第二十三話 魔王
「なあお嬢さま……本気で魔王が山にいると思ってんのか?」
他のことならあり得ると思えるが、さすがに今回は無理だろう、万が一、億が一遭遇したなら、それはそれでヤバいことになるわけで……ゼロのテンションはめちゃめちゃ低い。
「クレイドール嬢が言うのならいるのだろう。黙って従っていれば良い」
「セリオン……お前完全にお嬢さまの犬だな」
「なんだとっ!? 私のことは構わないがクレイドール嬢を侮辱するな!!」
「いや……だからそういうところだよ」
ゼロとセリオンは性格は真逆だがなんだかんだ相性は悪くない。特に戦闘時の連携は互いの理解と信頼がなければ成し得ないほど高レベル。それを知って二人を一緒に連れているのかはクレイドールのみぞ知る。
「着きましたわ」
いつもとは違い、確信をもって歩いていたクレイドールがやってきたのは――――
「な、なんじゃこりゃああ!!!?」
「こ、この威容……ま、まさか……」
「「――――ま、魔王城っ!?」」
かつて大陸を蹂躙し、恐怖に陥れた魔王の居城――――魔王城。その攻略が困難だったのは、魔王城が常に場所を変える浮遊城であったから。魔王の居る所に魔王城あり、つまり――――ここに魔王城があるということは、この場所にかつて魔王が居たということになり、この場所こそが伝説の最終決戦の地であったということになる。
「お邪魔しますわ」
設置されていた呼び鈴を鳴らすと、魔王城から階段が伸びて接地する。
「行きますわよ」
「えっ!? ち、ちょっとお嬢さま!!」
「くっ、何があるのかわからないが……お守りするのが我が使命」
「いや……お嬢さま守る必要ないだろっ!! 自分でも守っとけ」
すいすい階段を上ってゆくクレイドールを慌てて追いかける二人の従者。
『……よくぞここまで辿り着いたな矮小な人間ども』
玉座から放たれる圧倒的な存在感、絶対的な強者であるゼロとセリオンでなければ威圧だけで気を失っていたであろう。これは――――間違いない、魔王だ。
「こんにちは魔王のおじさま」
『……クレイドールか……死ねっ!!』
「お嬢さまっ!?」
「くっ、間に合わない」
見た目からは想像も出来ないほどの速さでクレイドールの首を刈りにゆく魔王。
「えいっ」
『ぐふうううっ!?』
ドゴオオオオオン クレイドールの拳が魔王のみぞおちを深く抉る。吹き飛ばされた魔王は、謁見の間の柱を突き破ってそのまま壁のオブジェとなる。
「「う……うわあ……」」
ゼロとセリオンはドン引きする。魔王だから原型を留めているものの、普通の人間がアレを喰らったら……おそらく爆散して骨も残らないだろう。オブジェではなく壁のシミになるのがオチである。
『ぐ、ぐうう……強くなったな、クレイドール……昔は我に負けて泣いていたというのに』
「いやですわ魔王のおじさま、負けていたのは五歳までですわよ」
一見和やかな祖父と孫の会話のようだが、内容は血なまぐさい。それに――――五歳児に勝ってどや顔していた魔王というのもどうなのか。
「お、お嬢さま……これは一体どういう……?」
魔王が生きていることもそうだが、どういう関係なのか理解が追いつかない。
「魔王のおじさまはここで魔物の管理をしているのですわ」
クレイドールの説明によると、勇者パーティにボコられて敗北した魔王は、命を助ける代わりにここで魔物を管理調整する仕事を任されているらしい。
「そ、それじゃあ魔王が倒されたから魔物の脅威が減ったわけじゃないのか?」
一般的には魔王が倒されたことで魔物の脅威が激減したとされているが――――
『その通りだ、我は魔物を操る力を持っているが、魔物の発生とは関係がない。なるべく被害が出ぬようにこの地に強力な魔物を集めているのだ』
魔力が循環するこの世界では、魔物の発生は不可避、だからこそ勇者は辺境のこの地に魔物を集め、人知れず間引いていたのだ。
『まあ、最近は勇者が帰って来ないから我の仕事が増えているのだがなっ!!』
自分で魔物を呼び寄せて倒すというハードワークをやらされているわけで、忌々しそうに溜息をつく魔王。
「そ、それは……お疲れさまだな」
以前はどうであれ、少なくとも今は世界のために働いてくれているらしい。
「ところで……どういうことですの!!」
『な、なんじゃ!? なぜ怒っている!?』
クレイドールの本気の怒気をぶつけられて震えあがる魔王。
「アルに呪いをかけたこと……説明してくれるんですわね?」
『あ、アル? 誰じゃそれは――――ぶべらっ!?』
ドゴオオオオオン 再び殴られて壁に突き刺さる魔王。先ほどよりも力の入ったパンチに、魔王は気絶している。
「起きてくださいませおじさま!!」
バチーンッ バチーンッ ものすごい平手打ちの衝撃音で窓ガラスが割れ、床、壁、天井に亀裂が入る。
『っはっ!? や、やめてくれ死んでしまうっ!!』
あまりの痛みに目を覚ます魔王。
「それで――――思い出しましたの?」
『あ、アルというのは知らないが、勇者と戦った時にたしかに呪いをかけた、だが――――渾身の呪いも勇者にはまるで効いていなかったから無効化されたのかと思っていたが――――もしかすると仲間の誰かに呪いが跳ね返ったのかもしれん』
「いますぐに解除してくださいますわね――――おじさま?」
『う、うん……』
にっこり微笑むクレイドールの致死性の圧、魔王は冷や汗を流しながら何度も頷くのだった。
「まさか……この子がキングダム王国の王太子アルフォンスだったなんて……」
眠り続けるアルフォンス。
「私の力で今は多少緩和されていますが……これまで想像を絶する痛みと苦痛に耐えてらっしゃったのでしょうね……」
アルフォンスの身体はすでにボロボロだった。こんな身体で普通に振舞っていたなどとても信じられない。これまで数多くの人間を治療してきた聖女だからわかる。多少延命することは出来ても、この先二度と立ち上がり歩くことは出来ないだろう。
「……殿下はそういうお方です……誰よりも他人の痛みや苦しみに心を痛め寄り添おうとするのに、ご自分のことは顧みられない。だからこそお救いしたかった……」
「ライナス殿……お嬢さまが動いたのだ、何も心配いらない」
「アイスヴァルト殿……」
一体何があればここまで主を信じることが出来るのか、アイスヴァルトのそれは――――もはや信頼や忠誠を越えて確信に近いものを感じる。ライナスが周囲を見渡すと、屋敷の全員がアイスヴァルト同様優しく頷いている。
「ただいま戻りましたわ!!」
その声を聴いただけで、皆の顔がぱああっと明るくなる、もう大丈夫だと皆がそう思っている。ライナスは不思議と胸が熱くなるのを感じていた。
『わ、我に……任せて……おけ』
部屋に入ってきたのは、全身あざだらけで顔が腫れあがっている老人、しかも全身の骨が折れているらしく、ゼロとセリオンに両脇を支えられており、明らかに瀕死の重傷だ。
――――え? 誰?? そして――――大丈夫っ!?
周囲の空気にあてられて安心していたライナスだったが、一気に不安になるのであった。




