◆息抜き
「ごめん、全然問題なかったよ」
シブヤ駅前に戻ってきた僕は、呼び出しを待っていた二人にすぐに謝罪をした。
「こっからでも向こうが見えりゃ問題ねえんだがよ、心配したぞ。殺されるかと思って」
「いやまあ、一度は殺されたよ」
「ええっ」
タミヤの驚いた顔を楽しく眺めながら、先ほどの顛末を話した。
エースアタッカーの実態について。そして例のソロプレイヤーについて。
彼らもそれについて得ている情報はないらしく、ただ頷くだけだった。
「そんなの居るんですねえ」
とタミヤは他人事のように言いながら、マカロンを頬張っていた。
なんかムカついたので、両手で膨らんだ頬を挟むようにして叩く。彼女はぶっ、と口から咀嚼中のマカロンだったものを吹き出した。
「なっ、何するんですか!」
「他人事かよ、僕らはいつでも誰のことでも自分のことだろ! 他の誰かがどうなろうと、僕らだけは真剣でなくちゃならないはずだ。世界の崩壊は僕らの危機だ、マカロンの製造停止と同じだぞ!」
「ふわっ」
適当に零した言葉になぜか感化されたらしいタミヤは、謎の声を上げていた。
「わ、私はどうすればいいですかねっ」
「君がいますべきこと、それは……」
「はい!」
「特にないね」
「えぇ~」
「じゃあこれあげようか?」
言いながら、僕は右手に拳銃を出す。心に花束も、唇に火の酒もないけれど。
「うぇっ、いやいや、いらないですって」
「じゃあクライスは?」
「それがイサカなら欲しかったけど、いらねえや。コルト・パイソン持ってるし」
ほれ、と言って彼は片手にリボルバーを出す。比べると瓜二つの二挺。違うところといえば、ツールのほうが黒いという所だけだった。
「誰も欲しがらないな……」
僕は言いながら、『譲渡しますか?』という選択肢に『No』を選んだ。
「ま、今日はこんなとこだね。ご飯でも食べようか」
時刻は十二時を過ぎている。ちょうどお昼時だ。
だからといって、人気の飲食店に行列ができる事も、ましてや席の取り合いになることもないのだけれど。
「――というわけなんだよね」
食後は、ライトにも伝えることにした。
特に急ぐことではないから、こうしてゆっくりしてもドヤされない。逆に直接会いに行けば、何をしたってフードにケチつけられるのだけれど。
『ソロプレイヤーねえ……見たことないわね』
「そっか」
『でも、ありがとう。結果的に、このぐらいの時期にあなたが行ってくれたのが功を奏したのかも』
「そうかもね。リーダーも同じ凡人タイプだったから、親近感もあっただろうし」
『あ、それとは話が変わるんだけど』
「ん、なに?」
また他のバグか、と思いながら僕は辺りを見る。
ハチ公前、少し離れた位置でクライストタミヤが話している。周囲に特に変化はなく、人が減っている様子もない。
『今度、遊ばない? たまの息抜きってやつ』
「遊ぶ?」
『ええ。あたし、レベルは上がっても全然ミッション消化してないし、たまには会ったほうが色々と見えてくるものもあると思って』
そういうこともあるかもしれない。僕はそう思って、さすが、と言った。
「いいね。じゃあいつにしようか――」
◇ ◆ ◇ ◆
「意外と早かったね」
予定を立てようとしたら、「今日にしましょう」と言って、ものの十分で彼女は合流してきた。
「お疲れさま」
「おつかれ。それで、どこいくの?」
「取り敢えずマルキューの二階かなと思ってるんだけど」
「よし、じゃあひとまず向かおうか」
簡単な会話とともに、僕らの足はすぐそこにあるマルキューへと向いた。
マルキュー二階のフロアボスは『アント・オニ』。等身大サイズに巨大化したアリのような生物が直立し、真っ赤に染まって脚を筋骨隆々にしたような末恐ろしいモンスターだった。
こいつは個体の体力が通常ボスの半分程度という代わりに、時間経過で最大六体まで仲間を呼ぶという敵だ。もし仲間を呼ぶ前に全滅させることができるなら、その時点でボス打倒したことになる。
「行くわ」
スキル、オンとライトが吠えた。
