第三十一話 秘湯
「はああ……良い湯ですわあ……」
クレイドールたちはリッジフォード郊外の山奥にある秘湯へやってきていた。ここもダンジョン同様クレイドールが魔法で発見した場所だ。もちろん屋敷にも風呂はあるが、大自然を感じながら入る温泉はやはり格別なのである。
「はうう……温泉最高!! 生き返るぜ」
ゼロはそのしなやかでスレンダーな肢体を思い切り伸ばす。鍛え上げられ一切無駄な脂肪が無いその身体は、良く言えばスリム、悪く言えばあまり女性らしさは感じられない。
「うーん……気持ちいですねえ……私は聖女だから疲れはほとんど感じないんですが、それでも精神的な疲労やストレスは溜まりますからね」
一方のミレイユはいわゆるボンキュッボン、女性らしい体つきで皆が羨ましそうに眺めている。
「くっ、なによこのけしからんボディは……!! 言っておくけどね、アイスヴァルトは私みたいな控えめな身体が好きなんだからね!!」
皇女アルテリードは……さすがに肌も美しくため息が出るほどの美貌ではあるものの、控えめという表現では足りないほど控えめである。
「ふふ、皆で温泉というのも悪くないですね」
ブルーレインは全てがバランスよく整ったバランス型、
「むう……」
シルフィは……エルフなのでお察しである。
「どこへ行くつもりだラインハルト?」
「どこって、せっかくの混浴だ、女神たちの肢体を覗きに行くに決まってるじゃないか」
天然温泉なので、男湯、女湯に分かれていない。その気になれば覗くことも可能ではあるが……
「やめておけ……死ぬぞ」
剣聖セリオンが真顔で忠告する。
「ハハハ、俺は何回もブルーレインの風呂覗いて半殺しにされたけどまだ生きてるぞ?」
半殺しにされても治らないのだから、もはやラインハルトのそれは救いようがないのかもしれない。
「知らないようだから言っておくが、ゼロは大陸一の殺し屋だぞ? お前を殺すことに何の躊躇もしないだろうな……」
ラインハルトの足がぴたりと止まる、死ぬ覚悟で覗くつもりではあるが、さすがに本当に死ぬのは違う。
「それ以前にアルテリードの魔法と結界が多重展開されておるからな、近づいただけで死ねるはずだ」
メルキオールが肩まで湯に浸かりながら笑う。
「どうでもいいんですが……皆、なんで平気なんですか!?」
ラルクの言葉に皆の視線が集まる。
「めちゃめちゃ魔獣が温泉浸かってるんですよ!?」
どうやら魔獣たちも利用する温泉のようで、巨体が気持ち良さそうにプカプカ浮いているのだ。
「だよね!! みんなおかしいよ」
一緒に声を上げるフィンに――――温泉で計算式を解いているお前には言われたくないと、ラルクは思わずツッコみそうになる。
『ぐるうう……』
『わふふ……』
そして――――すぐ近くでは、クレイドールのグリフォン、グレイとセリオンのラージオオカミ、ヴォルツが仲良く温泉を楽しんでいるのだった。
「ふう……そろそろ上がりますわ、アイスヴァルト、身体拭いてくださらない?」
クレイドールの何気ない一言で場が凍り付く。
「え……? く、クレイドール、まさかいつもアイスヴァルトに身体拭いてもらってるの?」
ミレイユとアルテリードがガクガク震え、男たちはこのハーレムロリコン野郎とアイスヴァルトを睨みつける。
「ご、誤解を招くようなこと言うなっ!?」
遠くからアイスヴァルトの声が聞こえてくる。
「あら? 私、昔から執事にやってもらっていたのですわ、つい癖で……」
ホッとする二人だったが、今度はその執事とやらが気になってしまう。
「メイドはいなかったの?」
「執事がメイドもやっていたのですわ」
「「……???」」
イケメン執事がメイド服を着ている姿を想像して――――それも悪くないなとひそかに思うミレイユとアルテリードであった。
その冬、インペリアル帝国では、第二皇子であるガビエルが皇帝に即位した。
皇帝が急死し、皇太子まで事故で亡くなったことで、指導者不在という危機的状況を収拾するためというのが表向きの理由。
実際、皇女アルテリードが出奔してしまったので、幼い第三皇子以外に候補が誰もいない状況であることも事実、だが――――皇族の証である紫の瞳を持たないガビエルを後継者だと認めない勢力が帝国内には多いのだ。
ガビエルは緊急事態であることを理由に即位を強行し、帝国法を変更、血筋にかかわらず皇帝に即位できるようにしてしまった。こちらも表向きは開かれた新時代の帝国をアピールする一方で、大陸統一を目指して戦争の準備を開始した。旧態依然とした支配層からの解放という名目で。
冬が終わり、雪解けと同時に帝国は二十万もの大軍でトナリノ王国へと攻め込んだ。
弱体化し、混乱を極めていた王国はほとんど戦うことなく全面降伏、勢いに乗った帝国軍は、そのままキングダム王国へと牙を向ける。
「ついに帝国が動きました、父上、私が軍を率い辺境へ向かいます!!」
キングダム王国王太子アルフォンスが進言する。
「それはならん」
「何故ですかっ!? このままではグレイリッジ領が……」
真っ先に帝国軍とぶつかるのはグレイリッジ領だ、アルフォンスが王都へ戻ったのは軍を率いてクレイドールを助けるために他ならない。
「そのグレイリッジとの盟約だ、たとえ最前線となっても王家は一切手が出せない、お前の気持ちはわかるがこれは絶対に違えることのできない約束なのだよアルフォンス」
王家とグレイリッジ家の関係はアルフォンスも聞いているが――――だからといってクレイドールとあの街を見殺しには出来ない。
「王国軍は余が率いて国境全体を守るために出撃する。アルフォンス、お前と近衛騎士団から職務をはく奪し休暇を命じる、どこか辺境にでも行ってゆっくりしてくるといい」
王国軍と無関係であれば盟約違反にはならない、苦しい詭弁ではあるが、今のアルにとっては何よりもありがたい。
「陛下……お心遣い感謝いたします!!」
「殿下、私もご一緒いたします」
「殿下じゃない、アルだ。まあ……好きにしろライナス」
辺境に向けて急ぎ王都を発つアルフォンスであった。




