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 ◆エースアタッカー

 僕は結局いつかはしなければならないことだから、と少し暇を持て余したこの時期に言った。

「僕はデバッカーなんだよ」

「……自己紹介の時に聞いた」

「私は聞いてませんでしたけど、なんか知ってました」

 二人の相棒は言った甲斐もなくそんなドライな反応をした。こんな所で驚かれても困るけれど、もう少し愛想を見せて欲しかった。

 いつもの場所で、僕はいつものような口調で言った。

「上司から、ゲーム内でもバグを捜索するように依頼されてる」

「へえ。あの拳銃で?」

 頷いて、僕は右手にバグ修復ツールを装備した。チンケでチャチなモデルガン。それでも無骨に、誰もが憧れるコルト・パイソン。このリボルバーだけが、唯一この世界の異形に対抗できる武器……とでも語れば、格好がつくだろう。

「弾丸にカバーされて、中に色々なプログラムが入ってる。最初にバグの種類を判別して、次にそれを修復するか、消すか」

仕事中毒ワーカホリックかよ」

 クライスは言って笑った。隣で健気に、わたわたと手を動かすタミヤが居た。

「そんな事いっちゃダメですよ! 大変なお仕事です」

「そう、大変だ。そもそもデバチの発生源も、理由も、原因もわからないと来た。この前の西郷さんみたいなのは対処できるけど、それ以前……つまりシステム面の不具合の場合、結局僕は何も出来ないわけだし」

「ここまで何の対策もできねえっておかしくねえか? 運営無能すぎねえ?」

「まあ、それは思う。サーバー自体に問題があるなら、サーバーを他に移すくらいはできるだろうに」

 僕らがこの世界に生きているからといって、僕らの意識、魂までもがここにあるわけではない。

 だったら半年と少し前にゲームを再起動させたように、一度利用を停止させて、サーバーのデータを他のパソコンに丸写しして新しくゲームを開始させればいいだけのこと。

 なんの知識もない僕が思いつくのだから、このゲームをプログラミングした連中はすぐに思いついたはずだ。さらにその先も、多くの知識と、人員を総動員させて。

 もしダメだったらその時だけれど、試せばその分、そこに問題は無いのだと判明する。何もない、何もわからないこの現状だからこそ、一つの失敗が一つの成功になるのだ。

 かのトーマス・エジソンもそう言ったように、全ての行動に進歩が伴う。失敗をすればするほどに成功に近づく。

「運営が無能と言うよりは……」

 何かを企んでいる可能性がある。何かを隠蔽しているのはほとんど確信的な事実だけれど、だからといって告発できる場所はない。僕らはこうして、体の良い牢獄に居るのだ。

「ま、考えてもしゃあねえことだ。んで? 何が言いたいんだ?」

 クライスが話の方向性を戻してくれる。僕はこほん、と咳払いをした。

「この半年間で色々探ってみたけど、やっぱり僕らより前線に詳しいのはギルドの人たちだ。特に突出してる、というかまともに活動しているのは、エースアタッカーっていうギルド一つだけだけど」

 その名前はさすがに聞いたことがあるのだろう、二人は察して、ともに嫌悪感漂う表情をした。

 顔をしかめたタミヤが、はじめに口を開いた。

「いい噂を聞いたことが無いですよ」

「うん。っていうか、あるのかな? いい噂」

 十から二十になる集団。このゲーム内で、たった七十程度のプレイヤーの内それだけの数を保有している。それだけで脅威なのに、かつ好戦的ときた。

 まったくもって恐ろしい。半年間、デバチなんかが起こらなければ、ゲーム内でもっと大きな組織になっていたに違いない。

「デバチが人為的なバグの可能性が捨てきれない以上、何かと詳しい連中に訪ねてみるのはセオリーだと思うけどね」

 そしてそういった連中のタチが悪いのも世の常だ。

 この半年で学んだことは少ないが、一つ一つは大きかった。その中での一つは、仲間を頼ることだった。自分だけが頑張るのでは、くたびれてパフォーマンスも下がる。精神衛生上も良くない。

「前に出なくていいから、バックアップでいつでも援護に入れるように待ってて欲しいんだ」

「大丈夫なのか? それで」

「ああ。僕なりの考えがある」

 一つ足りとも無いのが実際だ。それでもそう言わなければ、彼らはいつまでも僕の隣に立とうとするだろう。


       ◆     ◇     ◆     ◇


 フィールドを移動する。ロードの暗転の後、開けた視界は新鮮だった。

 それもそう、僕がPvPに来るのは初めてだったし、つまりこの風景は僕にとって新しいものだった。

 視界上部にフィールド名が表示される。

 『シブヤ駅東口』。眼前に広がる駐車場には数台のバスだけが停車してあって、右手側には玉川通りが伸びる。だがそこには工事中のマークとともに、通行禁止とあった。どうやらエリア外らしい。

