第三十二話 戦女神
「……お前がトナリノ王国国王か?」
「は、はい、皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう――――」
「この豚を殺せ」
「そ、そんなっ!? この国の全てを差し出したのですぞ、それなりの地位を保証していただけるのでは!?」
圧倒的な戦力差に降伏したトナリノ国王は話が違うと憤慨する。
「無能な奴はいらん、めざわりだ 連れて行け」
「ふざけるな若造がっ!! 私がいなければこの地は治められないのだぞ!! どうやって各地の貴族共を大人しくさせるつもりだ?」
わめきながら衛兵に引きずられてゆく国王を見て、ガビエルは鼻で笑う。
「ふん……死んだ人間がどうやって抗議するんだ?」
ガビエルは降伏したトナリノ王国の貴族たちを国民の前で処刑するつもりでいた。そうすることでこれまで抑圧され、搾取されてきた鬱憤を晴らし、帝国は違うのだとアピールするのだ。
「公開処刑の準備は進んでいるのか?」
「はっ、それが……準備は進んでいるのですが……肝心の国民が集まらず……」
「集まらないだと? どういうことだ宰相」
娯楽の少ない庶民にとって、公開処刑は最高の娯楽、しかも処刑されるのが自分たちを苦しめてきた貴族や王となれば何を置いても駆けつけるはずだ。
「正確に申し上げると攻め込んだ時点でほとんど民がおりませんでした。この冬は特に状況が苦しかったようで……大半が死んだ、もしくは他所へ逃げ出したのかと」
限度を超えた税金に加えて農地改良をしてこなかったことによる不作、逃げたところで行く場所など無いだろうが、ここに居れば死を待つだけという極限状態だったということだ。
「チッ、予定変更だ、貴族どもは鉱山へ送れ」
「かしこまりました」
帝国では過酷な仕事をする労働力が足りていない、これでは何のために攻め込んだのかわからない。
「それで――――魔法師団長、アルテリードがキングダム王国へ向かったのはたしかなんだな?」
「はい、間違いありません」
ガビエルは暗い笑みを浮かべる。
「よし、妹の保護を大義名分にキングダム王国へ宣戦布告する!!」
「ははっ!!」
各自一斉に動き出す。
「陛下、キングダム王国へ侵攻するのであれば迂回すべきです。魔境を突っ切ろうとすれば味方にも甚大な被害が出る可能性があります!!」
進言したのは白竜騎士団長のヴァルキュリア。その輝くような金色の髪と瞳、その美貌から『戦女神』と称えられる帝国の守護神にして大陸十英雄の一人。
「迂回? その場合時間はどのくらいかかる?」
「順調であれば半年程度かと」
「話にならん、弱い者が何万人死のうが関係ない、そのまま魔獣を引き連れてキングダム王国へ攻め込め!!」
「はっ、かしこまりました」
ヴァルキュリアは、ガビエルの全身を舐め回すような視線に耐えながら退出するのであった。
「ヴァルキュリア、魔境から攻め込むってマジか?」
「ああ……迂回を進言したんだが取り合ってもらえなかった」
副団長のソラスはヴァルキュリアの幼馴染で友でもある。
「くそ……他人の命を消耗品だとしか思ってねえのかよ」
「やめておけ、どこで聞かれているかわからない」
すでに皇帝の周囲は彼の息がかかった人間で占められている。ヴァルキュリアとてどうなるのかわからない状況だ。
「ククッ、こんなところにいたのか」
「ヴィランか……何の用だ?」
「ここからは我々黒竜騎士団が指揮を執ることになった、お前ら白竜騎士団には先行して斥候、索敵を命じる」
「なっ!? 我らが斥候だと!?」
「不満か? まったく斥候も立派な任務だというのにこれだからエリートさまは」
「よせソラス」
「しかし団長……」
「ヴィラン、白竜騎士団斥候の任を受けよう」
「頼んだぞ、せいぜい俺たちのために道を切り開いて、魔獣を減らしておいてくれ」
笑いながら去ってゆくヴィラン。
「ヴァルキュリア、なぜ受けたんだ!!」
「受けなければ命令違反で我らを排除していただろう」
「マジかよ……もうなりふり構わずって感じだな」
各騎士団の頭もほとんどすげ替えられてしまった。今回の戦争中にヴァルキュリアもそうなるのは目に見えている。最悪なのは責任を被せられて罪人とされてしまうことだ。自分一人ならばどうにでもなるが、団員たちを守らねばならない。
「実はなソラス、アイスヴァルトから手紙をもらっているんだ」
「て、手紙っ!? ヴァルキュリアお前いつの間に宰相殿とお付き合いを……?」
「ち、違うからな!! そ、そんなんじゃなくて……ただのごく普通の手紙だっ!!」
「ごく普通の手紙ってなんだよ……」
ソラスはヴァルキュリアが密かにアイスヴァルトに心を寄せていることを知っている。だが――――ちょっと揶揄っただけで真っ赤になっているようでは進展は期待できそうもない。
(宰相殿もそっち方面駄目そうだからな……)
仕事は恐ろしいほど出来るが、女関係は最低レベルだ、皆気付いていないようだがソラスはそのことを知っている。
(ライバル多そうだけど……頑張れよヴァルキュリア)
そっとエールを送るソラスであった。
「皆、聞いて欲しい」
ヴァルキュリアは、集まった白竜騎士団の精鋭五百名を前に意を決して話始める。
「我らは帝国の剣であり盾だ、常に鍛え技を磨くのは力なき国民の命と暮らしを守るため、断じてこのような侵略戦争の片棒を担ぐためではない。これより白竜騎士団は戦線を離脱し魔境を越えてグレイリッジ領に亡命する。グレイリッジ領にはアルテリード皇女殿下、そして――――前宰相アイスヴァルトがいる。諸君らは自由だ、密告するもよし、行動を共にするもよし、どんな選択をしたとしても尊重しよう」
団長の衝撃発言を聞いても白竜騎士団の面々は微動だにしない。
皆、敬愛する団長の命令を待っているのだ。
「そうか――――感謝するぞ。皆の命、その人生、私が預かった!! 行くぞ新天地へ!! 一人も欠けることなく、全員揃って魔境を突破する、総員騎乗!!」
騎士団の名前となっている白い騎竜ラケルトルに全員素早く跨る。
「無駄に構うな、陣形は竜鱗、防御姿勢で一気に距離を稼ぐ、暗くなる前に中継地点まで到達するぞ」
「おおおお!!!!」
白い奔流が魔境に吸い込まれてゆく。
誰も死なせない、絶対に。
ヴァルキュリアは、決死の覚悟で新天地へと向かうのであった。




