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没落寸前の崖っぷち令嬢、山で野生の執事を拾ったら全てが上手く行きはじめました  作者: ひだまりのねこ


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第六話 お嬢さま、金が無い


「お嬢さま、とにかく金が無い」


 食事の後、アイスヴァルトの第一声がこれである。神を模した氷像のように整った顔立ちで言うものだから切迫感がすごい。


「ミスリル鉱石で物々交換では駄目ですの?」


 ただの石ころかと思っていたらとても価値のあるものらしい、と聞いていたクレイドールは不思議そうに首を傾げる。


「いいですかお嬢さま、大きな買い物ならともかく、たとえば鉛筆を一本買おうと思った場合、ミスリル鉱石と物々交換では部屋いっぱいの鉛筆を買う羽目になってしまいます。特に生活用品などは単価が安いですし現金が無いと色々不便なのですよ」


 フィンは眼鏡をくいっ、と持ち上げて説明する。普段は部屋に籠っている彼が珍しく食卓を囲んでいるのは、必要なものがたくさんあって買ってもらいたいからだ。


「そういえば洗剤と石鹸が切れかけていたぞ?」


 ゼロも思い出したように追い打ちをかける。 


「それは少々困りましたわね……」


 調味料の在庫も心もとないし、人が増えれば消費量も増える。


「だからミスリル鉱石を換金するために信用できる商人が必要なんだが……心当たりはあるか?」

「ありますわ」

「どうせ……また山にいるんだろ?」


 アイスヴァルトの当然すぎるツッコミであったが――――


「まあ!! 商人が山なんかにいるはずがないではありませんか、アイスヴァルトったら面白いことをおっしゃるのですね、フフフ」

「そうだぞアイスヴァルト、お前実はアホだろ?」

「アイスヴァルトさま、私は計算にしか興味がありませんが、それでも商人が山にいないことくらい知ってますよ? ぷぷぷ」


「く……お前たちだけには言われたくない!!」


 顔を真っ赤にして怒るアイスヴァルトであった。

 

 


「なるほど、王都から商人が半年ごとにやってくるんだな?」

「ええ、そろそろやってくる頃合いかと思いますが――――」


 クレイドールによれば、前回はドラゴン討伐に出発する直前にやってきたので、いつ来てもおかしくないという。


「どう思うフィン?」

「そうですね……過去の取引を見る限りミスリル鉱石の交換レートも適正ですし、問題ないかと。ただ、毎回物々交換しているので、どれだけ現金を持っているのかは疑問ですね」


 大量の現金は重いし狙われやすいので商人は基本的に物々交換の方が喜ぶ。特にこんなまともな町も無い辺境の田舎ではなおさらだ。


「まあ……今回は可能な分だけ換金してもらって、後は物々交換するしかないだろう。やはり常設の御用商人が欲しい所だな……」


 グレイリッジ領には町が一つしかなく、男爵家と取引できるような規模の商店はない。


「お嬢さま、良かったら私が現金で黒い石買い取ってやるよ」

「本当ですの? ありがとうゼロ!!」


「待てゼロ、いくらで買い取るつもりだ?」

「手持の現金が5千万バニーある。無いと困るんだろ?」


 五千万バニーは大金だが、ブラックミスリルの本来の価値からすればはした金だ。しかし、そのことをクレイドールに説明するわけにはいかないし、すぐにでも現金が必要な状況では吞むしかない。


「むう……仕方ないか。だが、そんな大金どこにあるんだ?」

「じゃじゃーん、アイテムボックス~!!」


 アイテムボックスは、一見普通のカバンだが、空間魔法が付与されており、大量のモノを収納できる古代文明のアーティファクトだ。ゼロはアイテムボックスから大量の金貨、五千枚を取り出して並べる。


「わあ!! すごいですわ!! ゼロってお金持ちなのですね」

「ま、まあな、ずっと貯金してきて良かったぜ」

「ですが、さすがに申し訳ないですわ、せめて三つと交換してくださいませ」

「はふうっ!!」


 一個でさえ罪悪感を感じるほど儲けているのに、三個も!! それでなくとも毎月報酬として一個貰うことになっているのだ。ゼロは金に目が無いけれど、恩知らずではない。


「お嬢さま、なんでもするから遠慮なく言ってくれよな!!」


(アイテムボックスは帝国でも数人しか持っていないレアアイテムだぞ……一体何者なんだ?)


 アイスヴァルトは上機嫌なゼロを苦々しい表情で睨みつけるが、彼も給金としてブラックミスリルを貰っている手前何も言えない。少しでもグレイリッジ領を繁栄させることで罪悪感を軽減させるつもりではあるが。


「商人に常駐してもらうなら、もっと住人を増やして街の規模を大きくしたいところだが――――」


 現在、領都リッジフォードの人口は約三百人ほど。経済規模を考えると最低でも五百~千人は欲しいところだ。


「町を視察したら空き家が結構あった、補修すれば住居の問題はある程度クリア出来るが……」


 税金が無いとはいえ、何も無い辺境に好んでやってくる人などそうはいない。


「アイスヴァルト、住人が必要なら探してくるわ」

「お嬢さま……まさか?」


「山に行きましょうゼロ」

「ええっ!? 私もかよ!? まあ……良いけどな」


 令嬢とメイド、最強の主従が山に向かうのであった。



 

「みんな、この山を越えればキングダム王国だ、日が暮れる前に進もう!」


 トナリノ王国の南端、キングダム王国との国境に近い辺境の村に大規模な山賊がやってくると報せが届いたのは三日前、村人たちは話し合い、村を放棄することを決めた。より規模が大きい隣村が蹂躙され略奪の限りを尽くされたのだ、ろくな戦力のいない小さな村では対抗出来るはずがない。


 報せを届けてくれた商人の馬車に老人や子どもたちを乗せ、夜闇に乗じて村を出発し、山賊から逃げるようにキングダム王国との国境を越える。


 しかし、山道は険しく村人たちの疲労は限界を迎えていた。


 それでも――――歩みを止めれば待っているのは悲惨な結末だ。互いに励まし合い、必死に山道を進む。


『ブルルルル……』


「うわあ!! ワイルドボアだ!!」


 ワイルドボアは、雑食で肉も食べる魔獣だ。硬い毛皮と牙による突進は大型の馬車をひっくり返すほどの威力がある。肉は美味だが、狩るのはベテランハンターでないと難しい。 


『ブモオウウウウ!!!!』


 ワイルドボアの狙いは荷馬車、村人たちは必死に注意を逸らそうとするが――――


「きゃあああああ!!!!」


 ワイルドボアは加速してそのまま馬車に体当たり――――


 どかーん!!


「「「……へ!?」」」


 しかし吹っ飛んだのは体当たりしたはずのワイルドボアであった。


 

「ごきげんよう皆さま、税金無し、家付きの町があるのですが、移住しませんか?」


 そこにはにっこりと微笑む令嬢と苦笑いするメイドが立っていた。

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― 新着の感想 ―
いやもういろいろ凄い。 そしてそんな彼女達のこれからがすんごい気になりますね(ΦωΦ)フフフ…
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