 駐車場には大きなテントがいくつもあった。戦闘可能なフィールドでヒットポイントなど諸々を回復できる擬似的な宿泊施設。攻撃を受けない限り破壊されないが、エースアタッカーという組織がここを陣取っているが故に出来る行動だ。

 テントの前で談笑している数人の男たちが、僕の存在に気づいた。

 特に表情を変えるでもなく、そのうちの一人、『kiritani』と頭上に名前を浮かべるロン毛の男が近づいてくる。茶髪に、黒い革のジャケットを着るまだ若い男。腰に長剣を備え物騒極まりないが、そういう僕も右手にドライブレイブを備えている。

 街中では装備していても表示されないこの武器は、やはりここがPvPであることを教えてくれる。

「よお、チャレンジに来たのか?」

 キリタニはニヤケるような笑顔を張り付けて言った。

「チャレンジ?」

「ああ? 知らねーで来た……っつー顔してんな、お前」

「ごめん、君らの事は悪評以外で耳にしたことなくて」

「あ、悪評ォ? ふっ、はははは!」

 僕の言葉がツボに入ったのか、男は腹を抱えて笑い出す。涙目になって、ひとしきり笑った後に、ひいひいと息をしながら僕の肩を叩いた。

「おもしれぇヤツだな。オレじゃなかったら、たたっ斬られてたぜ? 悪評聞いてんなら言葉選べよな」

「いや、ホントに申し訳ない」

 チャレンジというならさっきの言葉こそチャレンジだったが、どうやら話のわかる男というのが分かってよかった。どんな組織でもそうだけど、誰も彼もがカッチカチの石頭というわけにはいかない。

 特に下っ端。上が緩ければナンバーツーが規律を慮るように、下っ端はあるいはその上は、良い人間ならば雰囲気を和らげようとするものだ。特に、こういった逃げ場のない閉鎖的な環境では。

「それで、チャレンジっていうのは?」

「マジで知らねえのな……ま、いわゆる力試しだよ。オレらがエースアタッカーってのは知ってんだろ? その中の一番下のヤツと戦って、勝てば次、って具合に力試ししてく。もし五人抜き出来りゃ見事入団する権利を与えられるってワケよ」

「ギルドの面接みたいなものだね」

「ま、そゆこと。ウチはそんなお堅いとこじゃねーから。ただゲーム好きで集まってる集団だよ」

「へえ。鬼畜集団って聞いたけど、雰囲気違うんだね」

「下っ端はな。上位十名はガチ廃人だからな。バージョンアップしねえからレベル上限達したまんまだけど」

 ちなみに、とキリタニが続けた。

「お前何タイプ?」

「僕? 凡人だけど」

「あぁ……そりゃ厳しいわ。上限低い上に典型的なバランスタイプだろ、それ」

「まあね」

「オレらは基本軍人か超能力者だからな。タイマンになると、ヤバいぜ?」

「ああ、気にしないで。僕は特に、チャレンジとかそういうので来たわけじゃないから」

 僕は気軽く気易く手を振って否定する。そもそもチャレンジを知らなかった人間が、そのチャレンジを目的に来るわけがない。入団目的にしろ、それについて情報収集してれば自然その条件だって耳にするはずだ。

 となれば、僕がここに来た理由はそれ以外になる。

 キリタニは、少し怪訝そうな目つきになった。警戒されている。僕はそれを感じた。

「じゃあ何しに来たんだ?」

「デバチについて、何か知らないかなと思って。常に前線に張ってる人たちなら何かしらの情報を掴んでると思ったからさ」

「……デバチ、ねえ」

 キリタニは腕を組んで、少し値踏みするように僕を見た。視線が、足先から頭のてっぺんまでを舐めるように見る。

 次いで、タバコを取り出し、火をつけた。『LARK』とある赤いパッケージ。独特の乾いた煙が匂う。

「デバッカーがチートして起こしたバグだろ?」

「そうらしいね」

「オレらも、噂を聞かねえんじゃねえんだぜ」

「……どんな?」

 僕は少し言い淀んでから訊いた。なんとなく察しはついたけれど、しらばっくれている必要は、まだある。

「デバッカーがデバチについて嗅ぎまわってるらしいってな」

「へえ」

 僕は次の言葉を考えた。だがそれよりも早く、キリタニの手が力強く僕の胸ぐらを掴みあげた。が、無論そこに判定はなく、彼は仕方なく僕の肩を掴む。ギリギリと歯ぎしりの音が聞こえた。

