第十四話 リッジフォードの再開発
「行ってくるよ、アンナ」
「いってらっしゃいルーク、私は収穫の手伝いに行くけど――――こんなに町が変わるなんて……なんだか夢みたいね」
「ああ、そうだな、俺も今だに実感が湧かないよ」
リッジフォードの代表ルークと妻のアンナは見つめ合って笑う。
グレイリッジ家の統治に大きな不満があったわけではない。納める税金は無いし、頑張れば頑張っただけ自分の懐が暖かくなる。危険な魔物は男爵家の面々が退治してくれるし、時々、狩った魔獣を振舞ってくれることもあった。
だが……土地は農作物には向かず、陸の孤島と揶揄されるこの場所には文字通り何もない。ルークたちはこの場所で生まれ育ったから愛着があるが、税金が免除される噂を聞いて他所から移ってくる者たちはなかなか定着せず、若者は都市へと出て行ってしまう。
それに加えて決定的だったのは、男爵家の当主を含めた家族全員がドラゴン討伐に出て戻ってこなかったことだ。残されたのはまだ未成年の末娘クレイドールのみ。
住民の多くは将来に不安を感じ、町を出る覚悟を固めていた、さすがのルークもこの状況で残って欲しいとは強く言えない。
グレイリッジ家の使用人も解雇され、いよいよ覚悟を決めなければと考えていた矢先――――状況が一変したのだ。
暫定当主であるクレイドールが次々と移住者を連れてきて、町は一気に賑やかになった。最初は不安の方が大きかったが、当面の食糧問題も解決して、大規模な開発建築ラッシュが始まり、新しい畑の開墾も順調すぎるほどで、住人たちは連日嬉しい悲鳴を上げている。
「あ、おはようございますルークさん」
「おはようございますサルフィさん、お店すっかり人気ですね」
「おかげさまで楽しくやらせてもらってます」
エルフ族のサルフィさんのお店は、伝統的なエルフ料理が楽しめる食堂だ。今はこの旧市街地、新街区が出来たら取り壊される場所に仮店舗で営業しているが、本格的にオープンすればリッジフォードの目玉の一つになるだろう。
「ルークの旦那、朝食にこれ食べてくれ」
「良いんですか!! これ美味しいですよね、ありがとうございます」
ドワーフ族のクックさんの作るグラニートと呼ばれるパンは、岩のように硬いけれど噛むほどに旨味が出てきて本当に美味しい。彼のお店には朝、昼、晩、と行列が出来るほどファンを獲得している。
「うん、焼きたてだからまだ柔らかくて……旨い!!」
アンナにバレたら買って来いっていわれそうだから内緒にしておこう。
「それにしても――――本当にこんなに大きな街を作るのだろうか?」
新しい街の大通り予定地は従来の町、つまり旧市街地がすっぽり入ってしまうほど広い。大型の馬車が何台もすれ違えるほどの幅で、何やらドワーフ族の人たちが地下に何かを作っている。通常なら何年もかかりそうなものだけど、本格的に冬が来るまでには最低限、今の住人が暮らせるだけの建物は完成するらしい。飲食店、薬屋、宿屋、商店、そして――――住民が利用できる公衆浴場などは、最優先で先行して建設されている。
「おはようございますルークさん」
「おはようございます、ラルク町長代理」
そして――――この人、町長代理のラルクさん。
トナリノ王国出身で、騎士団長を務めていた凄い人だ。ご自身も貴族家出身なのに傲慢なところはなくて、優しく気遣いの出来る素晴らしい上司。
最初はどうなるかと思ったけれど、私では千人を超える住民の指揮を執ることなど出来ないし、異なる種族をまとめる器もない、旧市街地代表がぴったり性に合っている。
「今日の議題は各種族の自治区ごとのルールの取り決めとその周知をどうするか、そして――――これからやってくる新たな住民への対応についてです」
町は活気に満ちていて、今は大きな衝突もなく上手くやっているが、やはり小さな問題は起きているし、今後、そういうことは増えていくだろう。新しい住民が増えれば尚更だ。
代表として旧市街地の住民たちをまとめ上げる必要がある、気を引き締めないといけない。
「皆さま、ネルフィさまからいただいた珍しいお茶とドワーフクッキーをお持ちしましたわ、どうぞお召し上がりになって」
会議をしていると、クレイドールさまが差し入れしてくれる。最初は驚いたが今は密かな楽しみとなっている。
こんなに可愛らしくて可憐なのに、めちゃくちゃお強い。さすがはあのグレイリッジ家の人間だと思う。
「ねえルーク、アンナ妊娠しているんですって?」
「あ、はい、産まれるのは年末頃になるかと――――」
「まあ!! それは楽しみですわね!!」
「はい、ですが……不安もありまして、町に医者が居ないのでもしものことがあったら、と」
これまでは産婆がいたのだが、先月高齢のため亡くなってしまったのだ。
「ああ……なんてこと!! そんな大切なことに気付かなかったなんて……安心してルーク、必ずお医者さまを連れてきますわ」
「あ、ありがとうございます」
クレイドールさまはやると決めたことは必ずやり遂げるお方だ、きっと他所の町から医者を呼んでくれるだろう。
「アイスヴァルト、病院も作りませんと」
「大丈夫だ、ちゃんと最優先で建設しているからな」
さすがアイスヴァルトさま、こうなることを予見されていたのだろう。このお方は本当に凄い、どこまで先を見ているのか想像すら出来ない。
「では後はお医者さまだけですわね、ゼロ、セリオン、出発の準備を!!」
「はいはい」
「ゼロ、何だその口の利き方は?」
クレイドールさまがゼロさま、セリオンさま護衛二人を伴って部屋を出て行かれる。
「あの……フィンさま、クレイドールさまはどちらへ?」
「山に決まってるだろ、や、ま」
「え? てっきりお医者さまを探しに行かれたのかと」
「だから医者を探しに山へ行ったのさ」
「は、はあ……?」
意味はわからないが、天才フィンさまがそう仰るのならそうなのだろう。フィンさまは、その凄まじい計算スキルでドワーフ族の魔道具開発に大きく貢献している。新しく作られた魔道具の多くは、フィンさまがいて初めて実現できたものらしい。最近は新しく出来る街の設計にも関わっていて、メイソンさまと一緒にいることが多い。
「おーい、クレイドールさまはいるか? 母上が主食穀物の候補を絞り込んだから来て欲しいって言ってるんだ」
エルフ族のシルフィさまが駆け込んでくる。彼女の母君は賢者ネルフィさま、リッジフォードの農業に革命を起こした救世主だ。
「お嬢さまは山に行った、代わりに俺が行こう、出来れば皆の意見も聞きたいから一緒に行ってくれると助かる」
主食穀物の栽培はアイスヴァルトさまの計画には不可欠、これが成功すれば食糧事情は一気に良くなる。
そろそろお昼時、きっと採れたての野菜が食べられるだろう。アンナも畑にいるはずだから一緒にランチと洒落こむのも悪くない。
ルークはひとりニンマリと頬を緩めるのであった。




