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 ◆幸運を舐める 後

 右方向から刺突が来て、避けた先でさらに踏み込んだなぎ払いが僕の身体を切り裂いた。ザン! と効果音の後、僕のゲージが一気に半分以上削れた。

「嘘だろおい!」

 即座に奇跡の水を使用。加えてスキル『キュア・オーヴァチュア』を使用。身体を包み上げる光が、毎秒ヒットポイントの五パーセントを回復させる。リジェネみたいなものだ。

 十八分継続後、三二秒間使用できなくなる。これも使いどころが簡単そうで難しい。

 だけれど、何も難しく考えることはない。僕たちは廃人じゃないし、ボス戦に効率化を求めない。

 戦って、死ななければいい。死にそうになったら離脱すればいい。

 僕は考える。ここ二週間でログイン者数に変化がないということは、つまり死亡に際するバグは無いのではないか、と。つまり死んでも安心――変な言葉だけれど、そう思う。

 あるいは復帰できないまま、ログアウトが出来ない状態に陥る可能性があるけれど……それを確認するには、全員を招集しなければならない。ハチ公前の気のいいお兄さんたちも、厄介なエースアタッカーたちも。

「危ねえぞ!」

 クライスの声と共に、彼のスキルが発動した。

 『バック・アタック』。僕の身体がクライスと強制的に入れ替わり、次いでクライスは瞬間的にモウタウルスの後方上空に移動する。

 続けてクライスの銃火器専用スキル『クロス・ファイア』が発動。彼から九十度異なる位置の虚空に穴が開き、全弾放出フルバーストでの発砲が開始する。鉛の弾丸が怒涛となってモウタウルスの総身に打ち込まれ、その度に小さな穴が空き、血液が吹き出る。装備依存の攻撃力を持つ五十連撃の後、まだ怯まないモウタウルスはクライスへ狙いを定め、その胸へ槍を突き刺した。

「なぁっ!?」

 刹那、串刺しにされたクライスの肉体が力任せに半円を描いて床に叩きつけられた。耳に劈く衝撃が響く。

 一気に削られた体力は十分の一にとどまり、だがその大げさなダメージ故にダウン判定がとられる。

「まずい、タミヤさん!」

「わかってますとも!」

 すぐさまタミヤは回復の呪文を詠唱する。超能力者っていう設定は二の次だ。

 脇を引き締め二槍を構えるモウタウルスの攻撃パターンはまだ知らない。それでも僕は射程範囲に飛び込んで、出掛けのスキルを発動させた。『ロンド・インフィニティ』は、通常攻撃のコンボを無視して妨害されるまで攻撃を当て続けるスキル。目指すは一〇〇連撃。その先に、あのプロトスキルが待っている。

 即座に、横を向いたモウタウルスへ容赦無い一閃。モウタウルスが僕に気づく。構わず刺突。風を切る刃がモウタウルスの肉に喰らいつく。そこから切り裂いて三撃目。

 モウタウルスの身体が完全に僕へ向いた。円を描くように回りこんで袈裟に落とす。瞬間、執拗に僕を捉えていたその槍が、遂に攻撃を放った。

 一本が僕の腕を貫き、一本が対照的にもう反対の腕を穿つ。その時には片方の穂先は引きぬかれていて、次に僕の顔面をぶち抜いた。

 嵐のような連撃。猛烈な勢いで終わること無い刺突が繰り返される。キュア・オーヴァチュアでの回復量を遥かに上回る連撃。僕はその間に奇跡の水を使い、『バック・ダウン』を使用。

 僕が背後に退いて攻撃を逃れると同時に、爆発が巻き起こった。ロンド・インフィニティの効果は既に消えている。

「まったく、油断ができねェもんだな」

 立ち直ったクライスが横について言った。

「ホントだよ。油断大敵って奴だ」

「でも」

「まあ」 

 倒せない相手じゃない。僕らは声を揃えてそう言った。

 ただでさえ寝不足のような赤い目が、遂に輝きを放った。爆煙の中でその光が尾を引いて動くのが見える。恐らくこれが、次の変化。僕はまた死を覚悟した。チキンなのだからしょうがない。