「テメエだろうが!」

「……かもね」

「ヘラヘラしやがって! テメエじゃねえにしろ、テメエの身内が起こした始末だ!」

「だからって、デバッカーが調べてるんだろ? だったらデバッカーがバグを起こしたという噂に説得力はないと思うけど」

「確証はねえが、テメエらじゃねえという理由もねえだろうが。お互い様だ……気に入らねえな、ヤんぞ」

「……ほら、やっぱりそうじゃないか」

 血気盛んな鬼畜集団。暴力にものを言わせて……。

 キリタニは僕を突き飛ばして距離を取る。気がつけば、周囲にささやかな野次馬が集まりだしていた。

 鋭い白刃が煌めいた。キリタニは剣を構えながら、刃越しに僕を睨む。

「最初に言っておく」

 彼はにやりと笑った。

「オレはかーなーり、強い」


「スキル、オン!」

 キリタニが一歩踏み込む。同時に叫んだ。

「ダブルステッカー!」

 剣閃が二度閃いた。直後にそこから放たれた斬閃の輝きが刃の形になって僕の身体、胸に二つの傷を刻む。

 ダメージはない。だがその跡が赤く輝いていた。状態異常はない――となると、弱点を貼り付けた可能性があった。防御力に変化がないとなると、防具の弱点を強制的に作り出す……それが考えられた。

 ただでさえあまり戦闘はしたくないというのに、こんなハンデってありなのか。

「くっ」

 後退した時には既に、キリタニは彼の射程範囲内に踏み込んでいた。

「スキル、オン!」

 叫んだときには既に煌めいた白刃が僕の総身を無数に穿っていた。

「サウザンド・ドライブ!!」

 ガリガリと僕のヒットポイントが削られていく。攻撃の手は止むことはない。

 恐らくは僕が抵抗しない限り永久にヒットし続ける擬似無限コンボなのかもしれない。考えた僕はスキルが終わるまで待つのを止めて、スキルを発動させた。

 スキル『キュア・セレナーデ』。オーバチュアの上位スキルで、時間経過でヒットポイントを八パーセントずつ回復させるスキルだ。

 加えてスキル『捌き』を発動。パリィの判定が広がり、即座に何も装備をつけていない左腕で武器を振り払った。

 ガキン、と金属質な音が響き、キリタニが大きくよろめいた。

 スキル『スワイプ・エレジー』を発動。ドライブレイブの切っ先から溢れでた光が、糸のように延びて瞬く間にキリタニを拘束する。

 僕は踏み込み、右腕の刃を鳩尾に突き刺した。次いで斬り落とす一閃。返しの刃で切り上げる逆袈裟。勢いのまま回転して横に一閃。それが僕の通常コンボだった。

 それでちょうど五秒が経過する。スキル使用で減ったポイントが、ジリジリと回復し始める。まだまだ余裕があったけれど、様子見程度ではこれが丁度いい。あまり手の内を見せすぎるのも問題だ。

「ゾクゾクするねぇ」

 キリタニは笑いながら言った。

「だがよ」

 剣を正眼に構え直す。キリタニのヒットポイントは、まだ十分の九という程度残している。やはり僕の通常攻撃では効率が悪そうだ、と思った。

「殺したくなる顔だな」

 鋭い視線に、思わず背筋が凍えた。長期戦はマズいが、だからといって短期で決着をつけるのも難しい。僕はタイマン向きじゃない。それを改めて理解した。

 僕は即座にアイテムボックスから防御力、攻撃力増強アイテムを使用する。焼け石に水だが、無いよりマシだ。

 身体が淡く青く、そして赤く光りだすのを見て、キリタニが吠えた。

「アイテムなぞ使ってんじゃねえ!」

 スキル、オンと叫ぶ声。同時に閃く斬撃が、巨大な輝きとして下方から僕の肉体を刻み込んだ。

「セブンブレイズ・グレイブッ!」

 僕の身体が空中へ浮かび上がる。そこから閃く斬撃が一閃、一閃、一閃――五体を落として尚、その胴体に十字を刻んだ。

 装備の内で何かが砕ける音がした。僕のヒットポイントは辛うじて一だけ残り、防具はズタズタに破壊されていた。強烈なスキル。キュア・セレナーデでも回復が間に合わない。

 スキル『バック・ダウン』を発動。僕の身体が後ろへ引っ張られ、その場に残された残像がさらなる追撃を仕掛けようとしたキリタニによって爆発する。

 というか、硬直時間ないのかよ。なんてスキルだ。馬鹿げてる。だが……やるしかないなら、やるしかないのだ。

 巻き上がる爆煙の中で、タバコの火だけがより赤く輝いていた。それを認識すると同時に、キュア・セレナーデの効果が終わった。僕のヒットポイントは十分の一まで戻った所で動きを止めていた。

