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 ◆愉快な仲間たち

 何が恐ろしいって、ここまで来て結局彼らも何も掴んじゃあ居ないということだ。

 ただ強く相手に出来ないというだけならまだ良い。ただの徒労に終わるのが一番怖い。

「やあやあ、失礼しますよっと」

 言いながらキリタニはテントを開く。中に入り込んで、彼は諸手を広げた。

 後に続く僕は、その光景に少しうんざりした。

 中にはテント内には似つかわしくない大きな円卓があって、十席あまりあるその椅子には五人ばかり腰掛けていた。

 オールバックの金髪に西洋甲冑を来た男や、クライスのように軍服姿の男、はたまた肩を露出し妙な刺繍が施されたコルセットのようなものを身につける、マント姿の女まで居る。

 世界観の相違に混乱する。まったく、ゲームってものは素晴らしい。

「オレはこいつにヤられた。ま、チャレンジャーってことじゃねえさ」

「……どうも」

 五人の視線が一挙に集まる。気圧されながら、ようやく僕はそう言った。

「デバチ探ってるデバッカーサマだとよ。幸い、チートしてる気配はねえ」

 彼がそう言った途端に、一瞬にしてその場の全員が息を押し殺した。甲冑の男が立ち上がりかけて、思いとどまったようだった。席につきなおして、細く長く、ゆっくり息を吐く。

「デバッカーなら、運営が用意した最強のプレイヤーなのだろう?」

 彼は少し思案してからそう言った。

「申し訳ないけど、僕は初期レベル一の凡人だよ」

「ならシステムの抜け道も熟知しているわけだ」

「レベルアップも攻略も自分でやるってのが上司の方針でね」

 何も知らないわけではない。スキルもアイテムも網羅しているし、その効果的なコンボも知っている。それだけだ。巧いプレイヤーだとして、それで上位プレイヤーと対抗できるわけでもない。

「ならお前は誰だ?」

「ただのデジタルレーションのバイトだと紹介されたはずだけど」

 あまり挑発的なことを言わないように僕は自分を抑え込んだ。

「僕はデバチを解決したい」

「は、デバッカーが?」

「デバッカーだからさ」

 皮肉を言っているのはよくわかった。デバッカーが起こしたバグと言われているのだ。そう揶揄されるのも仕方がない。

「ともかく、僕はそれが聞きたいだけなんだ。何も知らなければ僕は立ち去るし、知っていれば教えて欲しい。何かの条件があるなら聞きたいけれど、僕に獄長の考えは理解できない」

 唯一自分が主張できる場所。唯一自分が英雄になれる世界。理解はできるが、それは理想でゲームの話だ。まったく別のリアルがあるからこそ、夢は希望足りえるのだ。

 甲冑の男はようやく、ゆっくりと立ち上がった。

「キリタニとは違う。私はこのAAのナンバーツーだ」

 頭上の『aigis』とあった。彼は背負う超大な剣を抜いた時、マントの女が慌てて立ち上がった。

「ちょ、ちょっとまってよ! なんで戦うの? いいじゃん、デバッカーならもしデバチの原因わかるんなら直せるんでしょ? そりゃ願ったり叶ったりじゃない」

「黙れジニー」

「あんたがまた脳の筋肉にモノ言わせて馬鹿言ってるからでしょーが!」

「黙れと言っている」

 剣先がジニーと呼ばれた女の顎下を撫でるように触れた。瞬間、軍服の男は間に割って入り、手にする二挺の拳銃をそれぞれの額に照準させた。

「醜いぞ」

「ところで」

 そんな光景を眺めながら、僕はなんでもないように口にした。問題は彼らの仲間割れじゃなく、僕の要件が受け入れられるかどうかだ。

「ここの責任者は誰かな」

「……そこの、そいつ」

 キリタニは僕の肩を軽く叩いて、顎をしゃくった。

 真っ赤な衣装に、襟口、袖口にフリルをつける貴族風な男――の対面に居る、ラフな半袖短パンの若い男だった。彼は椅子に浅く座って背もたれに身体を預けのけぞっていた。天井を仰ぐように顔を上げて、大口を開けて眠りこけている。

「……あれが?」

「唯一レベルキャップ開放している凡人タイプのリーダーだ」

 彼は説明した。バージョンアップ以前に、各タイプにはそれぞれのレベルキャップ開放専用のクエストがあるという。無論、デバチ発生以降ミッションの更新が不可能な為、その達成はそもそも挑戦時点から出来ないのだが。

「レベル一二○。このギルド内で、あいつに勝てたヤツぁ居ねえ」

「僕と同じタイプか。そりゃ勝てないね」

「はっとばすぞこの野郎。今回は油断しただけだ。わかるな?」

「ははっ、どうかな」

「テメエ! もっかいやっかよ!?」

「ごめん、もう蘇生アイテム切らしちゃったんだよ」

「ビチクソがァッ!」

 キリタニがテレフォンパンチで殴りかかる。僕はそれをひらりと避けた。

 彼はそのまま立ち止まろうとするが、そのまま自分で自分の足を引っ掛けてすっ転ぶ。その先には、今自分が言ったリーダーが居た。

 けたたましい音を立ててリーダーと椅子もろとも倒れこんだ。今まさに緊迫していた三人は、目を丸くしてそれを見た。

「いてて……まあ痛くねえけど」

 たはは、と言ってキリタニは笑う。そうして隣で唸るようにしてゆっくり上体を起こす男を見て、硬直した。

「ら、ラフト!」

「ったく、人様が気持よく寝てりゃあなんだあ?」

「わりい」

「お前が殺気立ってんのはいつものことだけどさあ……つーか、どちらさん?」

 ラフト、と呼ばれた男はキリタニ越しに僕を見て疑問を呈した。

 キリタニは少し動揺しながら、先ほど説明したように伝える。彼は納得したように幾度か頷いてから、僕へと歩み寄ってきた。

「凡人タイプなんてあからさまな万能型、興味引かねえ奴にはロマンがないのさ」

 ラフトは開口一番にそう言った。ツンツンのウニ頭に少年のような顔立ち。彼は無邪気にそういった。

「僕はデバチについて聞きたいんだけど」

「悪いんだが、そいつは二番だ」

 彼は本当に無邪気な笑顔で笑っていた。子供のような姿だし、子供そのものなのだろうが、彼には何か眩しいものを感じた。

 人は誰しも心のうちに未消化な問題を抱えている。僕にとってのデバチ問題がそうだし、彼らにとってのリアルの心配もそうだ。

 だが彼にはそれらを微塵も感じなかった。無限に楽しい時間が続けばいい――そう願った子供時代が、叶ったかのような顔だった。

 この世界で初めて出会った人種のように思えた。

 これが幸か不幸かは、まだ僕にはわからないのだけれど。

「最優先はこっち」

 言いながら彼は突如として右手に出現した血に染まった短刀を握った。

 僕がかつて使っていた血塗れのドス。彼はニカっと笑った。

「こいつはボス戦イベントだ。俺に勝てれば、デバチについて知ってること全部教えてやるよ」

 厄介なことになった。僕は大きくため息を付いて、だけれど仕方がないことなら、やるしかないのだろうと腹をくくった。

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