができないでいる。僕は更に「教授達にも伝えておくよ」と彼らに伝えた。
「で、殿下……?」
「君達がトラット帝国を称賛していた。素晴らしい国だといっているから、是非、留学させてあげて欲しいとね」
「そ、そのようなお手間をかけるわけには……」
「いいんだよ。国の実情を知りもしないで称賛していたわけじゃないんでしょう?それでもトラット帝国が素晴らしい国だって称賛するなら、是非とも見てきて欲しいなあ」
まさか断ったりしないよね?と軽く首を傾げて見せれば、彼らは蒼白になり「失礼します!」というとバタバタと走って行ってしまう。
そんな態度じゃ、トラット帝国の状態が良くないといっているようなものだ。それなのに仲良くした方がいいだなんて、どの口がいうのだろう?
彼らの後ろ姿を見送り、人気のないことを確認すると深々とため息を吐いた。
本当に疲れる。
「根性ないっすねえ」
「ま、あんなものだよ。実情を知っているくせにルティアを送り込めだなんて平気で宣うんだから」
「姫さんの性格じゃあ、向こうの実情を知れば魔力過多の畑を大量生産しそうですしね」
「国力が低下してくれるなら、それに越したことはない。トラット帝国は大きくなり過ぎた」
「ですね。そして火種を常に国内に抱えている……旦那様も心配してましたよ」
「お祖父様が?」
「奥方様を慕う方から連絡が来たと」
「お祖母様を……なるほど。相変わらず顔が広い」
権力には全く興味がない、という割に各国の内情を知っている辺り……流石辺境伯というべきだろうか?どの国の情勢も知っておけば、何かがあった時に困らないらしい。
多分、王城内にもお祖父様の息のかかった者がいるだろう。そしてこのアカデミーにも。そこまで調べられるなら、フィルタード家の悪事でも調べて糾弾して欲しいぐらいだ。
「ーーーー旦那様も、苦々しくは思ってるんですよ」
「それならもう少し、力を貸してくれてもいいと思うんだけどね」
「人手が足りませんからねえ」
「人手かあ」
確かに人手は足りないだろう。フィルタード派には同じ侯爵家のカナン家も名を連ねている。カナン侯爵家は、貿易で財を成し、その過程で爵位を買い、徐々に成り上がっていった家だ。最終的に功績を認められて、新しい侯爵になったのだけど……それでもその根底にあるのは商人としての性。どこに付けば一番有利なのか、と常に考えている。
そのカナン家がフィルタード派にいる、ということはつまり王家よりもフィルタード派でいた方が自分達にとって有益だと思っている証。その為の人手は惜しまないだろう。商人なら、その手の人を見繕うのも得意なはず。
ファーマン侯爵家は今現在、王家寄りと思って良いだろうけど……だからといって、表立って動けるわけではない。ライルの婚約者、ということになっているアリシア嬢。彼女の為にも下手に動けば、彼女自身が危険に晒される。
アリシア嬢は心優しい、普通の令嬢。ルティアみたく、ドレスの裾を捲り上げて走り回って逃げるなんてできっこないし。簡単に騙されてしまいそうな危うさもある。
「ローズベルタのお祖父様とお祖母様は……我関せず?」
「ローズベルタ家は学者肌の方々ばかりですからね。必要な資料は用意してくださるかも知れませんが、だからといって積極的に王家の為には動かないでしょうね」
「それぐらい自分たちで何とかしなさい、って思ってそう……」
「まあ、そんなことも……なくは、ないっすかね」
僕とロビンはお互いに顔を見合い、ため息を吐く。中立を貫く、とはそういうことだ。必要な情報は開示するけど、積極的に手を貸すことはない。
それぐらい御せなくてどうする?と、なるのだろう。これはローズベルタ侯爵家に限ったことではない。本来ならファーマン侯爵家も同じ立場なのだ。
そういえば、クリフィード侯爵家はどうなんだろう?ルティアがラステアへ向かう道中にある、侯爵領。ルティアが毎回良くしてくれてる、とはいっていたけど……その胸中を僕らは知らない。
「どこかに自由に動けて、尚且つ僕らの味方になってくれる人……落ちてないかなあ」
「そんな人落ちてたら困りますわ」
「そうだけどね」
「どうしてもって時は、旦那様が昔の伝手を総動員してでもなんとかしますって」
「でもそれって、かなり切羽詰まった状態じゃない?」
「まあ……そうっすね」
