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没落寸前の崖っぷち令嬢、山で野生の執事を拾ったら全てが上手く行きはじめました  作者: ひだまりのねこ


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第七話 剣聖セリオン


(嘘だろ……お嬢さま、ビンタでワイルドボアを吹っ飛ばしたぞ……)


 ゼロは大陸最強の暗殺者であるが、同じことが出来るかと言われたら無理と即答する。暗殺者といえども人間なのだ。いや、お嬢さまも人間なのだが――――人間……だよな? ゼロの目をもってしても追うのがやっとだった。おそらく防御は不可能、まともに喰らったら間違いなく死ぬ自信があるから避けるしかないが――――果たして可能だろうか? ゼロは自問自答するが答えは出ない。そもそも本気の一撃にすら見えなかった。ただうるさい蠅が飛んできたので払った――――とでもいうように。


(薄々気付いていたけど……本当に何者なんだよ……)


 一つだけ確かなことは、万一お嬢さまを暗殺して欲しいという依頼があったら死んでもお断りだということ。


(それにしても――――本当に住人を拾っちまったな)


 ゼロは、ゾロゾロと後ろに続く村人たちを見て呆れる。全部で百人ほど、まだまだ足りないが、一気に来られても受け入れられない。第一弾としては丁度良い人数だろう。


 そして――――


「ふふふ、商人まで拾うなんて、アイスヴァルトのこと笑ってしまいましたが、後で謝りませんと」

「良かったな、お嬢さま」

 

 ゼロとしても嬉しい収穫だ。今のリッジフォードには驚くほど何も無い、大衆食堂、小さな個人商店と薬屋くらいで宿屋すら存在しないのだ。商人が住み着いてくれれば色んなものを取り寄せることが出来るようになる。




「ふふふ、ほら見てみろ、やっぱり山に商人いただろう?」


 クレイドール、ゼロ、フィンから謝罪されてアイスヴァルトは上機嫌である。


「村人と商人はアイスヴァルトに任せても良いかしら?」

「ああ、当面の食糧は連れてきた商人から買い取るから問題ない、彼らには落ち着くまでは家の補修と建設を仕事としてやってもらうつもりだ」


 自分たちの住む家を給料をもらいながら補修したり建設したり出来るのだ。やる気が違うだろう。


「さすがですわね」

「まだ何もしていない、お嬢さまはどうするんだ?」


「山賊団がやってきますので、腕の立つ用心棒を探してまいりますわ」

「さ、山賊団っ!? 本当なのか、一大事じゃないか!!」


(なるほど、そんな都合のいい話は無いと思っていたが、村人たちは山賊から逃げてきたのか……)


 アイスヴァルトは舌打ちする。山賊に襲われれば開発どころか領地の一大事だ、すぐにでも領民総出で迎え撃つ準備を――――


「いえ、大丈夫ですわ」

「なぜそう言える?」

「え? ゼロが大丈夫ですよって」


(まったく……大物なのか何も考えていないだけなのか……まあ……両方なのだろうが……)



「ゼロ、お前に任せて良いか?」

「ああ、問題ない」


 ゼロのことはまだよくわからないが――――素手で魔獣を狩ってくるあのお嬢さまが山賊ごときにやられるイメージが浮かばない。


「では行ってまいります」


 クレイドールとゼロは再び山へ向かうのであった。




「なあお嬢さま、用心棒なんて拾わなくても、私たちだけで十分だろ?」


 相手が百人いようが負ける気がしないゼロ。


「何言ってるのですか、相手は危険で粗暴な山賊ですわよ? か弱い令嬢とメイド二人だけで一体何が出来るというのです?」


 えっと……一方的な虐殺? ゼロは内心ツッコミをいれる。


「お嬢さまは強いだろ?」

「私は全然強くないですわよ? 家族の中で一番弱かったですし」


(お嬢さまが一番弱いってなんの冗談だよっ!? グレイリッジ家怖ええ!!)


 家族はドラゴン討伐で死んだらしいが、普通の人間はそもそもドラゴンを討伐しようという発想すらないからな!!


