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 ◆チート性能

 再び追いやられる形で駐車場に来た。出た時にはフィールド端にエースアタッカーの面々が一様に並んでいて、テントはすっかり影も形もない。

 ただバスという障害物があるだけの、広大な戦闘フィールドが元の姿を取り戻したようだった。

 本気で道場破りの気分を得た僕は、もう腹を決めるしか無かった。

 短い呼吸を繰り返して、ラフトから少し離れる。

 彼はユニクロ装備一式に血塗れのドスで、気楽に構えもしていなかった。

「たぶん、あんたとはスキルの成長傾向が違うと思う」

 ラフトは言った。

「だからさ、油断すんなよ――スキル、オン」

 瞬間、キン、キン、キン、と鋭い氷の華が徐々に大きく膨らんでいく。それが人ほどの大きさに鳴なった瞬間、ラフトが腕を振るうと同時に華が散る。

「イエティ・クロウ」

 氷刃と化した無数の花びらが、一挙に僕の元へ収束する。

 スキル『バック・ダウン』。後退すると同時に出来上がった残像が、攻撃の瞬間に爆発する。氷は瞬く間に衝撃と爆発的な熱量の前に無力化された。

 そうして今更ながら、よく出来たゲームだな、と僕は思った。大したゲームだ、まるでリアル。

 爆煙を突き破って疾走するラフトは、そのまま「スキル、オン」と叫んでいた。

「ロック・バード・ウィング」

 突如として薄く半透明な形で出現する巨大な翼。左右から迫る黄金の輝きが、刹那すら置かずに左右から僕を叩き潰した。激しい炸裂音が響き、僕の身体が動かなくなる。頭の上でひよこが鳴きながらくるくると回っていた。

 バッドステータス・気絶スタンだ。僕は指一本動かせないまま、ふらふらと頭を揺らして動けずに居る。それでもまだヒットポイントはマックスだった。あの攻撃にダメージはないらしい、が。

「スキル、オン」

 ラフトは少し楽しそうに、上ずる声でスキルを発動させた。

「サッカーズ・ブラッディ」

 それは赤い閃光を伴う単純な刺突だった。それが僕の心臓に深々と突き刺さった瞬間、まるでタンクの底が抜けたように僕のヒットポイントゲージが掻き消えた。

 クソみたいな攻撃力によるものか、あるいは即死効果のある攻撃。

 僕はゆっくりと視界が暗くなっていくのを感じながら、どさり、と身体が倒れるのを感じた。

 それ以降の意識もしっかり残したまま、やがてラフトの手によって蘇生されるのを静かに待つしか無かった。


 スキルは音声認識にも反応するらしく、スキル、オンと叫べば勝手にスキルウィンドウが開かれ、スキル名を告げることでスキルが発動するらしい。

 そしてそれ以降はテクニックではなく単なる不具合バグで、その手段によって発動したスキルに硬直時間は伴わないらしい。無論、次に同じスキルを使用するまでの時間制限はあるらしいが、ともかくそういった具合らしい。

