第二十七話 移住者
「おおお……ついに我らの城が完成した!!」
メルキオールを始めとした魔導士たちが感涙している。急ピッチで建設を進めていた魔塔がとうとう完成したのだ。
「クレイドールさま、大の大人が何で泣いているんだ?」
決して悪気があるわけではないのだが、エルフにとって人間の激しい感情は理解するのが難しいらしく、シルフィは隣にいるクレイドールに尋ねる。
「そうですわね……よくわかりませんわ!!」
「だよな? あはは、よくわからないけど面白い」
二人が魔塔へやってきたのは、魔法を学ぶ――――ためではなく、街で一番高い建物である塔の一番上から街を見渡したいからである。ちなみにクレイドールはすでにグレイリッジ領にいる魔法使いが使える魔法は聖女の神聖魔法も含めてすべて使えるようになっている。
「うわあ……めっちゃ高い!!」
「絶景ですわね!!」
塔の最上階は窓が無く、吹きさらしの吹き抜け構造である。魔導士たちが使役する飛行型の使い魔たちが出入りするための場所を兼ねているからだ。
「見るのだクレイドールさま、遠くで馬車が襲われているぞ!!」
エルフは目がとても良い、街から数キロ以上離れた場所でも見分けることが出来るのだ。
「大変ですわ!! 私、助けに行ってまいります!!」
「ならば一緒に、私はクレイドールさまの従者だからな!!」
シルフィはクレイドールの友人兼従者である。まだ百歳ちょっとの幼いエルフではあるが、賢者ネルフィの娘というだけあって、知識も魔法も大人顔負け、その辺の魔物には負けないほどの格闘術も身に着けている。
「しっかりつかまっていてくださいませ!!」
「え……? まさか――――うわああああっ!?」
クレイドールは魔塔の最上階から大空へとダイブする。
「大丈夫ですわ、ライナスの飛行魔法一度見たことがありますの」
ぶっつけ本番で魔法を使うクレイドールに、シルフィはぱくぱく口を動かすものの声が出ない。
二人はそのまま落下――――することはなく、見事飛行魔法を成功させ、馬車に群がる魔獣の群れを蹴散らすのであった。
「アイスヴァルト、先程ワグナー商会の馬車が魔獣の群れに襲われておりましたのよ、そろそろ周辺の安全確保も考える段階なのではなくって?」
「へえ……お嬢さまも色々領主らしいことを考えているんだな」
「もちろんですわ!! えっへん」
もちろんクレイドールに言われるまでもなくアイスヴァルトは準備を進めている。
「一番近い隣街でも三日もかかるから、これから各街との中間地点に宿場町を複数建設する予定だ、それに合わせて街道も整備する。当面は騎士団と警備隊の合同で街道の警備を強化するつもりだから安心してくれ」
それなりに広いグレイリッジ領内にリッジフォード以外に街が無いのはさすがに非効率だ。今のままでは、人も物もグレイリッジ領まで来るためのリスクが高すぎる。
「さすがアイスヴァルトですわね、それならトナリノ王国側も整備した方が良いのではなくって?」
「その通りだ、ただ……今後のことを考えると今整備するのはちょっとな……」
近い将来戦地となる場所を整備すれば、敵に利するばかりでグレイリッジ領にはメリットが少ない。
「うーん、そうですわ!! おじさまに頼んでみます」
「え……? おじさまって……魔王か?」
「ええ、ちょっと行ってきますわ」
「お、おい、ちょっと待て――――って行ってしまったか……」
アイスヴァルトは大丈夫だろうかと心配になる。もちろんクレイドールではなく魔王の方がである。
「また税金が上がるらしい……」
「そんな……もう余裕なんてどこにもないんですよ?」
「税金だけじゃない、このところ治安も悪くなってきてるし……物価も目に見えて上がってる、このまま冬を迎えたら……」
薪の値段も上がっている、このままでは待っているのは餓死か凍死かの違いでしかない。
「お父さん……私たちどうなっちゃうの……?」
愛する妻と子どもたちの不安そうな顔――――自分の命より大切で絶対に守らなければならない。
男は昼間聞いた話に賭けてみることにした。
「結構集まっているんだな……」
一家がやってきたのは、アストリア商会の所有する巨大な倉庫、ここで移住説明会が行われるのだ。すでに数百人の人々が説明会の開始を待ちわびている。集まっているのは、皆生活が苦しい人々ばかり、税金が上がっても人々の暮らしは良くならない、富める者がより肥え太るだけなのだ。
「本当に大丈夫なんでしょうか?」
「あのアストリア商会だから悪いようにはしないさ」
主催がアストリア商会でなかったらここまで人は集まらなかっただろう、普通に考えれば人身売買を真っ先に疑ってしかるべき話だからだ。
「皆さま、お待たせいたしました。それでは移住説明会を開催いたします。ちなみにこの周囲一帯に魔法で結界を張っておりますので、外部に情報が漏れる心配はありません。飲み物や軽食も用意しましたので、どうぞごゆるりと最後までお楽しみくださいね」
「素晴らしいお話でしたね」
「ああ、話の半分でも信じられない」
家族で住める住宅の提供、仕事の斡旋、収入が安定するまでの食事の補助、おまけに子どもたちは新設される学校に通うことも出来るらしい。もちろん学費は無料だ。
「お父さん、私、魔法習ってみたい!!」
学校では、読み書きや計算に加えて剣術や魔法なども学ぶことが出来る。貴族が通う王都のアカデミーでも似たようなことは出来るが、庶民には門戸は閉ざされているので夢のまた夢。
「移住される方は馬車を用意しておりますので、このまま乗車ください。生活に必要なものはすべて揃っておりますので、荷物は最低限でお願いしますね」
移住希望者たちを乗せた馬車が国境付近に到着する頃にはすっかり日が暮れて夜になっていた。
「皆さま、今夜はここで野営となります。簡素ではありますが、食事と寝床も用意してありますので、明日に備えてゆっくりとお休みください」
「明日はいよいよ魔境に入ることになる……」
「騎士団が護衛してくださるって言ってましたが……」
不安は募るが、家族との明るい未来が待っているのだ、今更後戻りは出来ない。
「お父さん、お母さん、このお布団とっても気持ちが良いの」
「おお……本当だな、簡素って言っていた気がするが……」
一家は、温かい布団に包まれてぐっすりと眠りにつくのであった。
「移住を決めた諸君、よくぞ決断してくれた。ここからは我々クレイドール騎士団が護衛を担当する、どうか安心して欲しい」
「噂は本当だったのか……ライオネル家のクリス団長とアストリア家のフラン団長がいるぞ……」
トナリノ王国の民にとって、二人は守護神であり英雄そのもの。その二人が自分たちを守り、新天地へと導いてくれるのだ、こんなに心強いことはない。
「よし、今夜はここで宿泊となる」
人外魔境の真っただ中に突然巨大な城が出現した。その威容は王都にある城よりもはるかに壮麗で重厚、皆、あまりのことにポカーンと口を開けている。
「ようこそクレイドール城へ。順番にお部屋にご案内いたしますね」
見目麗しいエルフのメイドたちが移住者たちを城の中へと案内する。
「ありがとうございます、おじさま大好きですわ」
その様子を遠くから見守っていたクレイドールが魔王の頬にキスをする。
『そ、そうか、どうせ使っていないし、クレイドールの役に立つなら我も嬉しいぞ』
孫娘のように可愛がっているクレイドールにおねだりされて、トナリノ王国からの移住者を宿泊させるための施設として、魔王城あらためクレイドール城を提供する魔王なのであった。




