第二十八話 Sランククラン『蒼の剣戟』
「おい、なんだこの報告書は? 税金が予定の三割も集まっていないではないか!!」
部下を怒鳴りつけるのは、トナリノ王国のガメツイーナ伯爵。
「も、申し訳ございません伯爵さま、実は――――」
「言い訳など聞きたくないわっ!! さっさと領民から搾り取って来い!!」
「そ、それが……その領民がおりません……」
「……なんだって?」
「突然領民が消えてしまったのです」
本当に消えてしまったのならミステリーだが――――伯爵には心当たりがあった。
「チッ、やってくれたなヨコドリーヌ」
ライバル関係にあり、常日頃から嫌がらせをしてきていたヨコドリーヌ伯爵、領民を攫ったのは奴に違いない。
「領民を取り返し、奴の領民を根こそぎ奪ってやる、騎士団に出撃の準備をさせろ!!」
先に仕掛けてきたのは向こうだ、大義名分はこちらにある。ガメツイーナはにやりと笑う。
「それが……その……」
「なんだ? はっきり言え」
「はい、実は騎士団も三割ほどいなくなりました」
「くそっ、まあいい、七割残っているなら問題あるまい」
ガメツイーナは知らない、いなくなった三割こそがまともな騎士であり、残った七割はろくに訓練もしないコネで入団した給料泥棒ばかりだということを。
そして――――同じ状況のヨコドリーヌ伯爵と泥沼、不毛な消耗戦を繰り広げるのであった。
「お嬢さま、トナリノ王国からの移住者が五万人を突破したぞ」
「五万人? 街の受け入れは大丈夫ですの?」
「そろそろ住宅が足りなくなってくるが、新しく建設している衛星都市に回せば問題ない。野菜や穀物は収穫量が伸び続けているし、肉は魔王から魔獣や魔物の肉を流してもらっているから大丈夫だ。インフラを支えるエネルギーがほぼ無尽蔵なのが大きい」
人口を支えるための重要な要素の一つが水であり、光熱である。その部分に関しては一切心配いらないので、土地と建物さえあればまだまだ人口を増やすことは出来る。元々アイスヴァルトは帝都を超える都市を目指して計画を進めているので、そういう意味ではまだ第一段階といったところだろう。
「それに――――グレイリッジ領には他には無い強みがある」
「他にはない強み?」
「ああ、ここは真冬でも温暖で温かいだろ?」
「もしかして……他の土地は違うんですの?」
グレイリッジ領から出たことがないクレイドールは知らなかったが、この大陸の冬は厳しい。凍てつく大地、吹き付ける吹雪、あらゆるものを覆い尽くす大雪。人々は長く厳しい冬を乗り越えるために必死に蓄え、準備をするのだ。
この土地が一年中温暖なのは、大量の魔素によるもの、つまりグレイリッジ領では冬でも長袖一枚で過ごすことが出来る、農作物も生産できるし、経済も止まらない。
「帝国の冬は早い、これから動くことはないだろう。その間に少しでも備えておかないとな」
冬の間に街の基盤はほぼ完成する、トナリノ王国からの人口流入も続いており、騎士団も順調に拡大強化出来ている。ワグナー商会、アストリア商会の二大商会によるリッジフォード産の武具、農産物の販売も始まり、噂を聞き付けた他の商人たちが頻繁に訪れるようになってきた。
学校で学んでいる子どもたちも、五年後、十年後、街を支える貴重な人材へと成長するだろう。
「ねえアイスヴァルト、二人きりだった頃がずいぶん昔のように感じますわね」
「……そうだな、今思い出してもアレは酷かった……ウサギを生で出された時はどうしようかと思ったぞ?」
「もう……アイスヴァルトは意地悪ですのね」
クレイドールは、上目遣いで睨みつけると両手を広げる。
「?? ……何の真似だ?」
「……抱っこ」
「はあっ!? 何言って――――」
「意地悪した罰ですわ」
「い、いや……無理、無理だって、ちょ、やめろ、やめてくれええ!!!!?」
「あらまあ……アイスヴァルト、腰、どうされたんですか?」
ミレイユの病院に運び込まれたアイスヴァルト。
「……ちょっと、重いものを持ったんだ……」
今度こそ鍛えようと決心するアイスヴァルトであった。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルド、リッジフォード支部へようこそ」
先日オープンした冒険者ギルドには、すでに大勢の冒険者が集まっていた。冬の間まともな収入が無くなる冒険者にとって、年中無休で稼げて税金がかからないリッジフォードはまさに天国のような環境、他所の街から拠点を移すクランも出てきており、周辺には冒険者目当ての酒場や飲食店、武器屋などが立ち並んで一大エリアを形成している。
もっとも、出現する魔物や魔獣のレベルが高いので、それなりのランクの冒険者でなければ討伐依頼はこなせない。必然的に集まる冒険者の平均ランクは他の街よりも高い。
「拠点を移して正解だったな」
王国内でも数少ないSランクの大手クラン『蒼の剣戟』のリーダーラインハルトは、満足そうに祝杯を挙げる。
「本当ね、素晴らしいクランハウスまで提供してくれるし、ご飯も美味しいし」
「あと武器がヤバい……手頃な価格で質も高い、ミスリル製の武具が普通に売っているんだからたまげたぜ」
クランの幹部たちも満足そうに笑う。
「ふふん、貴方たち、まだまだ甘いわね、この街最大の魅力は――――温泉よ!!」
リッジフォードには無料で利用できる天然温泉が何か所もある。
「見てよこの髪、この肌……嘘みたいに潤って……温泉入って疲れも取れて綺麗になれる――――リッジフォード最高!!」
温泉の魅力を熱く語るのは――――『蒼の剣戟』の由来にもなっている青髪の女傑、王国最強の冒険者とも言われるブルーレインだ。
「温泉か……当然混浴だよな? ぐふふ――――ぐへえ!?」
「別々に決まってるでしょ……アンタは魔獣専用にでも入ってなさい!!」
ブルーレインに蹴飛ばされるラインハルト。良い男なのだが、女好きが玉に瑕である。
「ところで……ここの領主さまってめちゃめちゃ強いって噂だけど、どこまで本当なんだろうな?」
「さすがにブルーレインよりも強いってことはないだろうけどさ」
クランメンバーは全員Bランク以上の強者、こういった話には目がない。
「ふむ、そういえば……ここへ来ようって言い出したのはブルーレインだったよな? もしかして領主さまと関係があるのか?」
「さすがリーダー、察しが良いわね。ふふ、良いことを教えてあげるわ、私は最強の冒険者なんて呼ばれているけど……実は一度だけ負けたことがあるのよ」
「嘘だろ!? お前が負けるなんて想像出来ないんだが……」
実際、クランリーダーはラインハルトだが、強さに限って言えば、クランメンバー全員でかかってもブルーレインに勝てない。それほど強さの次元が違うのだ。
「そうね……私も想像していなかったわ、まさか――――五歳にもならない子どもにボッコボコにされるなんてね……」
遠い目をするブルーレイン。
「……そ、それって……まさか……」
「うふふ、くれぐれも失礼のないように、それだけは言っておくわね」
意味深なウインクをするブルーレインであった。




