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Cランクの最強冒険者、わがまま令嬢の護衛になる 〜正体を隠した底辺冒険者が英雄に至るまで〜  作者: 朝食ダンゴ
第4章

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75/79

75.手に入れたものは 2/2

 入り口のすぐ外で、その様子をこっそり窺う影があった。

 診療を終えたセスである。シルキィを訪ねてやってきたが、どうやらサラサに先を越されたようで、中に入るタイミングを逃したのだった。


「婦女子の部屋を覗き見とは、感心しないぜ」


 背後から声。振り返ると、ディーンが呆れ顔で腰に手を当てていた。

 気まずいところ見られたセスは、愛想笑いを浮かべて天幕から離れる。


「しかし、びっくりするくらいボロボロにやられたな」


 セスの服は戦闘によって見るも無残な状態になっていた。切り刻まれ、穴が空き、裂けてほつれて、しみこんだ血が固まって変色している。マントは原型もなく、まさにボロ切れだ。診療所で着替えの用意はしてくれたが、服を替える暇を惜しんだせいであった。


「それになんだ、その白い髪は。わざわざ染めたのか?」


「色々あったのさ」


 治癒魔法のことは口外できないし、セスに魔力が戻ったことも言う必要はない。


「そっちこそ、傷はもういいのかい?」


「あれくらいどうってことない。寝たら治った」


 エルンダでディーンが負った傷は間違いなく深手だった。短期間で治るようなものではない。そんな傷を押してまで、彼はここに来てくれたのだ。


「礼を言うよ。お嬢を助けてくれて」


「なに。借りを作ったままじゃすっきりしない気質なんだ。これでチャラになっただろ?」


 ディーンは力強くセスの何度か肩を叩いた。忠誠心が強くプライドは高いが、本質的にはおおらかな青年であった。


「エーランド残党への不干渉は皇帝の勅命だっただろう。それを破ったクローデンは、この先どうなる?」


「なんだ、心配してくれるのか? まぁ、大したことにはならねぇだろう。サラサ様は手柄を立てられた。褒章を賜うことはあっても罰せられることはない。うちの領主様も織り込み済みだ。だからこそ、一万という大軍を任された」


「流石、天下のクローデンは伊達じゃない」


「当然だ」


 クローデン侯爵という男は評判通りの切れ者であるようだ。他の貴族が手出ししないのをいいことに手柄を独り占めするとは。先見の明と肝っ玉が両立していなければできない芸当だ。万が一失敗していれば爵位剥奪もあり得るというのに。


「これは真面目な話なんだが」


 わざとらしい咳払いを一つ、ディーンは真摯な目でセスを見据える。


「セス。今の仕事が終わったら、クローデンに来ないか。お前ほどの男をアルゴノートにしておくのは惜しい。力ある貴族に仕え、名を上げるべきだ」


「いきなりだな」


 セスは純粋に驚いた。まさか一介のC級アルゴノートがクローデンのような大貴族にスカウトされるとは思ってもみなかった。A級が貴族に登用されるという話は耳にしたことがあるが、それも極めて稀な事例である。


「侯爵は実力を重んじられるお方だ。能力さえあれば出自は問わない。権謀術数の極みとは即ち人材の集まり。人材をもって城となす。クローデンの領主に代々伝わる教訓だよ」


 どうやらクローデン侯爵も一風変わった貴族であるようだ。なるほど、巨大な帝国で長く力を持つのも頷ける。というより、クローデンのような貴族こそが帝国繁栄の柱となっているのだろう。


「どうだ? 俺と共にサラサ様にお仕えしないか。俸給も、今の実入りとは比べ物にならないはずだぞ」


 実に魅力的な誘いだ。クローデンに仕官することができれば、将来は安泰。富にも名声にも困らないだろう。しかし。


「ありがたい話だけど、謹んで遠慮させてもらうよ。俺は自由気ままなアルゴノートの方が性に合ってる」


 セスの素性を考えれば、おいそれと仕官はできない。

 今回の事件で虹の魔力が露見してしまった以上、いずれ誰かが嗅ぎ付けてくるだろう。それでも、しばらくは自分の正体を隠しておきたいのだ。


「そうか。そんな気はしていたけどな……残念だ。まぁ、気が変わったらいつでもクローデンに来い。待っているぞ」


 粘るなり怒るなり何らかの反応があるかと思ったが、案外ディーンはあっさりと引き下がった。彼はおもむろに天幕の隙間を覗き込む。感心しないと言いながら、自分もやっているじゃないかと、セスはやれやれと首を振った。

 ディーンはすぐに天幕から離れると、ひらひらと手を振って去っていった。

 主と同じく、彼らの間にも新しい友誼が生まれていた。


 ふと、歌を耳にする。

 パマルティスから、エーランドの国家が響き聞こえていた。元エーランドの民達が、捕らえられた解放軍に送っているのだろう。

 この歌を、ウィンスは一体どんな想いで聞いているのだろうか。


「ふるさと、か」


 セスは満天の星を仰ぎ、霧消していく虹の残滓を眺めていた。

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