第十一話 エルフ族
「ゼロ、エルフ族を探しますわよ!!」
「……いやいやお嬢さま、エルフ族なんてそう簡単に――――」
「お前たち、止まれ!! ここから先は神聖なエルフ族の領域だぞ」
「ご近所に居たー!!!」
「わあ!! 耳が尖ってますわ!!」
「貴様ら……他人の話を聞いているのか?」
整った端正な容姿、美しいブロンドの髪、そして――――尖った耳、エルフ族は山奥に住む森の民である。おとぎ話にはよく登場するが、実際に出会うことは稀であり、幻の民といわれている。
「ごきげんよう、エルフさま」
「シルフィだ」
「シルフィ!! 良いお名前ですわね」
「だ、だろう? 尊敬する母上が付けてくださったのだ」
「まあ……シルフィのお母さまは素晴らしいですわ!!」
「そうなのだ!! 母上はあらゆる植物に通じていて森の賢者と呼ばれている」
「素晴らしいですわ!! ぜひお会いしてお話を伺いたいですわ!!」
「……申し訳ないがそれは難しい」
(だよな……エルフ族といえば、ドワーフ族とは比べ物にならないほどの人間嫌いで有名だ。さすがのお嬢さまも今回ばかりは――――)
「母上は病気なのだ……」
表情を曇らせるシルフィ。
「まあ……なんてことかしら、何かお役に立てることはないですの?」
「お前……良いヤツだな」
「クレイドールですわ」
「クレイドール、気持ちはありがたいのだが、母上の病気は特殊でな、長老の話ではブラックミスリルの粉末を飲ませる必要があるらしい……だが、ブラックミスリルなんて幻の石、どうやったら手に入るのか見当もつかない……それでも居ても立っても居られないから、こうして探しに来たんだ」
「まあ!! それなら私、持ってますわ、差し上げますからお母さまに飲ませて差し上げて」
ブラックミスリルを差し出すクレイドールに、シルフィは目をぱちくりする。
「こ、これが……ブラックミスリル? そんな貴重なもの……良いのか?」
「もちろんですわ、困っている方のお役に立てるなら嬉しいです」
にこにこ微笑んでいるクレイドールをじっと見つめるシルフィ。
「対価は何を支払えば良い?」
「必要ないですわ」
「そういうわけにはいかない、エルフ族は誇り高い種族、施しは受けない」
「では、お母さまにぜひお話を伺いたいですわ」
「……それだけで良いのか?」
「ええ、ぜひ」
「わかった、ついてこい」
「クレイドールさま、なんと御礼を言ったらいいか……」
シルフィの母で森の賢者ネルフィが頭を下げる。神々しいまでの美しさ、もはや神話の女神が地上に降臨したのではないかと、ゼロは錯覚する。その翡翠色の瞳はどこまでも深く聡明な輝きをたたえている。
(おいおい……まさかネルフィって、建国神話に出てくるあの伝説のエルフじゃないよな? いや、さすがにそれはないか……あれ千年くらい前の話だからな)
「いいえ、お役に立てて光栄ですわ、賢者ネルフィさま」
「おかげで母上が元気になった、クレイドールさまは命の恩人だ、感謝する」
シルフィも涙ながらにクレイドールに抱きつく。
「ところで私に話を聞きたいと?」
「はい、実は――――」
クレイドールは、領地の作物が上手く育たないことを相談する。
「……なるほど、でしたら実際に見た方が早そうですね」
スッと立ち上がるネルフィ。
「母上っ!? 無理されてはお身体が!!」
「大丈夫ですよシルフィ、かつてないほど調子が良いのです。ずっと寝てばかりいましたから少しは動かないと足に根が張ってしまいます」
「それなら良いのですが……クレイドールさま、私も一緒に行くぞ」
「もちろん大歓迎ですわ」
(……展開速いな)
もう驚かないゼロであった。
「……原因がわかりました。この土地は魔素が強すぎるのです」
土を調べていたネルフィによれば、魔素を多く含む土壌では通常の農作物は上手く育たないらしい。
「なるほど……原因はわかりましたが、困りましたわね」
