第十九話 魔導に愛されし者
「マズい……マズい……マズい……アイスヴァルトと暗殺者の痕跡が完全に一致している……もし彼が死んでしまったら――――この大陸全て灰にしてから私も死ぬ!!」
完全に嵌められた……私が帝都に居ない間にこんなことになるなんて……
逃亡したアイスヴァルトを追って帝国を出たはいいけれど、先行した暗殺者相手に彼が逃げ切れるとは思えない。
「落ち着けアルテリード、探知魔法が有効な間は生きている証だ」
「そんなことはわかってます師匠、ですが……彼を追っているのはあのゼロですよ?」
大陸一と呼ばれる暗殺者ゼロ、正面から戦ったら――――師匠と二人がかりでも厳しい。
「逆だ、ゼロだから大丈夫だと言っている。アイツは気まぐれだからな、それに――――明らかにやる気じゃなかったらしい。まだアイスヴァルトが生きているのがその証拠だ」
言われてみればたしかにそうだ……気分屋で依頼をあっさり降りることもあると聞く。今はその気まぐれさにかけるしかない。
「……すみません、少し冷静さを欠いていたようです。ところで――――なぜ師匠まで付いてきたんですか?」
大陸でも片手で数えるほどしかいない大魔導士の称号を持ち、帝国筆頭魔導士でもある師匠がその立場を捨ててまで私についてくる理由がわからない。もちろん有難いのだが。
「なぜって……お前が魔法以外ポンコツだからに決まってるだろ」
「ぐはっ!?」
私は幼少時から魔法の才を発現し、『魔導に愛されし者』という二つ名を持っている天才です。単純な魔法の出力だけならすでに師匠を上回っている。
「ぽ、ポンコツは酷いですっ!! 単に魔法以外苦手なだけですから!!」
「苦手? 飯も作れない、買い物も出来ない、一人じゃ朝起きられない……よくそんなんで国を出ようなんて思ったな、見た目だけは良いんだから、攫われて奴隷堕ちするのが関の山だぞ? 感謝しろよ」
ぐう……悔しいけれど事実だけに何も言い返せない。
「まあ……それはあくまできっかけで、実際は帝国に見切りをつけたからだけどな」
皇帝が急死したせいで、帝国は未曽有の危機に陥っている。さらに次期皇帝最有力だった皇太子が不慮の事故で亡くなり、帝位に就こうとしているのは黒い噂の絶えない次男だ。以前から皇帝と折り合いが悪かった公爵家が後ろ盾となり、強引に後継者争いを制した。不安定な帝国をその才覚で支え続けた天才宰相アイスヴァルトを陥れ殺そうとしたのも、皇帝や皇太子が亡くなったのも無関係とは思えない。
「たしかに……あの兄上が即位したら帝国は滅茶苦茶になるでしょうね……」
一応兄妹ではあるが、あの男、一人だけ皇族の証である紫の瞳を持っていないのだ。不義の子であるという噂も真実なのだろう。妹の私に対してもゾッとする視線を向けてきていたし。
「穏健な路線を堅持するアイスヴァルトが邪魔だったのだろうな……」
求心力を手っ取り早く手に入れる方法――――それは戦争だ。
「もしかしたら……大陸中に戦火が広がることになるかもしれない……」
でも――――今はアイスヴァルトを見つけることが最優先。
「私たちのことも忘れないでくださいね?」
来る必要はないと言ったのに一緒に付いてきた一部の宮廷魔導士たちや騎士、使用人たちもいる。巻き込んでしまった以上、最後まで責任は取らなければならない。
「……本当にこっちで合ってるのかしら?」
どんどん山奥へと進んでゆくが、出会うのは危険な魔獣ばかり。追手を避けているのは理解できるが、これでは追手に捕まる前に死んでしまう。
「この森……魔素が通常よりもかなり高い、まさに魔境だ、油断するなよ」
魔素が高濃度であればあるほど魔法使いにとっては有利になるが、同時に強力な魔物や魔獣が集まってくる。魔境と呼ばれるのには理由がある。
「あ、あれ……まさか……ぐ、グリフォンっ!?」
突然巨大な影が落ち、同行者たちが青い顔をして後ずさる。
「し、師匠……!?」
「ああ……厄介だな、一番出会いたくない相手だ」
空の王者グリフォンは、別名『魔法使い殺し』と呼ばれている。魔力を持った人間を好んで喰らい、魔法耐性がおそろしく高いので、生半可な魔法では傷一つ付けられない。
「俺とアルテリードで翼を狙う、地上に落として騎士たちでとどめをさすしかない、他の者は攪乱と牽制に徹してくれ」
師匠がいてくれて良かった……自分一人だったらおそらく詰んでいた。
魔法使いというのは決して万能ではない、むしろ得意不得意がはっきりしているからこそ、単独での戦いには不向きなのだ。
「お、お待ちください、グリフォンに誰か乗っています!!」
騎士の一人が叫ぶが――――到底信じられない、たしかに魔獣を騎獣として使う者はいる、たとえば帝国が誇る剣聖セリオンが有名だ。しかし、それは使役する人間の力量が魔獣を凌駕していることが絶対条件となる。Sランク魔獣であるグリフォンを凌駕する人間など聞いたことがない。
「竜騎士のように卵から育てたのであればあり得る、が――――友好的な相手である保証はない……」
師匠の言う通りだ、もし害意をもった人間であれば状況はさらに悪化する。
バッサバッサ 翼を広げながらゆっくりと降下してくるグリフォンを、全員固唾をのんで見守る。
そして――――
「「「「「「「――――え?」」」」」」
グリフォンから降りてきたのは、可愛らしい令嬢とメイド、そして護衛の剣士。
「おお!! 大当たりだクレイドール嬢、彼らは優秀な魔法使いだ」
「まあ!! それは良かったですわ!!」
「うわあ……またすごい面子だな……お嬢さまの引き寄せ体質どうなってんだ」
令嬢はともかく、メイドと剣士を彼らはよく知っていた。
ブロンドに赤い瞳の剣士と小麦色の肌に漆黒の髪の女性。
「「「「「「「「け、剣聖セリオンと……ゼロ!?」」」」」」」
「な、なるほど……アイスヴァルトは無事なのですね」
安堵の息をもらすアルテリード。
「はい、ご安心くださいませアルテリードお姉さま」
キラキラした瞳で見つめるクレイドール、すっかり懐かれてしまい、アルテリードは嬉しくなってしまう。
(まあ……なんて可愛らしいの……私、末っ子で兄しかいなかったから妹欲しかったのよね)
「アイスヴァルトを助けてくれてありがとう、クレイドール」
ぎゅっと抱きしめるアルテリード、そして――――お姉さんに憧れていたクレイドールも思い切り甘える。
「すっかり姉妹みたいだな、ハハハ」
「それにしても――――筆頭魔導士のメルキオール殿まで帝国を捨てるとは……」
「真っ先に飛び出した奴が何言ってる? だが、お前ほどの男と最高の暗殺者が護衛するとは……あのお嬢ちゃんそんなに高貴なお方なのか?」
帝国において剣聖セリオンは一匹狼であった。決して群れず、誰の下にもつかない。そんな男と帝国の宰相だった男が仕えているのだ、キングダム王国の王女だと言われた方がよほど納得できる。
「ははは……まあ……高貴と言えばそうかもしれないが」
「……???」
苦笑いするセリオンに首を傾げるメルキオールであった。