「まあ……安心しろ、自分の身とお嬢さまくらい守ってやるから」

「まあ……頼もしいですわ!!」




(くそっ、無事でいてくれよアイスヴァルト……)


 巨大なオオカミに跨り山中を駆け抜けるのは、帝国最強の剣士の称号『剣聖』を持つセリオン。アイスヴァルトの幼馴染で親友だ。


 魔獣討伐から帰った時には、すでにアイスヴァルトが投獄され脱走した後だった。


(アイツがスキャンダル? ふざけるなあり得ないだろ!!)


 自分がいない間に嵌められたのだ。すでに暗殺者が放たれたという噂も耳にした。汚職と権力争いに血眼になる帝国にはもううんざりだ。 


「頼んだぞヴォルツ」

『ヴォン!!』


 ラージオオカミのヴォルツの嗅覚によってここまで追跡してきたセリオンだったが――――


「止まれ」


 セリオンはヴォルツに停止を命じる。


(こんな山中に令嬢とメイドだと?)

  

 山賊に馬車が襲われたのか、あるいは道に迷ったのかもしれないと、セリオンは二人に声をかける。


「こんな山中でどうしたのだ?」

「ごきげんよう、実は腕の立つ用心棒を探しておりまして」


 それはそうだろう、何とかしてやりたいが、今は先を急がなくてはならない。


「あ……剣聖セリオンだ」


 突然メイドに名前を呼ばれて驚くセリオン。


「あら、お知り合いですのゼロ?」


(ゼロ……だと!? まさか……アイスヴァルトの暗殺を受けたのってコイツか――――)


 一瞬で罠だと判断したセリオンは、一瞬で距離を詰め、ゼロに斬りかかる。一方のゼロも迎撃に出るが――――


「喧嘩は駄目ですわよ?」


((す、素手で――――私の剣を止めたっ!?))


 セロとセリオンは驚愕する。


(な、なんだこの力……押しても引いても――――ビクともしない)


「セリオン、無駄だよお嬢さまの力は人間じゃない」

「っ!? ゼロ、貴様、アイスヴァルトをどうした!!」

「あら、もしかしてアイスヴァルトのお友だちなのですか?」

「ああ、アイツは私の親友だ!! 居場所を知っているなら教えてくれ」


 


「そうか……アイスヴァルトはクレイドール嬢の家で執事をしているのだな」

「そうですわ」

「……それで……ゼロがメイドをしていると」

「悪いかよ?」

「いや、いきなり斬りかかってすまなかったな」

「別に気にしてねえ」


 実際セリオンの想像通りなのでゼロも苦笑いである。

 

「それで、なぜクレイドール嬢は用心棒を?」

「もうすぐ山賊団が町を襲いにやってくるのですが、我が領地にはか弱い一般市民しかおりませんの……」

「……え? か弱い?」

「……んん? どうかしましたかセリオン?」

「あ……いや、それはたしかに一大事だな、アイスヴァルトの奴は戦いはからきしだし」


「お嬢さま、コイツそこそこ腕が立つから雇えば良いんじゃね?」

「うーん……」


 自分より弱い男を用心棒にするのはちょっと……みたいな空気に耐えられなくなったセリオンは――――


「クレイドール嬢、こう見えても私はこれまで千人以上の山賊を倒してきた実績がある。是非ともやらせてくれないか!!」

「まあ!! 山賊を千人も!? それならお任せするわ」


 瞳を輝かせるクレイドールに、セリオンはようやく剣聖としての面目を取り戻す。


「ところでお嬢さまは山賊と戦ったことはあるのか?」

「ないですわ……山のように巨大な賊だと聞いたことがあります」


 想像して恐怖に震えるクレイドール。


「あ、あはは……大丈夫だお嬢さま、山賊は大体大きくない」

「そうなんですのセリオン?」

「え? あ、ああ、そうだな……もしかしたら大きいのもいるかもしれないが、私が倒した山賊は大きくても二メートルくらいだったな」


「それなら安心ですわね!!」


 こうして、剣聖セリオンが仲間に加わるのであった。


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― 新着の感想 ―
山そのものが賊だっていうなら、まあ山賊だよね。 これはこれで使いたい設定ですわ。
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