第十話 ドワーフ族
「おじさまっ、ぜひドワーフ族の里に入りたいのですが?」
「……悪いが入れるわけにはいかねえ」
(チッ……やっぱりそうなるよな……)
ゼロは舌打ちする。ドワーフ族は気難しい、人里に降りてきている比較的友好的なドワーフ族ですらそうなのだ、里に外部の、それも人族を入れてくれるわけがない。
「……散らかっているからな、お嬢ちゃんが怪我でもしたら危ねえ……ちょっと待ってろ」
「まあ……いきなり押し掛けましたのに、ありがとうございます!!」
(ドワーフ族、めっちゃ優しいっ!?)
ガチャン ドカン ガチャガチャ 里の中からすごい音が聞こえてくる。どうやら慌てて片付けをしているらしい。
「ここで待ってろ……すぐ長が来る。これは……ドワーフクッキーだ、食え」
「わあ!! 美味しそうですわ、ありがとうございます、ドワーフのおじさま」
「……遠慮せず食え」
「うわあ!! 美味しいですわあ!!」
「……ドワーフケーキも食うか? すまん……飲み物がまだだったな」
(ドワーフ族チョロいなっ!?)
たしかに気難しいのかもしれないが、どう見ても可愛い孫娘を甘やかすおじいちゃんだ。ゼロは呆れながらクッキーを口にする。
「なんだこれっ、美味っ!?」
「だろう? ほれメイドの嬢ちゃんもケーキ食え」
「いただきます!! うおっ、ケーキも美味っ!?」
むしろ武具よりもこっちを特産品にした方が良いんじゃないかと思うゼロであった。
「待たせたな、わしがこの里の長スミスだ、鍛冶師をしている」
見るからに貫禄のあるドワーフが出てきた。
「スミスって……まさか、伝説の鍛冶師スミス!?」
「ほう……メイドのお嬢ちゃん、わしのことを知っているのか……クッキー食べるか?」
「あ、ありがとう」
心なしか嬉しそうなスミス。足取りも軽く上機嫌に見える。
「まあ……そんな凄い方とお会い出来るなんて光栄ですわ!!」
「ふぉふぉふぉ、ただのジジイだ、おい、ケーキをもっと持ってこい!!」
(おお……長めっちゃご機嫌だな……)
運ばれてきたケーキとお茶を自らクレイドールとゼロに配膳するスミス。
「それで――――どのような用件かな?」
クレイドールから説明を受けたスミスは難しい表情を浮かべる。
「街づくりと鍛冶の町か……面白そうではあるが……町には鉱山がないだろう? ここには鉄鉱石の鉱脈があるし愛着もある。簡単に離れることは――――」
「そう……ですか、リッジフォードにはミスリル鉱石しかありませんから仕方ありませんわね……」
「よし、行こう!!」
「……え?」
「全員準備しろ!! ミスリル鉱石が待ってるぞ!!」
「「「「うおおおおおおおおっ!!!!!!」」」」
(チョロい……チョロ過ぎないか……ドワーフ族……)
「良かったですわね、ゼロ」
「あ、ああ……そうだな」
「あ、そうだ……スミスのおじいさまはこの黒い石を加工できますの?」
「黒い石? どれ、見せてみろ――――ってこれはブラックミスリルじゃないか!!」
「ええ、この石もたくさんあるので、もし加工出来たら嬉しいのですが」
「……これは夢か? お嬢ちゃん、ちょっとわしを殴ってくれ」
「ば、馬鹿っ、やめろ――――」
バキイイッ ドガアアアアン パラパラ……
ゼロが止めようとしたが間に合わず、スミスは壁にめり込んで気絶した。
「だ、大丈夫ですか、スミスのおじいさま?」
「ハハハ、伊達に鍛冶で鍛えていないさ、このとおりピンピンしている」
(いや……あばら骨何本かいってるだろ……格好つけやがって……)
それにしてもなんて馬鹿力だよ、と戦慄するゼロ。スミスでなければ骨折では済まなかっただろう。
「おお……ブラックミスリルをもたらし長をワンパンで屠る……まさに言い伝えの女神ブリギッドそのものではないか!!」
「女神ブリギッドの化身だ!!」
ドワーフ族のクレイドールに対する扱いが可愛い孫娘から女神の化身にランクアップした。
「では出発しよう、女神さま」
(いつの間にかお嬢さまが女神になってる……)
必要な道具はゼロのアイテムボックスに入れてある。およそ二百人のドワーフ族を引き連れクレイドールとゼロは、意気揚々とリッジフォードに凱旋するのであった。
「アイスヴァルト、ドワーフ族の皆さまを連れてまいりましたわ」
「……は、早かったな?」
クレイドールのやることには慣れているつもりだったが、気のせいだったようだ。アイスヴァルトは気を取り直してドワーフ族と向き合う。
「良く来てくれた、グレイリッジ領はドワーフ族を歓迎する。さっそくで悪いが、ぜひ意見を聞きたい、これから打ち合わせできるだろうか?」
「ああ、問題ない、女神さまのために死ぬ気で働こう」
「……女神さま?」
はてなマークを浮かべるアイスヴァルトだったが、ドワーフ族が協力的な姿勢を見せてくれるのは嬉しい誤算だ。
「アイスヴァルト、私たちは何をすれば?」
「え? いや、お嬢さまは大役を果たしたのだから休んで――――」
「そうはいきませんわ!! まだまだやれます!!」
クレイドールは鼻息を荒くする。何日もかかるかと思ったら、山道を散歩してお茶とケーキをご馳走になって終わってしまった。これでは一生懸命働いている領民や皆に申し訳が立たない。
「はあ……そうだな、グレイリッジ領は農作物の生育が良くない、エルフ族ならば何かいい方法を知っているはずなんだが……少し調べてみてくれ」
「わかりましたわ!! エルフ族を連れて来ればいいのですわね!!」
ふんす、と張り切るクレイドール。
「あ、いや……そこまでは言ってない――――」
言い終える前にクレイドールたちは出発してしまった。
「まあ……良いか」
アイスヴァルトは、ドワーフ族と話し合うため屋敷へ向かうのであった。
「どうだったメイソン?」
アイスヴァルトは、視察から戻ったメイソンに尋ねる。
「町を一通り見てきたが、これなら一から作った方が早いな」
メイソンは土木工事・建築方面におけるドワーフ族のリーダーだ。過去には王都の建設や大規模な河川工事などを指揮しており、土木建築の生ける伝説とまで言われている凄腕ドワーフである。
「俺も同意見だ。メイソン、グレイリッジ領は近い将来生まれ変わる。領都リッジフォードはどの国のどの町にも負けない先進性を兼ね備えた街にしなければならない」
「それは――――帝都よりも、か?」
「当然だ」
アイスヴァルトは、過去にメイソンが帝都の建設に携わっていたことを知っている。
「それは――――ずいぶんとやり甲斐があるな」
ニヤリと笑うメイソン。過去の自分を超えること、向上心は職人にとっての血肉だ。しかも――――ここでは言われたことをやるのではなく、一から好きにやらせてもらえる。燃えないわけがない。
「任せておけ、俺がリッジフォードを大陸一の街にしてやる」
誰もそこまで頼んでいないのだが、やる気が上限突破している執事によって――――辺境に先進都市が誕生しようとしていた。




