第三十五話 笑顔の絶えない街
「……すまない、もう一度言ってくれ」
キングダム王国国王アンリは、思わず部下の報告を聞き返した。
「はっ、インペリアル帝国の皇帝ガビエルは捕らえられそのまま退位、代わりにアルテリード皇女がグレイリッジ領帝国自治区の皇帝となりました」
「……なんだって?」
「……グレイリッジ領帝国自治区です陛下」
聞き間違いでないことを確認して遠くを見つめるアンリ。
「……ちなみにトナリノ王国はどうなったのだ?」
「はっ、グレイリッジ領トナリノ王国自治区となりました。ちなみに聖女ミレイユが女王となるようです。ただ、アルテリード皇女も聖女ミレイユも名前だけのようで、そのままリッジフォードの街に住むようですが……」
「いや、おかしいだろ!! なんでも自治区にすれば良いとか思ってない?」
「帝都と王都は、それぞれ旧帝都、旧王都となり、リッジフォードが新しい首都になるとのことですね……特に反発などは起きていないようです」
頭を抱えていた国王だったが、やがて諦めの境地に到達し、すくっと立ち上がる。
「うむ、前向きに考えよう、実質はともかく、表向きはグレイリッジ領は王国領、つまり……トナリノ王国と帝国領が我が王国の版図に組み込まれたわけだな」
グレイリッジ家の力は脅威そのもの、その気になればいつでも世界を蹂躙し、支配することも出来るだろう。しかし、その力が世界支配へ向かうことはないとアンリは良く知っている。
「こうなったら……アルフォンスには頑張ってもらわないとな」
アルフォンスがクレイドールの夫となればキングダム王国にとっては最善のシナリオとなる。もっとも……まだ先のことだ、どうなるのか誰にもわからない。王家から働きかけることは出来ないので、アンリに出来ることは応援することだけである。
「うーん……困ったな」
「困りましたね」
その頃、グレイリッジ領では臨時の会議が続いていた。クレイドールの役職についての呼称問題である。
「皇帝がいる以上、それ以上でないと格好がつきません」
「うーむ、大帝というのはどうだ?」
「それは可愛くないから、とすでにクレイドールさまに却下された」
威厳と可愛さを両立させるのは至難の業である。
「だったら……帝帝というのはどうかしら? ていてい、なんとなく可愛い響きじゃない?」
「おお!! ていていクレイドール……なんとなくカッコいいじゃないか!!」
「ああ、親しみやすくて良い感じだ」
こうして――――グレイリッジ領主ていていクレイドールが誕生した。
「しかし不思議ですねえ……地下にいるとは信じられませんよ」
リッジフォード代表ルークは新たに解放された地下エリアを見渡して歓声を上げる。
地下エリアは、以前クレイドールが発見した地下ダンジョンのオリハルコンが扉となっており、その先で発見された古代都市だ。街には現在では失われた技術が数多く使われており、都市全体の灯りが自動で昼と夜に切り替わる原理もまったくわかっていない。ドワーフ族やエルフ族が中心となって調査を進めており、安全が確認されれば近い将来街の目玉として公開される予定である。
「クレイドールさま、どうした元気ない?」
シルフィが心配そうに声をかける。すべては順調そのもので、街は日々すごい勢いで発展を続けている。クレイドールも毎日が充実していて楽しそうにしているのだが――――それでもずっと一緒にいるシルフィにはわかってしまう。
「……みんなに会いたいのですわ」
もうすぐ家族がいなくなってから一年が経つ。あれから仲間が増え、街は大きくなって自分自身も成長している。背も少し伸びたし魔法も使えるようになった。
それでも時々思い出してしまう瞬間がある、街を歩く家族を見るたびに、似た後ろ姿を見つけるたびに、懐かしい夢をみるたびに――――その想いは決して消えることはないのだろう。
「どうした、らしくないじゃないかお嬢さま?」
「アイスヴァルト……」
執事は主の頭をポンポンと優しく撫でる。
「そうだぜお嬢さま」
あまり家事をしないメイドがニヤリと笑う。
「探し物があるなら――――どうすべきか、クレイドール嬢はわかっているはずだ」
一度も護衛する機会がない用心棒もやってくる。
「ゼロ……セリオン……そう、でしたわね!!」
クレイドールの表情がぱっと明るくなる。
「シルフィ、ゼロ、セリオン、出発しますわよ」
「はい」「おう)「わかった」
どこへとは聞かない、そんなことは皆知っている。
「美味い夕食用意するから、あまり遅くなるなよ?」
「ええ、いつもより多めにお願い」
「あいよ、お嬢さま」
