第八話 山賊襲来
「ところでセリオン」
「なんだクレイドール嬢?」
「貴方の後ろで震えているおっきなワンちゃん触っても良いですか?」
ガクガクブルブル セリオンの背後に隠れるように身体を小さく丸めているラージオオカミのヴォルツ。本人は隠れているつもりだが、全身丸見えである。
(ヴォルツがここまで怯えるとはな……)
ラージオオカミは強者に対して従順である。それだけクレイドールが強いということだろうとセリオンは納得する。
「ワンちゃんではなく、オオカミなんだが……構わないかヴォルツ?」
『キュウウン、わふわふ!!』
お腹を出して降参のポーズをするヴォルツ。
「わあ!! もっふもふですわ、もっふもふ!!」
クレイドールは、ヴォルツのお腹の上にダイブして全身でモフモフの毛を堪能する。
「……わ、私もモフモフさせてくれ」
羨ましそうに眺めていたゼロだったが、我慢出来ずに後に続くのであった。
「団長、逃げ出した連中にもうすぐ追いつきそうです」
馬車の轍がまだ新しい、戻ってきた斥候が戻ってくる。
「そうか、山を越えたらキングダム王国だったな?」
「へい、辺境の小さな町があるらしいです」
「よし、その町も飲み込むぞ!!」
「おおおお!!!」
山賊団『銀狐』 元々はとある貴族家の騎士団であった。
政争に巻き込まれた領主が失脚し、領地は没収され行き場を失った人々を騎士団が吸収する形で現在の形となった。主に悪徳領主を狙っており、殺しは最低限、その過程で団員は増え続け現在はおよそ三百人を超えるまでに膨れ上がった。
だが――――勢力が拡大した結果、団員を食べさせなければならなくなり、近場にめぼしい悪徳領主も居なくなってしまい、近頃では義勇団から山賊に近い集団に成り下がっていた。
(さすがに暴れすぎた。中央が討伐軍を編成しているという噂も聞く……この機会にキングダム王国へ拠点を移すか)
団長のラルクは理想と現実のはざまで苦渋の表情を浮かべる。行き当たりばったりで我武者羅に進んできたが、ここから先は修羅の道だ。勢力を拡大し続けることなど出来ないし、仮に出来たとしても自分が王の器でないことはわかっている。
(だが――――自分を信じて付いてきた人々を守らなければならない、そのためなら、俺は修羅にでもなる)
ラルクは決死の覚悟を決めるのであった。
「団長、この先に誰かいます」
「キングダム王国軍か?」
「いえ、巨大なオオカミに乗った剣士と令嬢、それにメイドです」
「なに?」
まったく絵面が思い浮かばない。
「俺が出よう」
ラルクは馬から降りて前に出る。
「俺は『銀狐』の団長ラルクだ」
「ごきげんよう、私はグレイリッジ男爵家令嬢クレイドールですわ」
優雅な挨拶に毒気を抜かれるラルク。
「そのご令嬢がこんな山の中で何を?」
「山賊を探しに来たのですが……もしかして山賊さんですか?」
「いや、俺たちは断じて山賊なんかじゃない」
反射的に否定してしまうラルク。これからやろうとしているのは、まさに山賊行為そのものなのだが。
「あら、残念ですわ。あ……もし良かったら、我が領地では現在移住者を募集しておりますの。税金無し、住居付き、仕事も用意しますわ」
「……お嬢さま」
「なんですのアイスヴァルト?」
大きなため息をつくアイスヴァルト。
「たしかに移住者を増やそうと言ったが、一日で四百人は多すぎるだろ……」
村人百人を受け入れた数時間後に三百人の集団を連れて帰ってきたクレイドール。
「っていうか、なんでセリオンまでいるんだ?」
「クレイドール嬢に雇われたんだ」
「そうか……よろしくな」
親友との再会を喜んでいる暇はない。さすがにこれだけの人員を受け入れるとなると足りないものが多すぎる。
「とりあえず食料の確保が最優先だな」
幸い今は初夏、屋外で寝ても大丈夫だし、森や山には食料となるものも多い。同時に開墾も進めていくが、すぐに収穫できるわけではないから、当面は近隣の町から買い付ける必要がありそうだ。
「それなら獲物が沢山獲れたから、しばらくは持つんじゃないかしら? ゼロ、出してくださる?」
「了解、お嬢さま」
ゼロがアイテムボックスから次々に巨大な魔獣を取り出してゆく。
「たしかにこれだけあればしばらく持つか……あとは王都から商人が早く来てくれると良いんだが」
過去の取引では大量の食糧を購入していた。今回も間違いなく持ってくるだろう。
「クレイドールさま、解体は我々にお任せください」
「ありがとうラルク、今夜は歓迎焼肉パーティですわね」
その晩、領都リッジフォードでは盛大に焼肉パーティーが開催され、人々は大いに楽しんだ。いきなり人口が倍以上に増えて困惑していた領民たちも、滅多に食べられない魔獣の肉を振舞われては文句もない。
「こんなに賑やかなの初めてですわ……」
「これからずっと見せてやる。まだまだこんなもんじゃ終わらせないからな」
良い感じのことを言ったアイスヴァルトだったが――――
ぴと、クレイドールにくっ付かれて固まる。
「ふわあ……眠くなってしまったのでお屋敷まで運んでくださる?」
「あ、ああ、任せておけ」
アイスヴァルトはお姫様抱っこでクレイドールを抱き上げる。
「なんだ……もう寝てしまったのか」
アイスヴァルトの腕の中で静かに寝息を立てるクレイドール。無防備な寝顔が心臓に悪い。
「ま、まったく……仕方がないお嬢さまだな!!」
良い香りがするし、柔らかいし、アイスヴァルトは平常心ではいられない。だが何よりも――――
「お、重い……!!」
見た目は細いのにめちゃくちゃ重い。まるで銅像を抱えているような感じだ。一応鍛えているので決して非力ではないのだが、二十メートルほど運んでギブアップした。
「すまないなヴォルツ」
『ヴァウ!!』
結局、クレイドールはラージオオカミの背に乗せて運ばれてゆく。
「……もっと鍛えるか」
アイスヴァルトはひとり決意するのであった。




