(3)王太子オスヴァルト
やっと更新です。
領地の差配を兄のヴォルフラムと叔父のアダルフォに、弟ウルリックの世話をアダルフォの妻ウィノラに任せると、両親とコリンナは慌しく古びた馬車に乗り込んで翌朝王都へと向かった。
襲歩で駆ければもっと早く着くだろうが、まさか仮にも婚約者への打診に返答する為に令嬢本人が馬で他領を走り抜ける訳にはいかないだろう。
しかもウルフィアズ家の者がそれほど急いでいるともなれば、下手すれば魔獣か隣国の襲撃でもあったか、と周囲を狂乱させてしまうのは目に見えているため、あえてのんびり馬車での移動であった。
当初は我が家らしく持参したテントで野営の予定だったが、魔獣討伐で父を良く知る地方騎士や母の作った薬に世話になったという者などが自宅へ泊まるよう声をかけてくれたため、王都まで宿代もかからずに快適な屋内で眠ることが出来た。
これまで自領から殆ど出たことのなかったコリンナは、両親が他領でも慕われていることに驚くと共に、胸を熱くしていた。
王都では王領での魔獣討伐で父と意気投合したという騎士の家に泊めてもらい、彼の妻から安くて見栄えのする中古ドレスを扱っている店を紹介してもらうこともできたコリンナたちは、期限の2週間でなんとか登城できる程度の体裁を整えることが出来たのだった。
そして、王家から指定された今日。
未だに何故婚約打診なのかと混乱している両親に付き添われたコリンナは、国王陛下と王妃殿下、そして王太子オスヴァルトと王城の応接室で謁見することになった。
まずは母やコリンナに先立って、父と国王陛下が話すということで、コリンナにとっては豪華すぎて身の置き所が分からない応接室に母と二人で待っていると、しばらくして困惑顔の父が戻って来た。
「お父様、どんなお話だったのですか?」
「うーむそれがなぁ…陛下のお話では、どうやら今回のお話は王太子殿下からのたっての希望なのだそうだ。コリンナ、お前本当に王太子殿下にお会いしたことはないのか?」
「ええ?!だ、だって王都に来たのだってお父様と10年前に来たあの一度きりだし、うちの領に王太子様が来られたなんて話も聞かないわよ…」
「だよなぁ…?」
「ラオ、コリンナ、とにかくお会いしてお聞きしてみるしかないのじゃない?」
コリンナも父も首を傾げるが、どちらにしても母の言う通り聞いてみるしかないだろう。
壁際のコンソールに置かれた美しい時計がコチコチと鳴らす音がやたらと耳について、コリンナはもちろん父ラオウルさえも緊張で耳はヘタリと倒れ、尻尾も垂れ下がってフルフルと小さく揺れている。
本来ならば王族に拝謁するのならば耳や尻尾は消しておく方が良いのは分かっているが、緊張してしまってコリンナにはうまく消せそうになかった。
それから10分ほどして先触れのために侍従らしき男性がノックをするまで、コリンナはもう一度必死にどこかで王太子殿下にお会いした可能性があっただろうかと己の記憶を呼び起こしてみたが、やはり心当たりはなかったのだった。
扉を開いて現れた国王一家は、噂に違わぬ美しいご家族で、コリンナはもちろん両親も気後れしているのが伝わってくる。
流石に高貴な方は見た目だけでなく匂いまで良いらしく、三人が現れた途端に油断するとうっとりしそうな、それでいてどこか懐かしい匂いが部屋に満ちた。
王太子殿下であろう青年はソファに座るコリンナを見つけると、ブルーグリーンの瞳をキラキラと輝かせて嬉しそうに微笑んだ。
そんな彼からは爽やかなのに少しだけ甘さを含んだ匂いがしてくる……イケメンは匂いまで良いのだろうか。
コリンナたちは立ち上がり、マナー通りの美しいお辞儀をした。
ウルフィアズ家の者は普段あまり他家の貴族にすら会うことはないが、一応家の方針で貴族としてのマナーは一通り身につけてはいた。
とはいえ、王族に正式に拝謁するにはやはり不安しかなかったので、この一週間親子三人で何度も練習を重ねてきたのだ。
コリンナなどは揺れる馬車の中でも練習したので、緊張していても体幹がぶれることもない美しい挨拶ができたはずだ。
互いに挨拶を交わしたあとソファに座った陛下に、座るよう促され恐る恐る向かいあうソファにコリンナたちは腰を下ろした。
「ウルフィアズ男爵、男爵夫人、この度は急な申し込みで驚いたであろうな」