ロビンの何ともいえない表情に、僕は苦笑いをするとゆっくりと歩き出す。誰か手を貸して欲しい、だなんて他力本願も良いところだ。本来なら、ローズベルタ侯爵家が思うように「自分達の力で」何とかしなければいけない問題。
貴族達は王家にとって都合のいい駒ではないのだ。王家が間違ったことをすれば、糾弾する義務がある。その逆も然り。
フィルタード派が間違ったことをするのであれば、王族である僕らが何とかしなければならない。他の侯爵家が手を貸さない、といっているわけではないし。
老練なフィルタード前侯爵や、狡猾なフィルタード侯爵。彼らの相手をするのは本当に手がかかる。父上や、ハウンド宰相は常に頭を痛めているだろうけど、できることならスパッと解決してもらいたい。
そうすれば、もっと別のことに力が注げるのに……こんなことを考えてしまう辺り、僕はローズベルタ家の血が濃いのだろう。
「僕って、ホント王族に向いてないなあ」
ボソリと呟けば、ロビンはまた微妙な表情を浮かべた。
***
その知らせは、その日の夜にーーーー
クリフィード領の方角から光の球が上がったのだ。それも何発も。たまたまそれを見ていたロビンが、救難信号が上がっていると気がついた。
僕もロビンと一緒に離宮の屋根へと上がると、その方角を見る。
「殿下、気をつけて下さね」
「平気平気。僕だって、鍛えてるし」
「そういって昔落っこちそうになったでしょうが!」
「今は平気だって」
そんな会話をしつつ、クリフィード領の方角から上がる光の球を見る。あれは、どう見ても救難信号。それは間違いない。でもクリフィード領から王都までは距離がある。
「……アレって、どのぐらい離れてると思う?」
「光の具合から見て、クリフィード領の手前だとは思うんですが……」
「手前、も色々あるよね?」
「そうっすね」
咄嗟に頭の中に浮かんだのは、今現在クリフィード領へ向かっているルティアのこと。小隊の人選は、ヒュース騎士団長だったはず。その中に混ざっていたのか?それとも待ち伏せされたのか?
最悪の事態が頭を過る。
「殿下、予定であれば今日辺りにクリフィード領へ到着してます。流石の姫さんも急いでラステアへ行かなきゃいけない時に迷子になんてなりませんって」
「迷子……迷子であればいいんだけどね」
「混ざっている、と?」
「もしくは待ち伏せ?」
「でも、姫さんを殺す動機は?」
「動機、動機か……生かしておく価値が無くなった、とか?」
「……そもそも、連中にとって姫さんなんて取るに足らない存在でしょう?」
「そうだけど、現状そうもいってられないとか?」
父上は、ルティアをトラットにやるくらいなら、フィルタード侯爵の末娘を行かせてはどうか?といったらしい。それが侯爵の気に障ったとか……理由は色々考えられる。
しかし光の球が上がった位置がどこなのかハッキリしない。本当にルティアが放った救難信号なのか、それとももっと手前の位置で商人が襲われそうになり上げている救難信号なのか……現地に人でも送らない限りはわかりようもなかった。
「ロビン!そこにロイ殿下は……!?」
屋根の下、ちょうど小窓のある辺りからライルの従者であるアッシュが顔を覗かせる。ロビンは軽い歩調で、トンと小窓まで降り立った。
「どーしたよ?」
「ライル様が、その……救難信号が上がったって」
「は?あ、あーっっ!!アレか!あのブローチ!!」
「ブローチ?」
「そうっす。ライル殿下が出立前に、姫さんにブローチ渡してて、それに救難信号とか色々仕込んだって……」
「そうなんです!なんかあった時のためにって……!!」
ロビンの言葉にアッシュも同意する。つまり、あの救難信号はルティアが出している、で正解なのか……僕はもう一度、光の方向に視線を向けた。
クリフィード領の手前、その場所で何かが起こったのだ。僕は急いで屋根から降りると、ロビンに父上へ謁見できるように先に行ってもらう。
「アッシュ、ライルを呼んで。詳しい話を聞くから」
「はい」
アッシュは小さく頷くと、パッと姿を消した。
ルティア、ルティアーーーー
僕の小さなお姫様。どうか、どうか無事でいて。
いつもご覧いただきありがとうございます。
ルティアが襲われていた時、ロイ達はーーーみたいなお話です。
異世界転生転移/恋愛デイリー9位 総合デイリー77位ありがとうございます!




