第二十四話 崩壊の序曲
「さあおじさま、早く呪いを解除してくださいませ」
『う、うむ……じゃが呪いを解除するには我の寿命を半分差し出す必要がある』
すでに呪いをかけるのに半分寿命を使っている魔王、さらに半分使ったら四分の一になってしまう。自業自得なので同情の余地はないのだが。
「ちなみに寿命が半分になると残りどのくらいになるんですの?」
『五百年じゃな』
「……何しているのですか? 早く解除を!!」
クレイドールの圧を受けて、渋々呪いを解除する魔王。アルの身体から黒いモヤのようなものが抜けて、魔王の身体に吸い込まれる。
『ふう……解除したぞ』
「ミレイユ姉さま、アルを回復させてくださいませ!!」
「任せて!!」
回復を阻んでいた呪いが無くなったことで、アルの身体は一気に元通りになる。
「これでもう安心ですよ」
治癒を終えたミレイユがほうっ、と息を吐く。
「良かった……本当に……良かった」
ライナスが目に涙を浮かべながらがくりと膝をつく。
『クレイドール、我はもう帰って構わないか?』
「おじさまは無関係のアルを散々苦しませておきながら謝罪の一言もなくお帰りになるおつもりですの?」
『うっ……そ、そうだな、それでは起きるまで待たせてもらうとしよう』
「アイスヴァルト、おじさまにお茶とドワーフクッキーを出して差し上げて」
「わかった、ところで……その方は何者なんだ?」
その場に居る全員の疑問を代表して尋ねるアイスヴァルト。
「魔王のおじさまですわ」
「……そうか。魔王の……おじさま。うん……なんかもうどうでも良いな」
深く考えるのをやめるアイスヴァルトとその他の人々であった。
「そうか……そんなことがあったんだね、本当にありがとう、クレイドールは僕の命の恩人だ」
「私はおじさまを連れて来ただけですから、命の恩人なんて大袈裟ですわよ」
本気でそう思っているクレイドールの様子にアルは、ふふっ、と笑ってしまう。
「なぜ笑うんですの?」
「クレイドールがあまりにも面白いからだよ」
「まあ!! そんなこと初めて言われましたわ」
アルに釣られてクレイドールも笑う。季節はすっかり夏の日差しへと変わり、外からは魔虫ミゼの鳴き声が響いてくる。
「クレイドール、僕は王都へ戻るよ」
その紺碧の瞳が赤銅色の宝石をじっと見つめる。
「もう……一緒に遊べませんの?」
アルはクレイドールの唯一の友と言っても良い存在だったのだ。その悲しそうな表情を見て、アルは首を振る。
「そんなことはない、やるべきことを終えたら――――必ず戻ってくる。それまで待っていてくれる?」
「もちろんですわ、きっと街がすっかり変わっていて、びっくりするんじゃないかしら」
「あはは、だろうね、どれほど変わっているのか楽しみだよ」
翌日、アルフォンスは、ライナスに連れられ王都へと帰還した。
「さて諸君、現在のリッジフォードに一番足りないものは何だと思う?」
グレイリッジ首脳会議でアイスヴァルトが切り出す。
「うーん……ギルドじゃねえか?」
ゼロの言う通り、リッジフォードにはギルドが存在しない。これは都市としては致命的な欠陥だ。
「いや、武器屋が無い方が問題だろう、おまけに剣術を学べる場所が一つもない」
セリオンの意見ももっともだ、どんなに大切に扱っても、武具は消耗品なのだから。
「それを言うなら娯楽施設が足りないと思います」
ラルクも意見を出す。娯楽施設どころか酒場すらないのだ。仕事が趣味のアイスヴァルトなどは気にならないだろうが、特に外部から移住してきた人間にとっては切実な問題である。
「うむ、いずれも優先順位が高い案件だな、それに関しては現在同時進行で準備を進めているから問題ない。今、一番足りないのは――――兵力だ」
兵力と聞いて、皆が首を傾げる。別にクレイドールがいるから、という理由ではなく、すでにラルクが率いていた銀狐から百名、エルフ族から十名、ドワーフ族から十名、計百二十名がグレイリッジ領の警備隊として活動している。たしかに多くはないが、街の規模から考えれば十分な兵力といえるし、いざとなればセリオンやゼロも控えており、アルテリードやメルキオールら戦術級魔導士もいるのだ。
