第十二話 魔石
エルフ族の賢者ネルフィは、リッジフォードの土地に合った野菜をピックアップ、マンドラゴラとお化けナス、イモブドウを植えたところ、あっという間に成長し、わずか三日で収穫可能なサイズとなった。
ちなみにマンドラゴラは大根のような植物で、魔素を養分として吸収し、どんどん足のような根が増えるので、根を一本残しておけば半永久的に収穫できる。お化けナスは、魔素を吸収してどんどん大きくなるので、一個で数十人分の材料として使えるし、イモブドウは、ブドウのように房状に実をつける芋の仲間だ。掘り出す手間がかからず、収穫量も桁違いに多い。
いずれもリッジフォードのように魔素が強い土地でなければ育たない希少品種で、生でも食べられるし煮ても焼いても蒸しても美味しい。栄養価も高く、摂取することで魔力回復効果もある。
予想以上の成果にアイスヴァルトは狂喜乱舞した。
「ふふ、アイスヴァルトったら子どもみたいに喜んでいましたわね」
町の郊外に新たに大規模な畑を作ったと聞き、クレイドールが見に行くと、ネルフィが何かを植えていた。
「ネルフィさま、今度は何を植えてらっしゃるんですの?」
「おやクレイドールさま、実はアイスヴァルトから頼まれて建材用の植物を植えているのです」
「建材用の……植物?」
そういえば……建材が足りないって言ってましたわね、クレイドールは思い出す。
「たとえばこの花、ストーンフラワーっていうんですが、成長すると大きな石の花を咲かせるんですよ。そして――――こっちが成長株、とにかく成長が早くて放置すると大変なことになるんですが……木材として非常に有用です。あそこに植えたのは、コンクリ、見た目は毬栗のようですが、中にどろどろのペースト状の果肉が詰まっていて、食べられませんが固まると石と同じくらいの強度の建材になるのです。隣にあるアスファルウッドの樹液も道の舗装や防水加工に使えるんですよ」
「よくわかりませんがすごいですわ!!」
ネルフィの話では、この後ドワーフ族とエルフ族が総出で更に畑を拡張するらしい。
クレイドールは邪魔になっては申し訳ないと、その場を離れて屋敷へ戻る。
「うーん……やはり難しいか……」
「ああ、この規模だとそれなりの魔石が必要になる」
何やら広間でアイスヴァルトとメイソンが難しい顔で設計図を睨んでいる。
「何か問題でもありましたの?」
「ああ、お嬢さま、新しい街なんだが……色々便利にしようと思うと通常の魔石では賄いきれなくてな……もっと大きな魔石が手に入れば良いんだが、そもそも市場にほとんど出回らないからそう簡単には手に入らないんだ」
「魔石って……魔獣や魔物の心臓のことですわよね?」
魔獣や魔物はコアと呼ばれる心臓部に、魔力が集まって結晶化した魔石という固形物を形成する。一般的に長く生きたり、強力な個体ほど大きな魔石を持っていることが多いとされる。
「ああ、お嬢さまが狩ってくれた魔獣から手に入れた魔石を使う予定なんだが、たとえば街を守る結界を維持するにはもっと大きな魔石が必要なんだ」
現状のサイズの町ならば問題ないが、アイスヴァルトの目指す都市計画は規模が違う。
「大きい魔石でしたらありますわよ?」
「ほ、本当かっ!? 倉庫には無かったが……?」
「いえ、食料貯蔵庫に行けばたくさんあるはずですわ」
なぜそんなところに? アイスヴァルトとメイソンは半信半疑で食料貯蔵庫へと向かう。
「ここですわ」
食料貯蔵庫には大きな樽が並んでいた。塩漬けにした野菜や肉が入っているはずなのだが。
「まさかこの中に入っているのか!?」
「いえ、上ですわ」
「上? って……まさか……!!」
樽の上にあるのは大きな漬物石――――のはずだが?
「「ま、魔石っ!?」」
巻いてある布から取り出して、アイスヴァルトとメイソンは腰を抜かす。
貴重な魔石を漬物石にしていたから、ではなく、驚いたのはその大きさ。魔石は通常小指の爪くらいのサイズから高級品扱いとなり、拳大のサイズともなれば最上級品となる。アイスヴァルトとメイソンが探していたのは、この最上級品クラスだったのだが……
ここにあるのは、大人が両手で抱えてやっと動かせるサイズ。いったいどんな魔物の魔石なのか想像もしたくない規格外である。
「お嬢さま……まさか、他の漬物石も魔石なのか?」
「ええ、お父さまたちがいつも使い道がなくて困っていたから、私が考えたのですわ」
ふんすと胸を張るクレイドール。
「こ、これだけのサイズがあれば……あんなことやこんなことも……!!」
「た、たしかに!! すごい!! これはもう一度計画を練り直さなければ……!!」
興奮して目が血走っている二人。
「あの……他にもあるのですが使います?」
「え? まだ他にもあるのか!?」
「ええ、漬物石に丁度良いサイズのものだけ使ってますの、後は庭のオブジェになってますわ」
「ここは私の秘密の庭園なのですわ」
「「…………」」
初めて入るクレイドールのプライベートガーデン。二人は言葉を失って固まる。
敷き詰められた石はすべて魔石、光輝く池の中にも魔石がこれでもかと転がっており、腰かけ用の岩や段差も花壇もすべて魔石で作られていた。
「せっかく綺麗だから捨てるの勿体なくてこうやって集めていたのですわ」
一番小さなものでも拳大はある。大きなものは三メートルくらいある。
「な、なあお嬢さま、あの巨大な水色の魔石……あれは何の魔石なんだ?」
「あれはたしか……お父さまたちが海へ行ったお土産で狩ってきた水竜? たしかシーサーなんとかっていう魔物ですわ」
シーサーペント。危険度SSSランクの海棲ドラゴンの一種だ。アイスヴァルトの知る限り、討伐された記録はほとんど無いので確認しようがないが、この魔石ならそうだろうと納得するだけの存在感と説得力がある。
「あれ使ったらどうなるメイソン?」
「街どころか国全域に水道回して水路、公衆浴場、使い放題にしても余裕だな……」
魔石は色によって属性が異なる。青系の魔石は水属性、水を生成する魔道具のコアとして使用すれば、水に困ることはなくなる。
ちなみに赤いものは火属性、黄色いものは雷属性、どちらも先進国の王宮や貴族の屋敷では火や灯りとして使われている。もちろんこんな大きな魔石ではないけれど。
「お手柄だお嬢さま!! よくやってくれた」
「まあ!! まさか魔石が役に立つなんて思いもよりませんでしたわ」
そういえば……このグレイリッジ領には魔石を利用している形跡が全くなかったな……と今更気付くアイスヴァルト。
「なあお嬢さま、お嬢さまがこうやって使う前って魔石どうしていたんだ?」
「たしか……土に埋めていたって言ってましたわね」
土に……埋めていた!?
「な、なるほど……なぜリッジフォードの土が異常に魔素が強いのか理解した」
アイスヴァルトとメイソンは、互いに顔を見合わせ苦笑いするのであった。




