第五話 アサシンメイド
(お屋敷が汚いですわ……)
使用人が居なくなって数か月、屋敷は着実に汚屋敷になっていた。クレイドール一人では自分の部屋すら掃除しきれないし、アイスヴァルトやフィンは掃除にまったく興味や関心がない。
窓枠にも埃が積もっているし、使っていない部屋は怖くて見ることすら出来ない。
そして――――そろそろ洗濯しないと服が足りなくなるし、これから本格的に暑くなって来れば臭いも気になってくる。
「……アイスヴァルト、山に行ってまいります」
「今度は誰を探しに行くんだ?」
もうすっかりクレイドールの行動に慣れたアイスヴァルトである。
「お掃除と洗濯の出来るメイドですわ」
「なるほど、たしかに必要だな」
アイスヴァルトは料理を作るのは好きだが、後片付けや洗い物は出来ればやりたくないと思っている。
「そういえば最近フィンの姿を見ないのですけれど?」
「ああ、アイツなら飯も食わずに倉庫に籠って過去の帳簿やら資料と向き合っているぞ。あまりにも杜撰で酷すぎるから一から作り直すって張り切ってる」
「まあ……とても働き者なのですね!! ですが、身体を壊してはいけませんから、しっかり食事は取るようにお願いしますわ」
「ああ、わかっている。それから――――戻ってきたら領地運営について話し合いたいことがある」
「わかりました、それでは行ってまいります」
「……間違いない、ターゲットの痕跡はここで途切れている」
見た目は可憐な少女、しかしその正体は――――大陸最強の暗殺者ゼロ。彼女はインペリアル帝国からの依頼で逃亡した元宰相アイスヴァルトの行方を追っていた。
「途中出血の跡があった……負傷してここで死んだのか?」
ゼロは慎重に周囲を確認する。
「……わずかに重いものを引きずった跡がある……魔獣や獣に喰われた可能性が高いが……遺体がなければ残りの報酬が支払われない」
ゼロは悔しそうに表情を歪める。大半は前金で受け取っているので損はないのだが――――
「あら、貴女掃除とか洗濯出来るかしら?」
びくうっ!!? ゼロは反射的に身構えてしまった。
(この令嬢……私に気配を察知されずにこの距離まで接近したのか!?)
あり得ない……だが、事実である。
ただ者ではない、ゼロは警戒レベルを最大まで引き上げる。だが――――掃除、洗濯は、暗殺の隠語である。自分のことを暗殺者と知って接触してきたのであれば依頼者の可能性が高い。
「……ああ、掃除、洗濯は得意だ。大陸一と言ってもいい」
「まあ……それは良かったですわ、貴女を雇いたいのですがお願い出来るかしら?」
一瞬迷うが、ここまで来て帝国まで戻るのは面倒だ。この仕事が終わったら拠点を変えるつもりだったし、依頼を受けるついでに休暇を取るのも悪くないだろう。
「お前はついてるな、ちょうど今、前の仕事が終わって手が空いたところだ」
「そうなのですね、長期の住み込みは可能かしら?」
(長期の依頼か……よほどの大物がターゲットなんだろう)
「構わないが……私は高いぞ?」
「あら、これで足りると良いのですが……」
(なんだ? 黒い……石? うおっ!? コレ……ブラックミスリルじゃねえか……!!)
これ一つでゼロの依頼料どころか専属暗殺者になっても良いレベルの報酬だ。やはりただ者ではなかった。
「えっと……毎月これを一つ差し上げますわ」
「一生お仕えします、お嬢さま」
ゼロは胸に手を当て、深々と頭を垂れる。暗殺者はプライドよりも金である。
「私はクレイドール、よろしくね、えっと?」
「私はゼロだ」
「そう、よろしくお願いしますわ、ゼロ」
「ゼロ、ちょっと夕食のおかずを獲ってくるからここで待っていて」
「夕食の……おかず?」
クレイドールがすごいスピードで茂みに飛び込むと――――
ドガアアン 凄まじい打撃音がして――――クレイドールが大きな獲物を引きずりながら戻ってくる。
「ふふ、脂が乗っていて美味しそうですわ」
(マジかよ……これ獣じゃなくて魔獣だぞ……しかもギガントホーンってBランク魔獣なんだが……)
「お嬢さま……それどうやって倒したんだ?」
「え? こうやって――――どーん、って殴りましたわ」
「へ、へえ……なるほど」
(やべえ……このお嬢さまマジでヤバい。怒らせない方が良いな……)
「ゼロにはこれを着て働いてもらいます」
(メイド服か……潜伏するには最適だな)
ゼロに依頼するようなターゲットは、王族や大貴族、あるいは豪商だ。接近するにはメイドに扮するのがシンプルながら王道である。
「わかった。それで――――私は何を『掃除』すれば良いんだ?」
「それより、先に着替えてみて!! サイズとか大丈夫かしら?』
「んん? ああ、それもそうだな――――どうだ? サイズは問題なさそう――――」
「きゃあああああ!!!! かわいいっ!! ゼロ、とってもかわいいですわああ!!!」
「なっ!?」
死神も逃げ出す暗殺者を捕まえてかわいいなどと言い出す依頼人は初めてだ。
(な、なんか調子狂うな……このお嬢さま)
「あ、それでね、申し訳ないのだけれどお掃除何か所もお願いしたいのよ」
「問題ない」
(ターゲットが複数というのは珍しいことではないからな)
「ありがとうゼロ、それじゃあ早速で申し訳ないのだけれど――――大広間のお掃除からお願いしても良いかしら?」
「任せておけ」
(単に潜入するだけでなく、完璧にメイドとして役割を果たしてこそ超一流、能力を確認するつもりだろうが、完璧なメイドスキルを見せてやる)
「終わったぞお嬢さま」
「まあ!! もう終わったの? きゃああ!! すごい!! ピカピカじゃない!! ゼロはお掃除の天才ですわね!!」
「ふふ、それほどでもないが」
「じゃあ、お風呂掃除――――」
「任せろ」
「お洗濯――――」
「終わったぞ!!」
(――――ふう、私としたことが褒められるのが嬉しくて少々張り切ってしまったか……)
これだけやれば能力の確認は十分だろう。
「それじゃあ明日からもお掃除と洗濯よろしくね」
(……時期がくるまで待機、ということか。まあ……ブラックミスリルをもらえるのなら何でもやるが)
「お嬢さま、夕食の準備が出来たぞ」
執事が部屋に入ってくる。
(どう見てもただの執事じゃないだろ……まあ……あのお嬢さまの執事なら納得だが……それにしてもこの男どこかで――――)
「ありがとうアイスヴァルト。あ……紹介するわね、新しくメイドとして働いてもらうゼロですわ」
「おお、その子が山で拾ってきたメイドか、今夜はお嬢さまが獲ってきたギガントホーンのシチューだ、美味いぞ」
(あ……アイスヴァルト生きてたのか……でもまあ……もうどうでもいいな、シチューとブラックミスリルの方が大事だし)
こうして屋敷にまた新たな住人が増えるのであった。