「納得いかない顔をしているな。まあ、平時なら今の戦力で十分だ、だが――――トナリノ王国の状況が良くない、そして――――帝国は拡大路線に舵を切っている、混乱しているトナリノ王国のは近い将来、高確率で帝国に呑み込まれるだろう、そうなればこのグレイリッジ領は帝国との最前線になる」
アイスヴァルトが必要以上に巨大な都市を建設しているのは、決して帝国に対する負けず嫌いではなく、先の状況を見据えているからこそ。リッジフォードを要塞化し、帝国軍の侵略に対抗するためである。
「フィン、ラルク、トナリノ王国に家族や友人知人がいるなら今のうちに呼び寄せた方が良い」
「わ、わかった」
「……わかりました」
急いで出てゆく、フィンとラルク。
「お嬢さまには兵力の確保を頼めるか?」
「もちろんですわ!!」
クレイドール自身が最大の戦力と言えなくもないが、兵力を増強し領地と民の命と財産を守るのは領主の務めである。
「行きますわよ、ゼロ、セリオン!!」
「了解」
「わかった」
どこへとは聞かない、もう理解しているから。
いざ山へ――――山には何でも揃っているのだから。
「どういうことだ!? 装備が無ければ戦えないだろう?」
トナリノ王国近衛騎士団第七大隊団長クリス=ライオネルは語気を荒らげる。支給されるはずだった騎士団の装備、フルプレートは皮の胸当て、直剣と槍は、ともに訓練用の木製に変わっていた。
「我々は指示されたモノをお届けしただけですのでわかりかねます」
クリスはその足で近衛騎士団長ボルトンのところへ向かう。
「騎士団長、これは一体どういうことですか!!」
「クリスか……予算が足りんのでな、今期から近衛騎士団は第五大隊までとし、第六、第七については解散することになった」
「なっ!? いきなりそんな……それでは我らはどうなるのです?」
「騎士を続けたいのなら鉱山騎士団を紹介してやる。ふむ、クリス、お前なら特別に俺の専属騎士にしてやってもいいぞ?」
鉱山騎士団、名前こそ騎士団となっているが、ようするに鉱山労働者である。左遷された騎士や、懲罰として行かされる場所であり、遠回しに騎士をやめろと言われているに等しい。
そして――――専属騎士とは、愛人の隠語である。
「……お世話になりました」
「装備は騎士団のものだ、全部置いて行けよ」
これが――――これまで命懸けで王国のために尽くしてきた者に対する扱いなのか、怒りよりも愛想が尽きたという感情が心の中を支配する。これまで耐えてきたが、もう限界だ。
「クリス!! ちょっと話せない?」
「フラン、ちょうど良かった、私もお前を探していたんだ」
フランは第六大隊団長、ともに解雇された同僚であり、友人だ。騎士団では女は露骨に差別され一段下に見られる、それでも大隊団長まで上り詰めたクリスとフランはそれだけ実力、実績が無視できないほどずば抜けていたのだ。今回の解散命令は、そんな二人を疎ましく思っている連中の意向であるのはほぼ間違いない。
「クリスはこれからどうするの?」
「いや、まだ何も決めていない……フランの意見を聞こうと思っていた」
フラン=アストリア、実直な騎士であるクリスと違って、彼女の実家は貴族ではなく商会を運営する商家だ。そのネットワークによる情報網は侮れないし、フラン自身視野も広く思考も柔軟そのもの、クリスはフランの人柄以上に、そういう部分を評価している。
「あら、それなら耳寄りな情報があるの、実はね……面白いことになっている場所があるのよ」
「面白いこと? なんだそれは」
フランにとって面白いというのは最高の褒め言葉、俄然興味がわいてくるクリス。
「キングダム王国のグレイリッジ領、話だけでも聞いておいて損はないと思うわよ?」
フランは意味深な笑みを浮かべるのであった。




