第二十五話 新天地へ
「……まさか全員付いてくるとはな」
「あはは、さすがクリス、人望があるわね!!」
「そういうフランのところも同じじゃないか」
「まあね、かわいい部下をこんな死地に置いていくわけにはいかないし」
第六、第七大隊合わせて五百名、さすがに一緒に行動すると目立ってしまうので、各自移動してもらい、国境付近で合流したのだ。
「それにしても、すごい荷物と人だな」
大量の物資を積み込んだ荷馬車の隊列と数百人規模の人、すべてアストリア商会の人間らしいが――――
「うちの商会、リッジフォードに支店があるんだけど、すっごい売上なのよ。この機会に人員と商品増強して次の段階への布石を打っておこうと思って」
「次の段階?」
「リッジフォードは間違いなく大化けする、競争相手が少ないうちに二店舗目、三店舗目を確保するの。それに――――トナリノ王国はたぶん近いうちにおかしくなる……いつでも逃げられるように拠点をキングダム王国へ移しておくのよ」
「なるほど、フランが言うのならそうなのだろう。商売のことはわからないが、部下たちの装備を用意してくれたことには感謝する」
グレイリッジ領へ行くには魔境とされる森と山を越えなければならない。いくら精強な近衛騎士団とはいえ、まともな装備無しでは死にに行くようなものだ。
「気にしないで、自分のためでもあるし、グレイリッジ領ではこのレベルの装備は売れないから在庫処分も兼ねているの」
クリスは首を傾げる、今回フランが用意してくれた装備は、正規騎士団の装備と比べても遜色がない。売れないのは領民が買えないほど貧しいのか、あるいは武具のレベルがそれほど高いのか――――おそらく後者なのだろう。
「クリスの方も凄いわね、もしかして一族総出かしら?」
クリスの実家、ライオネル男爵家は代々王国の剣として王国を守ってきた武勇の誉れ高い名門、しかし近年は権力争いや利権争いに終始する王家や貴族たちに疎まれ、領地没収の危機に瀕していた。度重なる嫌がらせ、身に覚えのない罪を着せられ業を煮やしていたところに今回の件だ、ライオネル家当主は王国を捨て、新天地に活路を求める決断をした。家門の長として、名誉やプライドよりも皆の安全と生活を守るためだ。
「ああ、父上は素晴らしい決断をしてくれたと思う」
「あらら、これは責任重大ね……まあ、大丈夫でしょ、無事に辿り着けさえすれば、だけど」
キングダム王国とトナリノ王国がこれまで激突してこなかった最大の理由は国境に広がる魔境の存在だ。少数で移動する分には許容出来る範囲のリスクなのだが、大勢で行動すると、大型で高ランクの魔獣や魔物を呼び寄せてしまう可能性があるのだ。
これが商人なら、少人数グループに分けて安全策をとるところなのだが、今回は荷物が多く人数も桁違い、護衛戦力が足りず下手に分けることで個別に襲われた場合の対処が出来なくなりかねない。
それなら固まって行動した方が良いだろうという判断であるが、どの方法をとってもリスクは存在する。五百名の精鋭騎士団に、クリス、フランという国家級戦力が揃っていて、それでも駄目ならもはや天運に見放されたという他ないだろう。
「……どうやら天運に見放されたようだな……」
「あはは……想定できる中で最悪なのを引いてしまったわね……」
山中を移動する一行の前に立ちふさがったのは、山のように巨大な一つ目の巨人サイクロプス、危険度AAAランクの魔物。硬い皮膚には生半可な攻撃は通じず、その剛力は防御という概念を吹き飛ばすほどの威力を持っている。一撃でも喰らえば間違いなく即死、出現した場合、騎士団出撃案件となるが、かなりの犠牲を覚悟しなければならない災害級の相手である。
「総員聞け、サイクロプスは脅威だが、動きは緩慢で知能は低い、まずは非戦闘員から奴の注意を逸らす、私とフランが囮になって注意を引く、お前たちは常に距離をとって死角から攻撃をしかけろ!!」
「「「「おおおおおおっ!!!!!」」」」
ここが命の懸け時、騎士たちが悲愴な覚悟で雄たけびを上げる。少しでもサイクロプスの注意を引くためだ。一体何人が生き残って新天地に向かうことが出来るのか、それでも逃げるわけにはいかない、騎士とは戦えない者のための盾であり、力なき者のための剣なのだから。
「あの……お取込み中失礼します」
「っ!? お、お嬢ちゃん、こんなところで何してるんだっ!? 早く逃げなさい!!」
灰色の髪に赤銅色の瞳、十歳前後に見える明らかに場違いな貴族令嬢、とメイドと剣士。
「山のような巨体……もしかして……あれが噂の山賊ですの?」
キラキラした瞳でメイドに尋ねている令嬢に騎士たちは気が気ではない。
「おい、あんた護衛だろ? 危ないから早くあの子たちを避難させてくれ!!」
「心配するな、サイクロプスごとき問題にはならない」
「はあっ!? 何言ってんだあんた――――」
「何事だっ!?」
「だ、団長、山に迷い込んだと思われる令嬢とメイドが――――」
「くっ、マズい……完全にサイクロプスに狙われている」
クリスは巨人の一つ目を狙って槍の投擲準備に入る。たいしたダメージにはならないが、サイクロプスは痛みに弱い。急所への攻撃は注意を逸らすには十分な効果が期待出来る。
「クリス、待って、大丈夫よ、灰色の髪に赤銅色の瞳、情報がたしかなら――――あの子は――――」
『ウガアアア!!!!!』
巨大な棍棒が振り下ろされる、受けることはもちろん、避けることも至難の一撃――――
「あら……身体は大きいのに、力は大したことないですわね?」
棍棒を片手で止めた令嬢は、そのまま強引に棍棒を奪うと、サイクロプスの膝を強打して強制的に座らせる。
「これなら届きますわね」
バキイイイイイイッ ドゴオオオオオン 凄まじい轟音、殴られたサイクロプスの首がおかしな方向に曲がっている。
ズウウウウウン 巨体が崩れ落ちて――――サイクロプスはそのまま動かなくなった。
シーン 騎士団は何が起こったのか理解できず、無言で立ち尽くしている。
「ごきげんよう、グレイリッジ領主クレイドールさまですね、私はフラン、フラン=アストリアと申します。騎士団を率いてまいりましたが、兵力は足りておりますでしょうか?」
「まあ!! アストリア商会の方ですね? ちょうど兵力が欲しいと思っていたところなんですの、グレイリッジ領は皆さまを歓迎しますわ」
「アイスヴァルト、兵力連れてきたのですわ!!」
「さすがお嬢さま、思ったよりも早かったな」
騎士団と大商隊を率いて戻ってきたクレイドール、想定はしていたものの、ここまでの規模は想定していなかった。
「なるほど……近衛騎士団第六、第七大隊丸ごとに加えて……ライオネル家一門まで? へえ……」
近衛騎士団第六、第七大隊といえば、トナリノ王国最強と恐れられる精鋭部隊、そして――――団長のクリスとフランは帝国も警戒していたトップオブトップ、騎士の中の騎士と評される傑物、さらにライオネル家門は、強力な騎士や武人を輩出しているトナリノ王国きっての武闘派、トナリノ王国に思うところは特にないが、これでは滅亡が早まりそうだとアイスヴァルトは苦笑いするのだった。