土が悪いのであればどうしようもない。
「大丈夫ですよクレイドールさま、それならば魔素を好むものを育てれば良いだけです」
「魔素を好む農作物などあるのですか?」
「ええ、種をお分けしますので一旦戻りましょう」
一行はラージオオカミのヴォルツに乗ってエルフの領域に戻る。
「た、大変です賢者さま!! ダークトレントが眠りから覚めて暴れています、このままではこの森が――――」
「なんですって!?」
エルフの森は大騒ぎになっていた。数百年前、ネルフィが封印したダークトレントが目覚めたというのだ。
「くそっ、母上の病気はダークトレントのせいなんだ……せっかく治ったのに……」
「ダークトレントだってっ!? 危険度Sランクの魔獣じゃねえか……しかも毒までもってやがる災害級――――」
さすがのゼロも動揺する。対人では無敵のゼロだが、魔獣討伐は専門外、一般的にトレント系の魔獣は火に弱いが、このクラスの魔獣には生半可な火力は通用しない。最高クラスの魔法使いによる火炎魔法なら話は別だが。
「仕方ありません……私がもう一度封印を――――」
数百年前、壮絶な死闘の末ギリギリで封印したダークトレント、今回も上手く行くとは限らないが、ネルフィがやらなければエルフの森は滅ぼされてしまう。
バキイイイッ ドガアアアアン バキバキッ メキメキッ バキッ、ボキッ
「「「「…………」」」」
クレイドールによってダークトレントがバッキバキにへし折られて薪の山になってゆく。
「ネルフィさま、この木材、何かに使えますの?」
「え? え……ええ、万能解毒剤になりますし、燃やせば半永久的に使える薪にもなりますが……」
呆然としているネルフィや長老以下エルフ族の人々。
(ま、マジかよ……強いと思っていたけど、ここまでとは……)
ダークトレントが危険度Sランクとされているのは、その強靭なボディだ。剣も矢も通じない、ミスリル製ですら傷を付けるのがやっと。それだけにダークトレントの樹皮は極めて優れた防具として天井知らずの値で取引されている。そもそも滅多に討伐されないので、市場に出回ることがほとんどないからだ。
そんなダークトレントを素手でへし折るとかあり得ないのだが……ゼロはもうクレイドールについては鈍感力を極めている。
「そうですか!! では素材は半分ずつでよろしいですか?」
「え? いえいえ、倒したのはクレイドールさまですから、全部お持ちください」
「いいえ、ネルフィさまが弱らせてくださっていたから退治出来たのです。見た目より柔らかかったですし」
「や、柔らかかった!? あ、あはは……そういうことでしたら、少しだけいただきますね、エルフ族は薪を使わないので、解毒剤用にいただきます。その代わり、クレイドールさまの分も万能解毒剤作らせていただきます」
素材があっても調合、精製出来なければ意味がない。万能解毒剤を作れるのはエルフ族でもごくわずかなのだ。
(万能解毒剤ってあらゆる状態異常も治しちまうとんでもない代物だよな……)
オークションに出品されればおそろしいほどの値が付く。
「な、なあ、ネルフィさま、この量だとどのくらい万能解毒剤作れるんだ?」
「そうですね……最低でも千本は作れるかと」
「へ、へえ……」
もう考えるのをやめるゼロであった。
「え? 移住してくださるんですの?」
「森を捨てるわけではありませんが、農作物のこともありますし、私たちの住みやすいようにして良いということならぜひ。我々エルフ族は魔素が強い土地を好みますので」
森の管理は継続しつつ、農作物の指導や世話もしてくれるらしい。エルフ料理を振舞うお店や薬屋もやるんだとエルフ族も皆張り切っている。ネルフィによれば、リッジフォードはエルフの森よりも魔素が強いのだとか。
こうして――――エルフ族二百名が新たな住人となるのだった。
――――現在のリッジフォードの人口約千百人




