第三十三話 決戦前夜
「うわあ……エルフやドワーフが普通に歩いてるとか、この街どうなってんだ……」
無事魔境を抜けリッジフォードへ到着した白竜騎士団たちとソラスは物珍しそうに周囲を見渡す。
「やめろ、まるで上京したての田舎者みたいだぞ」
ヴァルキュリアも内心は似たようなものだが、誇り高い騎士としての自尊心がそれを許さない。
「ふふ、この街の本当の凄さはこれから嫌って程知ることになる」
案内役としてクレイドール城から合流した剣聖セリオンが楽しそうに笑う。
「セリオン……変わったな、以前のお前はそんな風に笑うことはなかったと記憶しているが」
帝国時代のセリオンは、常に無表情で孤高の剣士というイメージで知られていた。実際は極度の人見知りなだけなのだが。
「そうか? だが、もしそうならクレイドール嬢のおかげだな」
「クレイドール嬢……このグレイリッジ領の領主だったな、そこまでの人物なのか?」
「ああ、おそらく世界で一番だろうな、あのアイスヴァルトがぞっこんになるぐらいだ」
ピシリ ヴァルキュリアが固まる。
「え……? アイスヴァルトが……ぞっこん……?」
「才能に惚れたんだろうな」
「ほ……惚れた……っ!?」
ガクガクブルブル、ヴァルキュリアが震え出す。
「落ち着け、才能の話だ、それに領主さまは、まだ十一歳の子どもなんだろ?」
「そ、そうだったな……すまない取り乱してしまった」
戦場では鬼神のように強いのに、捨てられた仔犬のように瞳を潤ませるヴァルキュリアを見て大きなため息をつくソラスであった。
「どうだヴァルキュリア、我がリッジフォードの街は?」
魔塔の最上階から街を一望するアイスヴァルトとヴァルキュリア。若干距離が離れているのは標準仕様である。
「手紙を読んだ時は、正直半分も信じられなかったが……実際の素晴らしさは想像を絶するな」
ヴァルキュリアは、思い切って距離を詰めると、アイスヴァルトの隣に並ぶ。手が触れそうな距離、鼓動が激しくなり相手の顔をまともに見ることが出来ない。
「そ、そうだろ? でも、正直お前が来てくれるかどうかは半信半疑だった」
なんとか耐えられるパーソナルスペースを一気に踏み込まれてアイスヴァルトは内心激しく動揺するが、必死に冷静なふりを続ける。
「そうか、それは……少し悲しいな、私はいつだってお前の剣であり、これからもずっとそうであると思っていたんだが」
ヴァルキュリアにとってはプロポーズに等しいほどの告白、緊張が限界を突破して ぐらり バランスを崩して倒れ――――
「大丈夫か!?」
「あ、ああっ!?」
アイスヴァルトに抱きとめられてヴァルキュリアは、真っ赤になって顔を背けてしまう。
「い、意外と力強いんだな……」
「ま、まあな、事情があって鍛えているんだ」
主にクレイドールが重いからなのだが。
「クレイドール騎士団、さきほど見させてもらった、練度も高いし士気も高く素晴らしい。指揮官を含めて帝国十二騎士団と比べても遜色ないレベルだし、装備に関しては帝国以上だ。魔法結界も強固だし、聖女に加えてアルテリード皇女殿下とメルキオール殿率いる宮廷魔導士まで揃っている」
クレイドール騎士団の装備はミスリル製、しかも最高レベルのドワーフによる傑作揃い。魔法戦力も質なら帝国を上回っている。
「だが――――それでも厳しい戦いになる、我らが抜けたとて帝国軍の精鋭五万を含めて二十万の大軍だ、負けるつもりはないが……勝てるイメージも描けない、覚悟は出来ているのか?」
一騎当千の強者がいても、万を超える相手には力を発揮できない。数の暴力、物量というのはそれだけで圧倒的なアドバンテージをもたらす。しかも帝国は全力ではない、まだまだ余力がたっぷり残っているのだ。
「安心しろヴァルキュリア、決してそんなことにはならない」
たまに見せる少年のように悪戯っぽい微笑み。
ヴァルキュリアは知っている、この表情を浮かべた時、アイスヴァルトがどれほど恐ろしいのかを。
(味方で良かった、つくづくそう思うよ)
アイスヴァルトの腕の中でうっとりと頬を赤らめるヴァルキュリア。
(えっと……いつまでこうしてたら良いんだっ!?)