唸るのは声だけではなく、その等身よりも遥かに巨大な、鉄塊とも言える巨剣が小刻みに微振動して不快な金属音を響かせていた。
「セブンブレイズ・グランズ!」
瞬間、閃く七撃の閃光が斬撃の軌跡としてアント・オニの肉体に刻まれる。加えて僅かに浮かび上がったモンスターへ、彼女は高く飛び上がり、その巨剣を振り下ろした。
金属が力任せにひしゃげる轟音ともに、アント・オニは床に叩きつけられる。衝撃が浸透し、その表面に細やかな亀裂が波紋のように広がった。
追撃とばかりに、僕のスキルでとどめを刺す。基本的に高火力なスキルばかり使えば、序盤のボスなんてものはオンゲだってこの程度だ。
アント・オニが消滅したのを確認して、そこに落ちたアイテムを彼女は拾いに行く。確かドロップは『毒の歯牙』と『鬼神の棍棒』だ。前者は武器精錬に使えて、後者は軍人タイプ用の装備。だけれど、今のライトには必要のないものだろう。
「ここまで付き合って貰っちゃって悪いわね」
「ああ、いや大丈夫だよ。一人で来る気しないもんね」
「まあね、実はここに来てもう一つ話があるんだけど」
彼女は唇に指を当てるような仕草をした。僕は少し冗談っぽく返す。
「実はそれが本題なんでしょ?」
「そうね。今後に関する、大事な話。仕事の話なんだけれど、いいかしら」
「寝ている以外は仕事をしているつもりだよ」
「あなたらしいわね」
クスクスと彼女は笑った。目を細めて、楽しそうな笑顔だった。どこか少女の雰囲気すらある。無邪気なのだと、僕は思った。
「それで、話って?」
「それね……実はカノーに頼んで、例のプレイヤーの行動ログを探ってもらったのよ」
「うん」
「居場所が判明したってこと……驚かないの?」
「いや、まあ……残念だけど、想定の範囲内だったし」
「あら、そうなの」
「うん」
最も、これほど早い段階でカノーが動いてくれるとは思わなかった。ただでさえ中々連絡がつかないものだから半ば諦めていたが、どうでもいい連絡や報告については全て無視していたのだろう。
なんとも言いたいことだらけだが、僕はひとまず全て飲み込んで、少し困ったような顔をしてみせた。
「バグに媒介があるのか、あるいは運営が対応できるバグなのかわからない以上、接触した所で僕らにできる事はないよ。もしソロプレイヤーをプログラム上から削除することで全てが解決するなら、僕のツールの引き金も随分と軽くなるのだけれど」
そうとは限らない。むしろその可能性が一番低いかもしれない。
そしてもし、僕らの知らないところにPvPがあったとして、そこに連れ込まれた時には手の出しようがない。
「それ、フードたちには?」
「まだ伝えてないわ。血気盛んだから、突っ込むかもしれないし」
「賢明だね。僕だったら、解決するまで伝えないようにするし」
「参考にするわ」
彼女はそう言ってにこやかに笑った。
「それじゃ、デート続行しましょう」
「えっ、これデートだったの?」
僕はにわかに動揺した。女性経験どころか、女性と付き合ったこともないからドキドキしてしかたがないことだろうけど、まさか向こうからそのつもりで誘ってきたとなったら、僕はライトをそういった目で意識してしまうことになるだろう。
同僚だった隣の席の男が言っていた。「恋愛ほどめんどくせえことはないぞ」と告げた彼は屈指の恋愛系のアドベンチャーゲームプレイヤーだったけれど、その言葉の真意が仮想とリアルのどちらに向けられたものかはわからない。
「うふふ」
と笑って、ライトはニヤニヤしながら指で僕の身体を突く。つつきまくる。なんだ、なんなんだそのテンション。妙な恐怖感すら覚えながら、僕は連れられるがままそのさらに上層のフロアへ向かうことになった。
諦めたのはやはり、僕らと同じ四階だったのだけれど――大した戦闘もなかったはずなのに、僕は心身ともに疲れきっていた。
息抜きのつもりだったのに。
ライトの惑わしに、僕は小さく息を吐きながら、彼女と別れた後、ひとりタバコをふかしていた。




