第二十二話 アルの正体
「ごめん、ちょっと出掛けてくるから後はよろしく」
「いってらっしゃいませアルさま」
ワグナー商会の開業準備は順調に進んでいる。あと数日もすれば大量の商品を積んだ馬車が戻ってくる、客人であり商人ですらないアルはといえば、市場調査の名目で頻繁に街を巡回しているのだった。
『……只今到着いたしました』
街を歩くアルの隣に合流するローブの男。
「宮廷魔導士のお前をこんなところまで呼び出してすまなかったな」
『いえ、風魔法を使えば馬の数倍の速度で移動できますので』
宮廷魔導士のライナスは風属性を得意とし、王国内で唯一飛行魔法を使うことが出来る。
『それで――――私は例の少女に魔法を教えれば良いのでしょうか?』
「いや……そのつもりだったが必要なくなった。クレイドールが帝国筆頭魔導士と天才魔法皇女を連れて来たからな」
『……は? そ、それは……一体……なにがどうなったらそうなるのですか!?」
「ククッ、まあ……クレイドールだからな、仕方ない」
楽しそうに笑うアル。
『……殿下が笑う姿……久しぶりに見た気がいたします。その後、お身体の方はいかがですか?』
「……残念ながら良くない。おそらく残された時間はそう長くないだろう」
ライナスは悔しそうにぐっと歯を食いしばる。
『申し訳ございません……セイクリッド聖国には再三聖女を派遣するように圧力をかけているのですが……のらりくらりとかわされるばかりで……』
「まあ……こちらも王太子が不治の病だと知られるわけにはいかないからな、最大の切り札を易々と切るような真似はしないだろうね。もっとも――――しないんじゃなくて出来ないんだけど」
今度こそ噴き出してしまうアル。
『ど、どういうことですか!?』
「実は――――聖女ミレイユは、今この街に居る」
『な、なんですって!!!!』
冷静沈着なライナスだが、さすがに大きな声を出してしまう。
「というわけで、今日の夕方聖女ミレイユに診てもらうことになっているんだ――――カハッ!?」
突然吐血し、血の気を失って倒れるアル。
『アルフォンス殿下っ!?』
咄嗟に風魔法でアルフォンスを支えるライナス。
『くそっ……やっと聖女に診てもらえるチャンスなのに――――絶対に死なせませんよ』
キングダム王国王太子アルフォンスは、英雄王アルベルトの第一子として誕生し、幼い頃から剣、魔法、学問、政治、あらゆる分野で天才的な才能を発揮した。王国の将来は明るいのだと誰もがそう信じていた。
――――成人の日を翌年に控えたある日、突然原因不明の病に冒されるまでは。
突然倒れたアルフォンスを治すためあらゆる治療が施されたが、まったく効果はなく、もはや聖女の奇跡にすがるしかない状況、しかし――――セイクリッド聖国はなかなか応じず、頼みの聖女クラリスはドラゴン討伐で生死不明、日に日に衰弱してゆくアルフォンスが最後に賭けたのは、聖女クラリスの娘クレイドールだったのだ。
しかしグレイリッジ家は表向き王国貴族の体裁をとっているが、人知れずスローライフを送りたい勇者と聖女の希望に応じているだけで、命令権は無い。そして――――王家として干渉することも出来ない。
だからこそアルフォンスは、アル一個人としてクレイドールとの信頼関係を結び、その上で治療をしてもらおうと考えたのだが、魔法の教育を受けていないというのは想定外、慌てて王都からライナスを呼び寄せたのだ。
『すまない、ミレイユさまに至急診ていただきたいのだ!!』
顔面蒼白、必死の表情で受付に駆け込むライナス。幸いミレイユの病院を見つけるのにそれほど時間はかからなかったが――――
「申し訳ございません、ミレイユさまは領主さまのお屋敷に――――」
『わかった、ありがとう』
ライナスはぐったりとしているアルフォンスを抱え、一気に屋敷目指して空を飛ぶ。
『時間がない……このまま一気に中まで――――』