「さて、探しますわよ!!」
山にやって来たは良いのだが、どうやって探したらいいのか見当もつかない。
「ふふ、こういう朽ちた倒木の下とかにいそうですわね」
「いや……昆虫じゃないんだから」
倒木を持ち上げるクレイドールにさすがのゼロも思わずツッコみを入れる。
「ああ!! これは……お兄さまの被っていた帽子ですわ!!」
「えええ……マジかよ!?」
どうやらクレイドールの家族は昆虫だった――――わけではなく、
「どうやら……この謎の穴に落ちたみたいですわね……」
そこには――――いかにも怪しい暗黒渦巻く穴がぽっかりと口を開けているのだった。
「これは……異空間へ繋がっているみたいね」
アルテリードが慎重に穴を調べて結論を出す。
「異空間? 別の世界に繋がっているということですの?」
「おそらくね、入ることは出来そうだけど……戻っては来れそうもないわね」
この穴は一方通行、
「きっと私の家族がこの中にいるんですわ!!」
「たしかにその可能性は高いけど……どうやって探すつもり?」
クレイドールならば向こうの世界から出口を作ることは出来るかもしれないが、正確な座標がわからなくては異なる世界間のトンネルを繋ぐことは出来ない。
「探す必要はないですわ――――収納!!」
「……え?」
異空間へ繋がる穴を収納してしまうクレイドール。
そして――――
「リリース!!!」
まばゆい光と共に――――六つの人影が。
「う……ここは?」
「お父さま!!」
「クレイドール!!」
飛びついてきたクレイドールを受け止めたのは、父である勇者トウヤ。
「あれが勇者……お嬢さまの突撃をいとも簡単に受け止めやがった……化け物め」
「ハハハッ、大きくなったな!! 元気だったか?」
「はいですわ!!」
「クレイドール――――」
「お母さま……」
「この一年でどれだけ成長したか――――見せてもらうよ!!」
ドガアアアアアアアアン、バキイイイイイイイイン、凄まじい轟音とともに最強の肉体がぶつかり合う。
「おっと、結界から出ないように、巻き添えで死ぬからね」
ゼロたちを守ったのは、クレイドールの兄、クレイガルド。
「申し訳ございません、クラリスさまはああなると誰も止められませんので」
頭を下げるのはグレイリッジ家執事セバスティアン、セリオンから見ても凄まじく強いはずなのだが、この家族の中にいると普通の人間に見えてしまうから不思議である。
「あら、可愛らしいエルフのお嬢さんね!!」
「あ、あう……」
シルフィを抱きしめるのは、クレイドールによく似た赤銅色の瞳の美女。
「クレイドールさまの……お姉さん?」
「あらまあっ!! なんて可愛いの!! お姉さんだなんて……うふふ、私はクレイドールの祖母のクレイマリーよ、アレがお祖父さん」
「アレってなんだよ、紹介が雑過ぎるだろっ!? 俺はシルベスター、クレイドールの祖父だ」
「し、シルベスター……!? まさか……伝説の『剣帝』?」
セリオンは思わず震える。剣帝シルベスターといえば大陸最強の名を欲しいままにした伝説の剣豪、五十年ほど前に姿を消したため、死んだものと思われていたが――――
「い、いや待て……クレイマリーって……まさかあの伝説の殺し屋『殺神姫』クレイマリーじゃねえのか!?」
「あら? 懐かしい二つ名ね、まさか私のことを知っている子がまだいたなんて」
家族全員間違いなく化け物だった。
「そっか、クレイドールはていていになったんだな」
「えへへ~ですの」
絶対に意味がわかっていないはずだが、誰もツッコまないのでゼロたちも特に口出しはしない。
「リッジフォードも大きくなりましたわよ」
「へえ、それは楽しみだな」
さすがのグレイリッジファミリーでも、驚くと思う。
「家族もたくさん増えたんですの、ペットも紹介しますわね」
クレイドールの笑顔が弾ける。
それにつられて家族も皆笑顔になる。
ゼロたちも初めて見るクレイドールの心からの笑顔に、泣きそうになりながらやっぱり笑う。
キングダム王国の西のはずれの辺境には――――笑顔の絶えない都があるらしい。
そんな噂に心惹かれて今日もまた旅人が足を踏み入れるのだ。
「ようこそリッジフォードへ!!」
そして――――そこには世界で一番笑顔が可愛らしい領主さまがいるらしい。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
物語はここで幕を閉じますが、クレイドールと仲間たちの旅はまだまだこれから始まるところです。また別の機会に再び会えることを願っています。
ひだまりのねこ




