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 ◆いつか、あの日に

 その日の僕は、本当に心から一人になりたくて、それでも思い出を知る部屋に居るのが嫌で外に居た。

 そこは僕がパンドラの箱を開けてしまったダンジョンの、ブリンガー亜種が居た場所の先。再び現れたブリンガー亜種はまったくもって敵じゃなくて、僕が幾度かスキルを発動させただけで葬られてしまった。

 宝箱は、そこにはもう無い。

 あるのは肌寒いくらいに冷えた空気と、生臭さばかりだった。

 寝台のような場所に寄りかかって、僕は呆然と天井を見上げていた。

 僕のせいでこうなった。否、もともとそこにバグが含まれていて、誰かが開ければいずれこうなったのだろうけれど、結局のところは僕が開けたのだから、つまり僕のせいなのだ。

 過ぎたことをいつまで言っていても仕方がないけれど、だからといって過去を一切気にしないわけにもいかない。

 ここに来て、もう一ヶ月ほどが経過する。みんなはどんどん順応していく。その影では憔悴して僕のように憂鬱になっているのかもしれないけれど、少なくとも僕のように表には決して出さぬ気概があった。

 僕には無い。

 僕は思っていたよりずっと痛がり屋で、弱虫で、人にどうこう言える権利なんて欠片も持ち合わせていなかったのだと気付かされた。

 こんな日もある、と思う。

 だけれど僕は、こんな日が嫌だった。どうしようもなく自己嫌悪に陥って、あらゆる可能性を拡大して肯定してしまう。

 死にたくはないが、ここには居たくなかった。みんなの視線があまりにも痛すぎた。勝手に責められているような妄想をして、吐き気を催した。

 明日はただでさえ薄っぺらい笑顔を張り付けていられるだろうか。

 そもそも本当に、僕はあそこに居ていいのだろうか。

 いっそ一人で傷つきながら戦って、そんな自分に陶酔していればいいのではないだろうか。

「……どうしたの? らしくないわね」

 声が響いた。僕が気づきもしない内に、その影はいつの間にかこのフロアに入り込んでいた。

 ライトはゆっくりと歩み寄って、僕の隣につく。彼女には修復ツールの話をした上で、譲渡しようとした。なのに彼女は受け取らず、未だ僕の手の中で持て余されていた。

 まったく、なんてタイミングで来るんだ。ゲームマスターとして、やはりプレイヤーを監視しているのだろうか。特にバグ修復ツールなどを持たされた僕を。

 僕は反射的に笑顔を作ってライトを見た。彼女はそれを見て、少し困惑したような表情で眉をひそめている。

「随分と疲れているようね。少し休んだらどう?」

「みんな疲れてるんだ。だからって、僕が人一倍動くわけじゃないけど……」

「妙ね。カノーに何か言われた?」

「……幸運を祈る」

 僕は少し考える。彼女に打ち明けていいことかどうか。それでも僕は口走ってしまった。

「僕はどうすればいいかわからないんだ。カノーは他人事でこんな拳銃おもちゃを押し付けて、僕一人に告げて、みんなはまだゲームをやってる気でいる」

 みんな精一杯なんだ。ゲームをやっているつもりで動いていなければ、頭がどうにかなってしまう。冷静に脱出することばかり考えていては疲れきってしまう。精神的タフガイなんて、そうそう居ない。

 わかっているのに、僕は止まらなかった。単純に、誰かに甘えたかったのかもしれない。

「いっそ泣いて何もかも逃げ出してしまえればいいと思うけど、そうはいかない。ただ巻き込まれただけなら良かったんだ。僕は――」

 そうされたかったのだと、手を握られて僕はようやくわかった。

 ゆっくりと抱きしめられて、僕は本当に甘ったれだったのだと、認識した。

 人のぬくもりを感じる。僕はその時ようやく、このゲームの中で、人と触れたような感じがした。

「戦うことは率先してやるのに、泣き言は背中を押されないとダメなの? 坊やは」

「……っ」

 肉親のような優しく甘い言葉。それはいつも、僕が仲間たちの為に吐いてきた仮面の台詞。

 ただ漠然と癒され耳障りが良いだけの声。僕は思わず、熱くなった目頭を隠すようにライトの胸元に顔を埋めた。

「仲間が居なければさっさと潰れていたろうけど、結局仲間が居ても潰れてしまうのね。あなたは」

 虚勢を張っていた。勝負もしていないのに、誰にも負けないつもりでいた。

「あなたも人間だもの、弱みはあるわ。傷ついたら休んで、疲れたら眠らなければ」

「それでも、僕はデバッカーだ」

「ただのバイトでしょ?」

「でも……」

「大丈夫。あなたには、あなたでなければならない魅力があるのよ。固執しなくても、必要としてくれるから、あなたのもとには素敵な仲間が居るんでしょ?」

「……そうか」

 僕はそこまでされて、ようやく諭された。

 やっと理解できた。

 僕はどうやらどこまでも仕事中毒者で、どこまでもデバッカーとしての存在に固執していたらしい。

 僕がデバッカーだからタミヤもクライスも近くに居て力を貸してくれていたのだと、思っていた。

 実はそうじゃない――嘘でも、彼女はそうなのだと、そう思い込めと言った。

 僕は僕であるから、デバッカー以前に彼女らと友達になれたのだと。

 僕は大きく息を吐いて、ゆっくりとライトから顔を離した。随分とこっ恥ずかしいところを見せた。さらに女性相手に抱きしめられるなんて、情けない所を。

「ありがとう、ライト」

 君のおかげで、少し救われた。

 気持ちが軽くなった。一時的にではなく、そう気楽に考えられる思考を得た。

 どれほど強いスキルを思っていても決して手には入らない、意思の強さ。手の抜き方。力の抜き方。

「君にまで心配をかけて、ごめん」

「いいのよ。友達でしょ?」

「そうだね」

 言って、僕らはクスクスと笑いあった。いつもと少し違う友達。だけれどれっきとした友達だ。

 ゲームマスターでも、デバッカーでもなく、僕たちはそれ以前に友達だった。

 こんな立派な友だちがいるんだ。元の世界に戻れないわけがない。

 僕はいつか戻らなければならない。

 彼女らの為に、僕の為に。いつか、あの日に。

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