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 ◆ テストプレイ2 ソード・オブ・マジック

 別のワールドに移動するのは簡単だった。

 ホームに備え付けられているPCからワールドのIDを入力し、登録。そうすることで、ゲーム内から別のワールドに飛ぶことが出来る。わざわざログアウトをすることも必要ない。

 それはこのゲームが、つまるところ一つのゲーム内であるということだからだ。

 このゲームでは自分の好きなワールドを作ることが出来る。そういう特性は、こういう場面でも活きた。自分のワールドはこの眼の前にあるPCを擬似サーバとして使用することで作成可能だが、同じくすでに存在している公式ワールド、あるいは有志が作成して配布しているワールドは、検索することでダウンロードが可能となっている。

 だから僕も、まるでユーチューブで好きなアーティストの楽曲を検索するような気軽さで、この『ソード・オブ・マジック』をダウンロードし、そのゲームへログインすることに成功した。


 吐き気を催すようなブラックアウトもそこそこに、光が冴えた。

 自然の青さが目に染みた。

 草が風で揺れ、樹木の葉が舞う。木の葉から透ける日差しが、そのコントラストもそこそこに僕の顔に降り注いでいた。

「ここが、ソード・オブ・マジック……」

 僕は芝生に寝転がる形でこの世界にスポーンしていた。どこぞのアメコミのスーパーヒーローになったわけではなく、僕はこの世界でのゲームを開始したのだ。

 ゆっくりと立ち上がって世界を見渡す。胸いっぱいに吸い込む空気は、ほとんど気のせいなのだろうけれど、妙に清々しくて心地よかった。まるで息苦しい都会から自然の良い田舎へ旅行にでも来た気分だった。

 僕が寝転がっていた芝生は小さな丘になっていて、近くにはほどほどに伸びる立派な大木。

 少し下った先に車一台は通りそうな舗装のされていない道が伸びていて、視線の先には石造りの塀で囲まれた街らしきものがある。

 メニューウィンドウを開き、ステータスを確認する。

 レベルは一ニ○。職業は『駆け出しの一兵卒』。装備は『ブロードソード』と『青臭い革鎧』、『牛革の盾』のみ。それぞれの数値は一兵卒――いわゆる無職状態でのレベル一ニ○のものに変換されているが、それほど大きな変化はない。この世界においての『凡人』は無職同様なのだろう。

 とはいっても、スキルには攻撃、防御以外のものはなく、援助や回復系のスキルが一つもないのを見るに、どうやら何らかの職業につくのが一般的なのかもしれない。

「スキル、オン」

 言えば、視界内にスキルウィンドウが展開される。

 なるほど、このシステムは共通らしい。僕はウィンドウを閉じて、改めて大きく伸びをした。

 この世界に来たことは間違いなかった。

 清々しい空気。綺麗な景色。美しい自然。僕はそれを『実際に体験』して、そう思った。

 思ったところで、ふと僕は吹き出した。

「実際に体験、か」

 確かにその言葉に間違いはない。が、まるで旅行にでもきたような気軽さで漏れた言葉に、僕はすっかりこの生活に順応してしまったことを理解した。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 どんな醜悪な環境だろうが、三年も居ればやがて慣れる。この慣れというのが厄介なもので、物事すべての判断力を鈍く、末には奪い尽くす。

 慣れてはいけないというものではない。むしろ慣れたほうがいい。

 でなければ、僕はあの時――シブヤに一人残された時に、狂っていただろう。

 もう狂っているのかもしれないが、もうそうなればどうにでもなれだ。

 僕はゆっくりと歩き出す。小丘を降りて、道を進む。

 チュートリアルは機能していないか、あるいは街で発生するのかはわからない。いや、ないのだろう。シブヤでもなかったんだ。こっちのゲームだけ優遇されるわけはない。

 となれば、ゲームシステムも大きな変化もないはずだ。

 どこか大きなダンジョンがメインで据えられていて、それを攻略しつつメインクエストをこなす。職業ごとに存在するサブクエストをクリアして専用装備やスキル、レベルキャップの解放を行う。

 そういえば、こっちの世界ではデバチの影響はなかったのだろうか。

 あのシステムの製作者――プライドが言うに、あのシステムはウイルスのように接触することを契機に発動する。そうなれば、どちらにせよそれはシブヤだけで完結するはず。まさかβ版のオンゲで、それぞれの世界を行き来する者も居ないだろう。

 ならば三年前までは、この世界には普通に多くのプレイヤーが居たはずだ。

 おそらく、僕がマスター権限を得るその時までは。


 そうは言っても、やっぱり新しいゲームというのはワクワクするし、新鮮で楽しかった。

 街はいかにも中世の西洋を思わせる作りで、フランスやそこいらに観光に来ているような気分になる。けれどそれを払拭させてくれるのは、鎧姿のNPCや街を闊歩するエプロンドレスの給仕風の女や、店先で優雅に紅茶を嗜むドレス姿の貴族風の女達。

 ここまで手の混んでいるのはゲームか、テーマパークくらいだろう。

 ここがリアルじゃない限り、それは前者でしかない。

 僕はひとまず自分のホームへ行くことにした。

 マップが示すのは街の最奥部にある兵舎。大きく長い牛舎群のような建物の一室がそうだった。

 中は質素なもので、簡素なベッドに、アンティーク調のランプが置かれたテーブル、その上に黄ばんだ古びたノート。そして簡単な給仕用のシンク台と蛇口があるくらいだ。

 そして、ノートのすぐ近くにはまるで最初からそこに居たようにトモちゃんんが居た。

「おかえりなさいませ、マスター」

「おかえりなさいっても、俺がここに来たのは初めてだよ」

「レベル一ニ○の一兵卒が、ですか?」

「はは、歴戦の勇姿が軍に編入されてももうちょっと位は高そうだけどね」

 そんな会話が、僕には心地よかった。

 やはり一人でいるということはこの上なく毒なのかもしれない。そうなると、今までインドア派をうたっていた僕だけれど、どうにも引きこもりにはなれないようだ。

「さて、チュートリアルを受けますか?」

「いや、いいよ。ここを攻略するつもりはないし、クエストも多分、ろくに機能してないでしょ」

「そうですね。ダンジョンやフィールド、NPCとの会話以外、なんのフラグも立つようにはなっていません」

「となると、何かしらのイベントが発生すれば」

「ええ、虫ではありませんが」

「うん、バグ、なんだろうね」

 僕はそうして、何か楽しいこと――バグを探しながら、ひとまずはそういうことを目的にこの世界を過ごしてみることにした。

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