第九話 特産品を作ろう
「団長、アイスヴァルトさまがお呼びです」
「団長じゃない、今は町長代理だ」
「失礼しましたラルク町長代理」
銀狐の団長ラルクは町長代理としてリッジフォードに元々住んでいた住民と移住者の橋渡しに尽力していた。数は移住者の方が多いが、あくまで余所者、新参者が好き勝手したら面白いわけがない。何事も最初の印象が大事、幸い焼肉パーティーで一気に溝が埋まった部分はあるが、ここからが肝心だ。信頼を得ることが出来るように細心の注意を払う必要がある。
「今日は大事な会議があると言っていたな……」
ラルクはアッシュグレーの髪を軽く整え屋敷へと向かう。ちなみにラルクが町長ではなく代理なのは、領都の長は暫定領主であるクレイドールだからである。
「遅くなりました」
ラルクが会議室へ入ると、クレイドール、アイスヴァルト、ゼロ、フィン、セリオンとすでに参加メンバーが揃っていたので、慌てて席につく。
クレイドールの簡単な挨拶、アイスヴァルトからの業務連絡などが終わり、いよいよ会議は本題に入った。
「グレイリッジ領に特産品を作ろうと思う」
アイスヴァルトの言葉に全員ピンと来ていない。皆グレイリッジ領に来て日が浅いのだから仕方がないところもあるが、一番ピンと来ていないのがクレイドールなのは少々問題である。
「街づくりというのは単に人が増えれば良い、というわけではない。たとえば商人のことを考えればわかりやすいが、仕入れた商品をグレイリッジ領にやってきて売ることが出来れば悪くは無いが、今のグレイリッジ領には仕入れるべきものが何もない。となると商人は帰りは手ぶらで帰ることになる、もし、グレイリッジ領に特産品があれば、それを仕入れて他所で高く売って倍儲けることが出来るわけだ」
「ミスリル鉱石では駄目ですの?」
「駄目ではないが、鉱石として物々交換するよりも、加工して製品として売ることが出来れば価値は何倍、何十倍にも跳ね上がる。俺はこのグレイリッジ領を『鍛冶』の町にしたいと思っている」
グレイリッジ領はキングダム王国において陸の孤島だ、物流の要衝というわけでもなければ、近くに海や大きな川もなく交易の拠点となることも出来ない。土地痩せていて農産物に向かず、魔獣が多く危険であり、トナリノ王国と国境を接しているため、いざ戦争となれば最前線となる可能性もある。
一見見捨てられた土地に思われるが、アイスヴァルトの考えは違う。グレイリッジ家の異常なまでの強さを考えるに、あえてこの地に置いていると考えるのが自然だ。
「それは良いな、ミスリル製の武器はなかなか手に入らない」
剣聖セリオンはアイスヴァルトの意見に賛意を示す。
「そうだな、売るかどうかは別にしてお嬢さまのブラックミスリルも活用できる」
ゼロも良い考えだと賛成する。鉱石だけあっても宝の持ち腐れ、加工できる鍛冶職人が居れば凄いことになるだろう。味方の武装に活用すれば戦力は飛躍的に強化されるはずだ。
フィンやクレイドールは特に意見は出さないが反対する様子はない。
それを確認してからアイスヴァルトは話を続ける。
「鍛冶の町にするにはドワーフ族の力が必要だ、そして、ドワーフ族は鍛冶だけでなく建設が得意な種族でもある。これから街づくりを進めるグレイリッジ領にとってはなんとしても招きたい存在なんだ」
そこまで聞いて、皆、なるほどと納得する。むしろそれしかないような気すらしてくる。
「さすがアイスヴァルトさまですね、ドワーフ族は治水や土木工事も得意ですから、上下水道の整備などのインフラ整備も同時に行えます」
「その通りだ、さすがだなラルク町長代理」
アイスヴァルトは常に何十年先まで見通しながら動いている。帝国の宰相という立場で大陸全体を見渡してきた彼だからこそキングダム王国で生まれ育った者には見えないものが見えている。ラルクもまた、トナリノ王国の大領主の下で騎士団長をしていた経験がある。
「ですが……肝心のドワーフ族はどうやって招くのですか?」
ラルクの疑問はもっともである。ドワーフ族は有能だが気難しい。なかなか人族の町には来てくれない。だからこそ優秀な鍛冶職人はどの国においても貴重なのだ。
「山に行ってきますわ」
「山だな」
「ああ、山だ」
「山ですね」
クレイドール、アイスヴァルト、ゼロ、フィンの四人が異口同音に同じこと言う。
「セリオン殿、何を言っているのかわかりますか?」
「さあな? 近くの山にドワーフ族が住んでいるんじゃないのか?」
「なるほど!!」
よくわからないが納得してしまうラルクであった。
「待て、なぜ用心棒の私を連れて行かない?」
クレイドールと二人で出発しようとするゼロを引き留めるセリオン。
「……私とお嬢さまがピンチに陥るような事態になんてならないし、仮になったとしてその状況でセリオンに出来ることなんてないだろ」
「不本意だが……そうだな。だが、逃げる時の時間稼ぎくらいは出来るぞ?」
「いや、今は領地の守りが脆弱すぎる。私たちが留守の間、しっかり守ってくれたほうが助かる」
「そういうことなら心得た、無理はするなよ?」
「は、誰に言っている?」
「それもそうだな」
大陸最強の暗殺者と化け物じみた令嬢のコンビ、むしろ相手に同情してしまうセリオンであった。
「ところでお嬢さま、ドワーフ族のあてはあるのか?」
「ないですわ、ですが……ドワーフ族は山に住んでいると本で読んだことがあります」
「……相変わらずめっちゃ雑だな」
仕事柄結構色んな場所へ行ったことがあるゼロだが、ドワーフ族が住む山というのは噂でしか聞いたことがない。どこの山にもいるわけではないのだ。
「お父さまが山には何でも揃っていると仰っていました。ならばドワーフ族の里もあるはずですわ」
「お嬢さまが言うのならそうかもしれねえな」
二人はいつもとは違う方向へ進む。より頂上に近く岩肌が剥き出しになっている危険なエリアだ。
「もし、少々道を尋ねたいのですが」
「……なんだ?」
「ドワーフ族の里はどこでしょうか?」
「……ここだ」
背が低く筋骨隆々の男は不機嫌そうに答える。
「見つけましたわ!!」
「……あっさり見つかったな」
喜ぶクレイドールと苦笑いするゼロであった。