 キリタニのヒットポイントはおよそ半分。炎属性に弱点があるのはわかったが……あいにく、バック・ダウン以外に炎のスキルはない。

 この状況下なら、あのスキルが使える。だが――。

「さあ、お前の罪を数えろ」

 剣先を突き出して言うキリタニに、僕は迷う余裕を失った。

 プロトスキル『マジェスティック・フィナーレ』を発動。

 キンキンキン、とドライブレイブが赤く輝いて弾けるように異音を響かせ始めた。

 ――プロトスキルはスキルごとに発動条件が異なる。このマジェスティック・フィナーレは自分のヒットポイントが十パーセント以下の時に発動する、極めて使用条件の簡単なものだった。

 動かぬ僕に大きな隙があると見たか、キリタニは大声で叫んで剣を構えた。

「スキル、オン――タイダル・ウェイブッ!」

 キリタニごと疾走する切っ先が、風を切り裂いて円錐状のエネルギーフィールドのような壁を張った。輝いた一陣が僕に触れた瞬間、ようやくこのマジェスティック・フィナーレが始動する。

 一度目の挙動は捌き。切っ先を腕で払い、攻撃を弾く。流れるような動きで胸ぐらを掴みあげ、赤い輝きの奔流が如く、僕の右腕、ドライブレイブが鋭くキリタニの胸を貫いた。その軌跡を、墨汁を散らしたような影がなぞった。

 これはつまるところ、カウンタースキル。攻撃を受けた瞬間に防御力無視の一撃を叩き込む。

 そしてコンボを決める。

 スキル『オラトリオ・ブレイク』を発動。

 右手装備の周囲を空気が回転し始める。小規模の竜巻が腕を包み込んだ瞬間、既に接触しているキリタニへスキルが炸裂した。

 身体をくの字にへし折って勢い良く吹き飛ぶ影。空高く舞い上がること無く、低速で一気に距離を開けた。

 スキル『ターニング・ラプソディ』を発動。

 赤く染まる僕の身体が、一瞬にして吹き飛ぶ最中のキリタニへ迫り、無数の斬撃をぶちかました。


 倒れたキリタニの身体が黒いシルエットになった。死亡判定を受けたその上に、ゆっくりと十のカウントが目減りし始める。

 僕は小さく息を吐いて、アイテムボックスから『プロトン製AED』を使用。対象をキリタニへ。

 AEDが作動すると同時にキリタニの身体が幾度が弾むように痙攣してから、その反応が消える。彼はバツが悪そうな顔をして、ゆっくりと立ち上がった。

「悪いが、僕の勝ちだね」

「悪いが、は要らねえんだよ……クソ、勝って当然って感じの涼しい顔しやがって」

「悪いけど、これは生まれつきだよ」

「悪いがテメエのこたぁきれぇだね」

 キリタニは大きく嘆息する。フィルター近くまで減っていたタバコを投げ捨てて、新しいタバコに火をつける。

「五分かよ……」

 小さく舌打ちをする。ガシガシと勢い良く頭を掻いてから、顔をしかめ、両手で髪を掻きあげて、彼はようやく言った。

「だがよ、オレに勝ったんだ……話だけは聞いてやる」

「そうしてくれるとありがたい」

「九番……」

「え?」

「オレの、ここでのランクだ。九番。お前はオレに勝った。わかるな?」

 言いながら、野次馬を払いのけて先へ進む。

「どけ、オレが通る道だ」

 その先は、無数にあるテント群で最奥にあるひときわ大きなテントだった。

 彼はゆっくりと振り向いて、一つだけ僕に忠告をくれた。

「ここの外ではただ生きていれば生きていられる。だがこの先、この中へ足を踏み入れたなら……」

 一息で一気にタバコを灰に変える。唇を動かすだけで、灰が粉々に砕けて地面へ落ちた。

「戦わなければ、生き残れない」

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