手を放すタイミングがわからず、抱きしめ続けるアイスヴァルトであった。
「帝国軍二十万、一部が国境を越えグレイリッジ領内に侵入を開始しました」
ヴァルキュリアの白竜騎士団が合流してから十日後、大地を埋め尽くさんとする帝国の軍勢が刻一刻とリッジフォードの街に接近しつつあった。
「空から見てきましたが、すごい人でしたわ!!」
グリフォンのグレイから降りてくるクレイドールはいつになく興奮気味である。
「帝国の人間は知っているだろうが、帝国軍は数だけでなく個々の能力、装備も大陸一だ、おまけに貴重なアーティファクトや高価な魔道具も惜しみなく投入してくるだろう、それに対してこちらの戦力は最大で二千、兵力差は百倍、補充戦力は無し――――まともにぶつかったら勝ち目はない」
アイスヴァルトの言葉に緊張が高まり、全員の視線が集中する。
「だが――――勝機は十分ある」
「ああ、作戦通りにやれば、勝率99パーセント以上だよ」
フィンが自信満々にメガネをくいっと持ち上げてみせる。肝心の作戦をまだ聞いていないが、なんとも頼もしい限りである。
「アイスヴァルト、私も戦いますわ!!」
「いや、お嬢さまに戦わせるつもりはない」
「ど、どうしてですのっ!?」
誰もがわかっている、クレイドールが戦えば勝率は一気に跳ね上がるだろう。
だが――――彼女はまだ十一歳の少女なのだ、どんなに強くとも、誰より強くとも、相手は魔物や魔獣ではなく敵とはいえ生身の人間だ、その手を穢させるわけにはいかない。それは……大人の仕事なのだから。
だからこそ皆の想いはただ一つ――――
愛すべき少女とこの街を必ず守る、そのためならすべての力を――――命を懸ける覚悟も出来ている。
「大丈夫だ、私がいるかぎりお嬢さまには指一本触れさせねえ」
「……ゼロ」
「そのとおりだクレイドール嬢、最強の用心棒がついているのだからな」
「……セリオン」
「そうですよクレイドール、私がいる限り、誰一人死なせたりしません」
「……ミレイユ姉さま」
「僕も忘れてもらっては困るな!!」
「アルっ!? 戻ってきたんですの!?」
王太子アルフォンス率いる近衛騎士団の精鋭千名、そして宮廷魔導士のライナスが小さく手を振る。
「アルフォンス殿下、お待ちしてましたよ」
「……ふん、これも計算のうちかアイスヴァルト」
「さて、俺は神ではないんでね」
「……それも怪しいものだが」
敵に回せば恐ろしいが、味方であればこれほど頼もしい男は他にはいない。この絶望的な状況の中で、アイスヴァルトは一ミリも不安を感じていないように思えるのだ。その事実が皆に不思議な安心感を与えている。
一体どんな策を隠しているのか、皆の期待が集まる。
「まず最初に言っておく、この戦いで俺は敵味方とも死亡者を限りなくゼロにするつもりだ」
「アイスヴァルト、いくらなんでもそれは不可能だ!!」
彼の天才ぶりを誰よりも評価しているヴァルキュリアだが、さすがにあり得ない話だ。
「いや、可能だ」
クレイドールを見つめるアイスヴァルト。
「私ですの?」
「ああ、お嬢さまは敵本陣まで行ってくれるだけでいい、後は収納魔法の中に潜んだ精鋭部隊が皇帝を捕えて終わりだ、出来るか?」
「それだけで良いんですの?」
「ああ、一切戦う必要は無い、彼らも好きで戦いに来ているわけではないからな」
格好良く言っているが、ようするにほとんど全部クレイドールにやらせる作戦である。
「任せるのですわ!!」
ふんす、と鼻息を荒くするクレイドールと、遠い目になるその他大勢であった。