 瞬間、そんなモウタウルスの頭上で巨大な岩石が落下してきた。どがん! と音を立てて、化け物を下敷きにする。気がついた時には、残りのヒットポイントは十分の一にまで減っていた。

 モウタウルスは岩が砕けてなお立ち上がったが、酔っぱらいのように頭をふらふら揺らして、その頭上でひよこを踊らせている。

「……なに今の」

「シューティング・ロックです。隕石を落として、十パーセントで気絶です」

「運がついてんな」

「ま、幸運ラッキー舐めてますし」

「基本舐め腐ってるよね」

 言いながら、つかの間のラッキーに僕とクライスは顔を合わせた。

 下手にダメージを残して、次なる変化があっても厄介だ。中々危ない所もあったけれど、決して強すぎる相手ではなかった。

 僕はもう後の作業に入る。クライスも同じだった。

「行こうか」

「ああ」

 僕はスキル『ターニング・ラプソディ』を発動。クライスはそれを待っている。

 赤く輝いた僕の身体が五連撃の後、ふっ飛ばし効果のある一撃を加えてその巨体を吹き飛ばした。轟、と風を切り裂いて吹き飛ぶ巨漢が、僅かに空間を歪める。

 続いて雀の涙ほど残ったヒットポイントに容赦無い一撃を加える為に、クライスは『ヘッドショット』を発動。構えて、発砲――その弾丸は一寸の狂いもなくモウタウルスの眉間を穿つ。後頭部が破裂したように肉が爆ぜて、血と内容物をぶちまけた。そこまでがスキルの演出。

 強制ダウンをとるスキルであり、またクリティカル技に加えて防御力無視の強力な一撃だった。

 だからそもそも僕のターニング・ラプソディの存在が要らなかったように、一瞬でゲージが削れて透明になった。

 壁に叩きつけられて、胡散臭そうにゆっくり倒れたモウタウルス。僕らがそれを眺めていると、そいつは頭の上に光の輪を付けて、空中に浮かび上がった。無傷な天井を物理の力で突き破って姿を消す。

 ボスが去ったその場に、宝箱がおかれていた。ドロップアイテム、ということなのだろう。

「タミヤさん、幸運もう三個舐めてから開けてよ」

「な、なんで私?」

「ま、年齢の逆順ってことで。僕十九だから」

「あ? マジで? 二三くらいだと思ってたわ」

 クライスがはにかみながら言ってきた。僕らは宝箱の前まで歩いて行く。

「クライスはいくつ?」

「俺二五」

「へえ、妥当だね」

 クライスが訊く。

「タミヤは?」

「わ、私は永遠の十七歳ですよ?」

 三十、四十代を彷彿とさせる台詞にどこか生々しさを感じる。こんなキャラで四十代とかちょっとやだなぁ。

「いや、マジで」

 いたっていつも通りの口調だけれど、クライスが静かに言えば、どこか怒っているようにすら聞こえる。パーティ最年長というのもあって、その落ち着いた雰囲気はお手のものだ。

「お、怒んなくったっていいじゃないですか」

「キレてないっすよ」

 そうですねえ、と人差し指を顎に当てて、彼女は言った。

「設定年齢十九歳、蟹座のB型です」

「び、美形だ……!」

 なんてのはさておいて。

 タミヤに僕のターニング・ラプソディが炸裂した所で、彼女は泣く泣く幸運のキャンディをほうばった。無論ここはPVPのフィールドじゃないから、ダメージ判定はない。

「これ結構ひとつ大きいんですよ」

 リスみたいに頬をふくらませた彼女は涙目になりながら宝箱を開く。

「本当は本当に十七歳ですよぉ」

 学校があると言っていたからもう少し幼いと思っていたが、どうやら本当に十七歳らしい。とは言っても、高校二年か三年生。僕も二、三年前は何も考えずに生きていたから、あまり人の事は言えない。