「それにしても」

 僕は先ほどのテントの中で、今度はラフトと二人っきりで席について口を開いた。

「チート性能だね、マジに」

「ま、意味わかんねえけどな。スキル傾向が楽曲か未確認生物とか」

「オシャレさと強さみたいなイメージなんじゃないかな。僕もわかんないけど」

 言いながら僕は笑った。つられるようにラフトも笑う。

「話を戻そう」

 ラフトはそう言って一つ咳払いをした。途端に少年は、大人びた顔になる。真剣な眼差しに先ほどのような無垢さはなく、引き締めた口からは緩さが失せている。

「デバチについて、だったな」

「うん」

「俺らが知ってんのはそう多くの情報じゃない。たぶん、あんたも知っている事かもしれない」

 ただ一つ聞いてほしいことがある、とラフトは言った。

「俺はあんたを認めたから教えてやるんだ。同じ凡人タイプで、さらに俺への反撃も仕掛けやがった。初めてだ」

「そう。じゃあもしこのゲームがまともに再開して、僕もレベルキャップ開放できたらもう一回やろうか。多分僕が」

「いや、俺が」

『勝つだろうが』

 そう言葉が重なって、少し緊張した空気が抜けた。

 一つだけだ、と大きく息を吐いた後にラフトは言った。

「俺がβテスト始めた時から、既にレベルキャップ開放してるプレイヤーが居た。俺はそれからこれまで、そいつを見たことが無えもんで名前もすっかり忘れちまったし、もしかするとデバチ以前にログアウトしてるかもしれないが」

「ああ」

「俺が見たのは、確かにデバチ以降だった。だから当然俺がさっき言ったようにログアウトなんざ出来るわきゃねえし、このワールドに居るのは確かなんだ」

「そいつが怪しいって?」

「レベルキャップ開放ミッションは、各タイプによって条件が違う。凡人タイプは特定のアイテムを特定の場所で使うことでミッションが解放された。そのアイテムは公式で売ってて、俺はさっさと課金して手に入れた。鬼畜じみたレアドロップで、逆鱗や玉なんざメじゃねえくらいにな。それもマルキュー最上階のボスからだけだし」

「へえ、じゃあ僕は無理だ」

「ああ、無理だよ。俺も試したけど、ギルドのみんなと行ってようやくだぞ?」

「はは、僕なんてモウタウルスで止まってるよ。次が強すぎて」

「まあつまり――デバチってのは、意外と外れてねえかも知れねえんだ」

「チートでレベル上げてるってわけかい?」

「ソロプレイヤーたって限度がある。どのみちこのゲームはソロ向けじゃねえし」

 そっか、と僕は頷いた。

 そんなヤツが居たとはしらなかった。つまりただのテスターがチートしてバグが発生した可能性がある、ということだ。

 普通のゲームでもマクロ使ったりするプレイヤーがいるのだから、そういった連中が居てもおかしくはない……けど、まったく考えたことがなかった。

 僕はあまりシステム系に詳しいわけじゃないけれど、少し考えればなるほど、可能性として出てきて当然の事案だ。

「ありがとう。その先で探ってみるよ」

「ああ。礼代わりにクソ運営に言っといてくれ」

「ま、メールだけは送ってみるよ。何を伝えればいい?」

「ロールバックも出来ねえチンパンが作ったゲームは最高だってな」

「ははは」

 アメリカンな悪態を背に、僕はようやくエースアタッカーを後にした。

 

 面倒な話になった、と僕は思う。

 デバチがテスチになったところで、結局原因はよくわからない。チートが引き起こしたバグだとして、だったら僕はこの立派なコルト・パイソンで何を撃ち抜けばいい?

 今を撃ち抜こうなんてシャレた台詞が思いついたけど、僕は苦笑して振り払った。

 確かに弾丸のうち単純に『プログラムを削除する』というツールがある。これを例のテスターに撃ちこめば、確かにプレイヤーキャラは抹消されるだろう。

 だが、バグは残されたままなのではないだろうか。

 結局手がかりを篝火に捧げるだけで、何の解決にもならない。

 僕がその最強のソロプレイヤーとやらと会ったことがないということは、どこかに隠れているのだろう。ならばその捜索がまず第一で困難だ。くたびれること必至なのだから、他のデバッカー仲間を頼ることになる。

 そこでまたフードとかに腰を低くして……嫌になる。なんで皆の問題で僕が頭を下げるハメになるんだ。これが社会ってやつなのか。

 参ったな、就職したくなくなってきた。

 僕は結局のところ、そのプレイヤーを探すほかないのだが――まったく、そこらへんに落ちてないかなあ、デバチの原因。

 嘆息しながら、僕は最後の一本になっていたロングピースに火をつけた。

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