「はっ…正直に申し上げれば先程申し上げました通り、驚いたのはもちろんですが陛下が私を何か極秘で呼び出したい件でもあったのかと…もちろん先程陛下から王太子殿下のご希望であったと伺いましたが、理由がどうにも…」
汗を拭きながら話すラオウルの耳はすっかり後ろ向きに伏せている。
母は人族なのでもちろん耳はないが、コリンナ自身もおそらく同様に耳は伏せているだろうと思う。
何より、先程からずっと王太子殿下に見つめられて恥ずかしいので視線を俯けたいが、視線を外すのはマナー的に好ましくないので熱くなりつつある頬を気にしながら、必死に微笑み返しているのだ。
気まずさからドレスの中では尻尾がファサファサと小さく揺れている。
「ははは、なるほど。無理も無いか。オスヴァルト、お前から説明したほうがよかろう」
「はい、父上。まずは突然あのような形で婚約の申し込みをさせて頂きましたこと、ウルフィアズ男爵家の皆様には申し訳なかったと思っています」
「おお?!王太子殿下に頭を下げて頂くなど!」
父は恐れ多いとばかりにフルフルと首を左右に振り、お前が何か言えとばかりにコリンナの方に視線をチラチラと投げてくる。
一方のコリンナも、自分のことであるので聞きたいことは色々ある。
言葉使いなど咎められたりしないだろうかと、少々ビクビクしながらも、こちらを真っ直ぐ見つめる綺麗な瞳を見上げながらコリンナは思い切って話しかけて見る事にした。
「王太子殿下。あの……確かに驚きましたが、私などにはもったいないほどのありがたいお話だと思っておりますので、謝ったりしないでください」
「そうか。ありがとう。実は今年のデビュタントの夜会でウルフィアズ男爵令嬢にお会いできたら、その時に直接婚約のお話をさせて頂こうと思っていたのです」
王太子殿下に頭を下げさせるなんてとんでもないと焦るコリンナだったが、微笑みながら答えた美貌の王太子の眩しさと発言に思わず怯みそうになった。
彼の言うとおりならば、彼は少なくともデビュタント夜会の頃には既にコリンナへ求婚するつもりだったということになる。
ますますコリンナにとっては謎が深まっていくのだが、とりあえずは王太子殿下に返事を返さねばならない。
貴族たるものこういうときに会話を途切れさせてはならないのだと、隣国の祖母から厳しく教えられていた。
「デビュタントの?そうだったのですね……あの、我が家はこのような家系ですので、代々デビュタントも含めて王都の社交は行わないのです」
「ええ、その夜会の後にそのように教えられました。ようやく貴女とお会いできるものだとばかり思い込んでいたので、あの日はガッカリしてしまったのですが、確認していなかった私の落ち度でした」
ションボリと肩を落として少し眉を下げた笑みを零す王太子殿下は、なんだか凛々しい人のはずなのに可愛らしく見えてしまった。
うーん、それにしても……ようやくってなんですか!?
文脈的には、ものすごく待ち望んでましたって意味だと思うのだけど、何故にその対象が田舎貴族の獣人令嬢である自分なのかは理解に苦しむほかない。
「どうしても分からないのですが……殿下は何故、私と婚約しようと思われたのでしょう?」
「私は当時とかなり容姿が異なりますので、ウルフィアズ男爵令嬢が分からないのも無理からぬことかと思いますが、私たちは10年前にこの王城で一度お会いしているのです」
「え?私と王太子殿下がこのお城で、でございますか?」
確かにたった一度王城へ来たのは10年前だ。
けれども、こんな美しい人に会った記憶はないはずだ。
「正確にはこの城の中庭にある薔薇の迷路でお会いしました。ウルフィアズ男爵令嬢は覚えていらっしゃいませんか?それから、できれば私のことはオスヴァルトと呼んでくれたら嬉しいです。」
「恐れ多いですが、では…あ、あの…オスヴァルト殿下、私のこともコリンナとお呼び頂ければ…」
「ありがとう、コリンナ嬢。どうでしょう、思い出せそうですか?」
「薔薇の迷路…」
呟きながら、コリンナはもう一度10年前のことを思い返した。
記憶を思い起こすのを手伝うかのように、少しだけ開いた窓から薔薇の華やかな香りが微かに室内に広がっていた。
短くてすみません。
次は10年前回想回です。
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