第58話 会社を辞めた日、会社を作った日
日課としたホクダイ界のカラオケで100回ほど耐火の詠唱を頑張り、ついでに火球も30回ほど成功させた所で火球にも詠唱短縮が生えた。成功率7割くらいで生えそうな雰囲気だ。
―Skill―
火球 cost: 8 詠唱短縮
消火 cost: 10 詠唱短縮
火矢 cost: 15 詠唱短縮
耐火 cost: 18
……
最近、敵と戦うよりも詠唱している時間の方が長い気がするが、こうなってくると俄然やる気が湧いてくる。
更に一時間ほどカラオケを延長し50回ほど耐火したあたりで、周りの歌声が気になってきたので退出した。このペースなら、明日には火魔法中級までを詠唱短縮コンプリートできる。コンプリート……良い響きだ。
日もとっぷりと暮れている。
夕方からは急にカラオケ料金があがる上に周りのノイズも増えるため注意が必要だ。
明日は午後から間引きがあるので、午前中から挑戦しよう。チームメンバーにドヤ顔だ。
意気揚々とススキノの自宅に引き上げるも、帰ってきても食べる物も何もない事に気付き、ややへこむ。
家庭的なものが食べたくなるのはこんな日だ。
あまり歩かないススキノの南方面に足を向け、宛もなく彷徨う。
晩酌セット1900円と中々の強気プライスのホワイトボードを見つけたのはほどなくしてからだった。店構えは和食。暖簾の向こうに飛び石が続く。お高い店だという確信があった。
しかし、1900円。好奇心の方が勝った。
L字の落ち着きあるカウンター。ガラスの冷蔵ショーケースにはおばんざいが並ぶ。佳良だ。
晩酌セット内容に期待が高まる。
「お飲み物はどうします?」
「晩酌セットだとどれが飲めますか?」
「どれでも大丈夫ですよ」
人の好さそうな大将がどれでもと言うが、俺の眼球は日本酒欄をロックオンしていた。1000円くらいの日本酒もあるんですが……。
「楯野川をお願いします」
お酒と供に、おばんざいから少しずつ3種類が盛られてやってくる。
色々なものが少しずつ食べられるのは嬉しい。足りなければ追加を頼めばいいのだ。
里芋を煮たもの、菜の花と茄子の揚げ浸し、南瓜の煮っ転がし。どこか懐かしさを感じるラインナップだ。
「……佳良である」
こういうのは実家を出ると中々食べることがない。体と心に沁みる味だ。とはいえ家庭の味ではない。大将の腕がきらりと光る逸品だ。
更に追撃の焼き物が出てくる。お酒のライフは0だ。
「お代わりをお願いします」
なるほど、晩酌セットは一杯だけがセット内容だ。追加を頼めばセットから逸脱してしまう。
しかし、この内容で一杯で済ますのは俺には無理だ。無理だった。晴れがましく無理だった。
ちらりとメニューに目をやると、レギュラー陣にカレイの煮付けもある。……煮魚は佳い。
……結局、会計は余裕で5千円オーバーとなってしまったが、色々な区切りの日として気分よく過ごすことができたのだった。




