第四話 ミスリル鉱石と新たな人材
「ちょ、ちょっと待て!! ミスリル鉱石を生成していたのか?」
ミスリルは戦略物資だ。その保有量次第で戦争の勝敗すら左右する。これまでミスリルを入手する方法は、ミスリル鉱脈を見つけるか、ミスリルゴーレムなどの魔物を倒すしかないと言われていた。
もし本当にミスリルを生成出来るとしたら――――下手すると大陸の地図が変わるほどのインパクトがある。宰相時代、キングダム王国のミスリル保有量が異常だと報告を受けて調査を命じたことがあったが――――まさかこんなところで秘密を知ることになろうとは。
「ええ、私の家族は全員生成出来ますわよ」
「そ、そうか……」
だが――――その家族は全員死んでしまった。
「うーん、となると新たな金策を考えねば税金すら払えない……って待て、家族は全員って、まさかお嬢さまも生成出来るのか?」
「私は……出来損ないのですわ、家族で唯一皆と同じものを生成することが出来なくて……」
なんでも出来てしまうアイスヴァルトにはその気持ちはわからないが、常に兄と比べられ泣いていた妹の顔を思い出してしまう。もっと可愛がってやればよかったと思うが、もう二度と会うことは出来ないだろう。
「気にする必要はない、皆違うからこそ存在意義がある。俺の目から見て、お嬢さまは――――その、魅力的……だと思うぞ」
「まあ!! 嬉しいですわアイスヴァルト」
抱きつかれて固まる執事。
「お、おお、お嬢さま、その生成ってどんな感じでやるんだ?」
このまま抱き着かれたままでは死んでしまう。慌てて話題を逸らす。
「出すの自体は簡単ですのよ、こうして大地に手を置いて――――生成!!」
周囲の地面が少しだけ振動し、手を置いた部分が隆起する。
「という具合ですわ。見てくださいコレ、真っ黒でみすぼらしくておまけに小さいんです」
「な……なな、なんだと……!?」
アイスヴァルトはあまりの驚きと衝撃で震えが止まらない。間違いない、これはミスリル鉱石ではない――――ブラックミスリルだ。
名前こそミスリルと呼ばれているが、成分は全く異なる。極めて希少で神の金属と言われ、その価値はミスリルの数十倍から場合によっては数百倍の値がつくこともある。ブラックミスリルから作り上げた武具はすべて特殊な効果が期待出来るのだ。もっとも、加工できる鍛冶師は片手の指で数えるほどしかいないのだが。
「えっと……このことを知っているのは?」
「家族だけですわ」
良かった、と安堵するアイスヴァルト。万一知られたら絶対に誘拐される。
「これは――――簡単には売れないな……」
「そうですわよね……せめてキラキラしていたら良かったですのに」
そうではなく、普通の販売ルートは使えないという意味なのだが。
「生成するとお腹が空くんです。これじゃあお肉どころかパンも買えませんわね」
いや、お肉どころかお屋敷と馬付きの馬車を買ってもおつりが来るが。
しょんぼりしているクレイドールを慰めてやりたいが、本当のことを教えるのは危険すぎる。
「見た目はともかく、ミスリル鉱石と同じくらいの価値はあるはずだ、正直助かる」
「本当ですの!! 良かった……この黒い石ならたくさんありますのよ」
「……え?」
「こちらの倉庫に山ほどあるので好きなだけ使ってくださいませ」
どーん!!! 文字通り山ほど積んである黒い山にアイスヴァルトは頭を抱える。
(落ち着け、とりあえず現実逃避しよう)
「ところでお嬢さま、ミスリル鉱石はもう無いのですか?」
「隣の倉庫に山ほどありますわ」
(……先に言ってくれ)
心の中でツッコみを入れるアイスヴァルトであった。
「え? 計算と読み書きが出来る人材ですか?」
「ああ、収入管理、予算編成、資源配分、領地経営の基盤を支える人材だ」
「それならアイスヴァルトがいるではないですか?」
「それはそうなんだが、俺の手足となって動いてくれる人間が必要だ。料理も作らなければならないからな」
ミスリル鉱石があるとなれば再び使用人を雇うことが出来る。屋敷のことはともかく、領地経営をするとなればアイスヴァルト一人ではとても手が回らない。
料理人やメイドも欲しいところだが、それは当面自分たちで何とか出来る。アイスヴァルトはあくまで優秀な司令塔であって、日々の実務を担う人材の獲得が最優先である。
「わかりましたわ、アイスヴァルトの料理が食べられないのは大問題ですわね」
クレイドールはすくっと立ち上がり、グッっと拳を天へ突き上げるのであった。
「お嬢さま……どこへ行くつもりだ?」
大きな網、縄、麻袋……見覚えのある装備にアイスヴァルトは思わず待ったをかける。
「山ですわ」
「一応聞くが……山菜やキノコを採りに行くんだよな?」
「いえ、計算と読み書きが出来る人材を拾いにですが?」
「や、山には居ないと思うがなあ……」
「執事は居ましたわ」
それを言われてしまうと困るのだが。
(まあ……今後のために現実を知ってもらった方が良いかもな)
なぜか山にこだわりがあるようだが、毎回山に行かれても困る。
「大丈夫だとは思うが気を付けて、ついでに獣でも果物でも狩って来てくれ」
手ぶらでは気まずいだろうから、あくまでついでとお願いしておく。安全に関しては、ベテランハンターでも手こずる角ウサギを素手で簡単に狩れるクレイドールだ、今更心配していない。
「夕食までには戻りますわ」
「はあ……ここは一体どこなんだろう」
フィン・バルドレイクは一人山の中を彷徨っていた。
トナリノ王国の首席会計官だった彼は、その類まれな能力で巧妙に隠された汚職を発見、結果として左遷され地方へ向かうも道に迷い山中へ。
そう――――彼は生粋の方向音痴だった。
「はあ……もう駄目だ……す、数字を!! 計算しないと死んでしまう!!」
三度の飯より計算が好きな彼は、禁断症状で瀕死の重傷を負っていた。
「ああ……なんてことだ、令嬢の幻覚が見えるぞ……こんな山の中に居るはずがないのに」
「貴方、計算と読み書きが出来る人材かしら?」
「幻覚が喋った!?」
「幻覚じゃありませんわ。それで、計算と読み書きは出来るのかしら?」
「け、計算だって!! もちろんだとも!! 計算させてくれるのなら読み書きだってなんだってやるよ」
「――――というわけでフィンを山で拾ってきましたわ」
「……本当に居たのかよ」
苦笑いするアイスヴァルト。
(だが――――使えるかどうかは別問題、でもまあ、せっかくお嬢さまが拾ってきた人材だ、駄目でもしっかり教育すれば――――)
「終わりました!! 次は何をすれば?」
「あ、ああ……それならこっちの帳簿を――――」
(な、何者なんだコイツ……計算だけなら俺より速い。使えるどころか国宝級の人材だぞ……)
「アイスヴァルト、お夕食はまだですか?」
「あ、すまん、すぐに用意する!!」
今夜はクレイドールが狩ってきたワイルドボアを仕込んでいる、そろそろ食べ頃だろう。こんなデカブツ、どうやって運んだのか、それ以前にどうやって倒したのか、色々気になることはあるが、もはや細かいことを考えるのをやめるアイスヴァルトであった。




