第三話 グレイリッジ男爵家の謎
ジュウウッ 串焼きから滴る脂が焦げて香ばしい匂いが部屋中に充満する。
(くっ、食べ辛い)
「どうなさったの? 遠慮なく食べてくださいませ」
すぐ傍でクレイドールが角ウサギの串焼きをジッと見つめている。
「……お嬢さまも食べるか?」
「良いんですの!!」
ぱあっ、と笑顔が輝く。
「いや、元々お嬢さまが狩ったウサギなんだから当然だ」
「それもそうですわね、遠慮なくいただくわ」
串に刺して岩塩で味を調えただけの料理というにはシンプル過ぎるものだが、温かい食べ物はそれだけで心まで温かくなる気がする。
(それに――――誰かと一緒に食事をするなんて何年振りだろう)
帝国に居た頃は、食事の時間も惜しんで働いていた。いつも仕事をしながら食べていたし、食事を取らなかったことも結構ある。
「ところでお嬢さま、まさかこの屋敷に一人で住んでいるのか?」
「そうですわよ」
(一つ屋根の下に二人きりじゃないかっ!?)
今更赤面するアイスヴァルト。
「どうしたのですか?」
「い、いや、なんでもない。それより食事が終わったら家の状況を把握したいから帳簿を見せてもらえないか?」
「帳簿ならお父さまの部屋にあるんじゃないかしら?」
「よくわからないのでご自由にどうぞ」
「……良いのか? ここは領主の部屋だろう?」
「構いませんわ、どうせ私たちしかおりませんし」
それもそうかと遠慮なく室内を調べるアイスヴァルト。必要な書類を見つけ出し、凄まじいスピードで整理してゆく。
「ところで資金はどのくらい残っているんだ?」
「とっくに無くなっておりますわ」
「はあっ!? 何に使ったんだ? 支払いを済ませてもまだかなり残るはずだが?」
「使用人たちの退職金として渡しました。こちらの都合で解雇するのですから当然のことですわ」
心がけは素晴らしい。だがそのせいで自給自足の生活を余儀なくされているのに、クレイドールにその悲壮感は感じられない。誇らしげに胸を張る姿に思わず笑ってしまうアイスヴァルト。
(まあ……いいだろう、人件費が減った分税収はすべて使えるわけだしな)
実質、たった一人で巨大な帝国の運営を担っていたのだ、辺境の貴族家を切り盛りするくらい造作もない。
「なあお嬢さま」
「なんですの?」
「税収の記録が見つからないんだが?」
「ああ、我が領地では税金は徴収しておりませんのよ」
「……は? そんな馬鹿な……あ、いや、帝国でもそういう場所があったな……」
たとえば鉱山を有する領地では、領民は税金の代わりに鉱山での労働を課される。
「なるほど、領地に鉱山があるんだな」
まだ全部見たわけではないが、税金の支払いや物資の購入の支払いがミスリル鉱石だった。領内にミスリル鉱山があるのなら納得だ。
「ありませんわよ?」
「はあ? 鉱山もなく、税金も徴収しないでどうやって領地経営していたんだ!?」
「わかりませんわ」
「……まあ、そうだよな」
領地経営に関わっていない令嬢が知っている方がおかしい。
「そういえばお嬢さまの家族はなぜいないんだ? 軽々しく聞いて良いことではないのは承知しているが、執事として知っておくべきだと思うから許して欲しい」
「半年前にドラゴンを討伐に行って、そのまま帰って来ないのですわ……」
「ど、ドラゴン……だとっ!?」
アイスヴァルトの手が思わず震える。ドラゴン、それはこの世界で最強にして最悪の災厄。一度暴れ始めれば全てを破壊し尽くすまで止まらない。一つの街どころか過去には国が滅んだ記録もある。人間に出来ることは、災厄が過ぎ去ることを祈ることくらいだ。討伐など自殺行為でしかない。
となると全員死んだと考えるのが妥当。クレイドールが知らないのであれば、それを調べるのが執事の仕事だ。
「わかった、その……すまなかったな、大変だっただろう?」
突然家族が全員死んで一人取り残されてしまったクレイドール。その心境は想像に余りある。
「そう……ですわね、でも――――今はアイスヴァルトが居てくれるから」
「そ、そうかっ!! ま、まあ……その、あれだ、俺がなんとかしてやるから安心しろ、なんたって執事だからな」
「ええ、期待していますわ、ありがとうアイスヴァルト」
アイスヴァルトは、赤い顔を見られないように書類に向き合う。
「お茶でも入れてまいりますわね」
クレイドールはアイスヴァルトの背中を見つめながらそう呟くのであった。
「なあお嬢さま、このミスリル鉱石はどこから手に入れていたんだ?」
何度調べてもそれがわからない。グレイリッジ男爵家にはめぼしい特産品もほとんどなかった。それでも国への税金は過去一度も滞納しておらず、各種支払いも問題なく行われていた。借金もなく、むしろ他家に援助していた形跡すらあるのだ。
どこからか仕入れていたわけでもなく、鉱山も無いという。いや、もしかしたらクレイドールが知らないだけであるのかもしれないが、書類を見た限りその可能性は限りなく低い。
「ミスリル鉱石って何ですの?」
「女性はあまり接する機会はないかもしれないが、たとえばこの剣はミスリル製だ。鉄よりも丈夫で軽く錆びることがない。しかも魔力伝導が良く魔法との相性も良いから魔法剣士などはミスリル製の武具を好んで使う。ミスリル鉱石は、この金属の元になる石で、色は灰色で日光を浴びるとキラキラと輝く」
ミスリルを知っている者でもミスリル鉱石を知っている者は少ない。そもそもミスリル鉱石そのものが希少で高額で取引される上、国家の戦略物資となるため市場に出回る数は制限されているのが普通だ。少なくとも帝国ではミスリル鉱石の産地は最重要機密として厳重に秘匿されていた。
「灰色のキラキラしている石? ああ、知ってますわ」
「本当かお嬢さま!!」
「私の家族が生成していた石ころですわ」
「……は? ミスリル鉱石を……生成!?」
クレイドールの言葉に目が点になるアイスヴァルトであった。