空から突入しようとしたライナスだったが――――慌てて高度を下げて地面に降り立つ。
『なんてえげつない結界障壁だ……ドラゴンの襲撃でも想定しているのか……』
帝国の筆頭魔導士、もしくは天才魔法皇女、あるいは聖女ミレイユの力か。魔法使いならこの障壁を見ただけで戦意が失われるに十分過ぎる。
『すまない、領主さまに取り次いでもらえないだろうか、この方を死なせるわけにはいかないんだっ!!』
ここで王家の名前を出すのは悪手だ。そんなことをしたらアルフォンスのこれまでの全てをぶち壊してしまう。恥もプライドも、見栄も外聞も関係ない、必要ならば命を差し出す覚悟もしているが、今出来ることは誠実に愚直に頭を下げることだけ。
「アルさんじゃないですか!? 大変だ、すぐに中へ!!」
アルは毎日のように屋敷へ通っていた、そのため屋敷の人間でアルを知らないものはいない。それどころか、街の人間でアルを知らないものもいない。皆がアルを心配している。
「アルっ!! しっかりするのですわ!! ミレイユおばさま!! 早く、アルを助けてください!!」
クレイドールが凄いスピードで奥からすっ飛んでくる。
「ど、どう……ですの?」
難しい顔をしているミレイユをみて心配そうに尋ねるクレイドール。
「これは……病気じゃないですね……呪い……それもとびきり厄介で凶悪な……」
『そ、そんな……治せるんですよね? お願いします、何でもします、必要ならば私の身体を使ってください、どうか――――』
必死に頭を下げるライナスに、ミレイユは辛そうに首を横に振る。
「普通の呪いなら問題ありません、ですが……この呪いの主はおそらく――――魔王、しかも――――寿命の半分を引き換えに発動したものでしょう、私の力で呪いの進行を穏やかにすることは出来ますが――――それでも余命を数日から数年に先送りするだけです」
衝撃の事実に屋敷中が静まり返ってしまう。
「おばさま……アルは死んでしまうの?」
「ごめんなさいクレイドール、私にもっと力があれば……ですが……なぜ魔王の呪いがこの子に……」
当然の疑問だ。魔王が勇者パーティに倒されたのは二十年以上昔の話、当時生まれていなかったアルになぜ魔王の呪いがかけられたのか不可解である。
「それは――――おそらくアルではなく、アルの父親……キングダム王国英雄王アルベルトにかけられた呪いだろう、本人ではなくその愛する家族を奪う呪い……さすが悪逆非道な魔王らしい陰湿なやり方だ」
グレイリッジ家執事のアイスヴァルトは、最初からアルの正体に気付いていた。さすがに目的まではわからなかったが、英雄王アルベルトは勇者パーティのメンバーだった。おそらく魔王と戦った時に呪いをかけられたのだろう――――アルベルト本人すら気付かないまま。
「何やら騒がしいから来てみれば……私に見せて」
「アルテ姉さま!!」
魔法の天才である彼女なら何かわかるかもしれないと期待する一同であったが――――
「うーん……これは無理ね……このタイプの呪いは無理に外そうとすると死んでしまう。呪いをかけた本人しか解除出来ない呪いよ」
今度こそ絶望的だ、すでに倒されてしまった魔王だ、仮に生きていたとしても呪いを解除させるなど倒すよりもはるかにハードルが高い。
「魔王になら解除出来るんですの?」
「出来るけど不可能よ、まさかとは思うけど、魔王を蘇らせるとか洒落にならないからやめなさいよ」
死者を蘇らせる闇魔法は禁忌ではあるが存在する。
「そんなことしないですわ、今から魔王に会いに行きます、ゼロ、セリオン準備して」
「……あの、お嬢さま……まさか黄泉の国へ行くとかじゃないよな?」
さすがのゼロもクレイドールの意味不明言動に混乱する。
「何言ってるのです? 山に行きますわよ」
えっと……さすがに山に魔王は居ないんじゃ……?
その場に居た全員が心の中でツッコむのであった。