 宝箱には一つの鍵と、何らかの装置があった。

「地下フロア用エレベーターの鍵みたいです」

 それを入手した彼女は説明した。

「これで行き来が大分楽になるな」

「でも地下専用だって。地上はまた、攻略した先にあるんだろうなぁ」

「四階以降か。かったりぃな」

「まぁ、また暇な時にでも行こうよ」

「それもそうだな。ひとまず解放して、帰るか」

「そだね」

 言いながら僕らはサークル状の通路を先に行く。その間に、彼女がもう一つの説明をした。

「エレベーター用の自立電源装置らしいです」

「どういうこと?」

「バイオエネルギーを利用してどこでも稼動する電源だそうです。なんでも五○○年連続使用も保証してるみたいで。パウロン博士の発明だとか」

「パウロン博士すごい」

「パウロンマジ神」


 扉を開けた先は、妙なまでにサイバネティックなフロアだった。

 開けた空間には無数の筒。人が一人収まりそうなそれは白濁がかった緑色の光で満たされている。光源はそれで薄暗い部屋を照らしていた。

 床には青白く輝くラインが幾何学模様を描いてその最奥を目指す。

 その先には、巨大な物資運搬用の巨大エレベーターがある。

「電源はどう使うんです?」

「近づけばポイントが出るんじゃない?」

「それもそうですね」

 言って、彼女はエレベーターに近づいた。ピコン、と音と共に感嘆符が頭の上に出た。

 タミヤが電源を手に持つ。が、何も起こらない。『↑』しかないボタンを連打してみても反応はない。

「あれ?」

「鍵の方なんじゃねえの? ほれ」

 クライスが指をさす。銀のコントロールパネルの下に、鍵穴があった。彼女は「なるほど」と納得して鍵を刺す。捻るとカチリ、と音がしてパネルの長い板が開いた。

 また感嘆符が上がる。今度こそ、と電源を使用した。

 パネルの奥の空間に吸い込まれるように消えて、ネジが回る音、何かがはめ込まれる音、耳障りな金属音が響き、パネルが閉まる。同時に、グオンとモーターが唸り、エレベーター上部にあるフロアを示すデジタル画面が点灯した。

 再び感嘆符。今度は鍵を反対方向に回す。ボタンが明るく光った。

「よかった」

 タミヤが安堵するように息を吐いた。共感するように僕も細く嘆息する。

 瞬間――視界が、一瞬だけ暗転した。

「……何か、嫌な感じがする」

 それはいわゆるデバチと同じ感覚。あの時も、妙な胸騒ぎがあった。

 もしかすると、とメニューウィンドウを開くが、当然のようにログアウトは出来ない。ステータスを確認して、アイテムボックスを見て、スキルウィンドウを見て、変化がないのを認める。

「大丈夫ですよ。最悪なバグはもう体験済みだし」

 とは言うが、バグだらけの中で生活を狭められるのも嫌だ。

 言い返す前に、タミヤが続けた。

「それにラッキーガールが居るんですよ?」

「お前はハッピーガールだろ」

「幸運舐めすぎだろ君は。運あげてもバグは回避できないよ」

「もう! なんなんですかっ」

 ともかく、タミヤの言うことは正論だった。デバチより最悪のバグなんて、世界の崩壊くらいしかない。勝手に暗転してそのまま二年ってのも嫌だ。

 意外とあるな、最悪のバグ――思いながら、僕らは取り敢えず地上に戻ることにした。

 ボタンを押して、開いたエレベーターに入り込む。内部は全面鏡張りだった。

 床に押し付けられるような感覚に加速度を体感しながら、僕は何事も起こっていませんように……そう願ってハチ公前を目指す。

 隣ではまだ美味しそうに幸福のキャンディを舐めるタミヤと、ラッキー・ストライクを吸い出すクライス。結局どいつもこいつもラッキーでハッピーな頼もしい仲間だった。

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