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Cランクの最強冒険者、わがまま令嬢の護衛になる 〜正体を隠した底辺冒険者が英雄に至るまで〜  作者: 朝食ダンゴ
第4章

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72.アシュテネのローウェン 3/3

「死にかけた俺を救ってくれたのはお嬢だ。帝国貴族だとか、王子だとか。そんなこと関係なく、ただ俺の命を案じてくれた。だから俺は、一人の人間としてその真心に報いると決めた」


「セス、あなた」


 剣を握るウィンスの拳に、一層の力が込められた。


「それが貴様の生き様だとでも言うつもりか」


 彼の表情にもはや余裕はなく、声は怒りに打ち震えていた。


「ふざけるなよ。我らは一国の王子。もとより王になるべくして生まれた。臣を率いて民を導き、大地を富ませ国を安んずる。それこそ我らの天命であろう!」


 ウィンスの声は道理と情熱、そして重大な責任感を帯びている。君主としてあるべき姿を説く心身には、紛うことなき名君の資質が備わっていた。

 セスは自らを戒めるように固く目を閉じて、拳を握り締める。


「俺だって、祖国の再興を夢見る時がなかったわけじゃない。栄華の玉座に想いを馳せたことだってある。復讐に心奪われた時もあったし、富と名声に囲まれて思いのままに権力を振るう未来に憧れなかったと言えば嘘になる」


「ならば!」


「けどさ。アシュテネ王の後継がそんな心で務まるのか。父さんのような偉大な王様になれるのか」


 王は勇敢であった。何者も恐れぬ勇気があった。

 誰よりも慈悲深く、故に誰より厳しくあり。

 国は光に満ちていた。空には虹が架かっていた。

 戦乱を最も憂い、最も民を慮ったのは、他でもない王であった。


「お嬢を見捨てたら、一番怒るのは父さんだ」


 アシュテネは敗戦し、王子ローウェンは流離した。孤独から始まった度重なる試練の中で、濁った人間社会と、その中で敢然と輝く人の優しさに触れた。絶望と憎悪で塗り潰されていた時、父の背中をふと思い出したのだ。

 自分が何をすべきなのか。父は既に教えてくれていた。


「あんたの志がどれだけ立派でも、こればっかりは譲れない。お嬢は返してもらう」


「そんな小娘、もはやどうでもよい!」


 滲む虹色。湧き上がる真紅。


「貴様のその腑抜けた根性が……許せないんだよ!」


 セスもウィンスもとうに分かっていた。これ以上の問答は無用。互いに譲れない一線がせめぎあっているのだから。

 ウィンスは足下にあったフェルメルトの剣を拾い上げ、セスに向かって突進した。

 真紅の魔力にそれまでの力強さはない。強い怒りと意志のみを頼みに、ウィンスは文字通り最後の力を振り絞る。

 消耗したセスもまた、気力と体力を一滴残らず出し尽くした。

 二度、三度。剣が光を散らす。四度目の剣戟が、二人の手から剣を弾き飛ばした。


「まだだ!」


 ウィンスは短剣を抜き、腰だめにしてセスに突進する。渾身、捨て身の一撃。

 これにはセスも意表を衝かれた。反応に足る集中力は、既に途切れていた。

 真紅の魔力に彩られた短剣が身体に届く寸前で、セスはその刃を握って止める。刃を握った手は七色に彩られているが、出血は避けられない。


「絶対に負けん……貴様だけには!」


 ウィンスは更に力を込めて、身体を押し出す。

 堪らずセスは、空いた拳でウィンスの顔面を思い切り殴り飛ばした。


「一からやり直せ。お前も!」


 ウィンスが大きく仰け反り、その手から短剣が離れる。


「やり直すことなどできん!」


 真紅の拳打が、セスの頬を叩き飛ばした。


「命ある限り、この道を征くと決めたのだ!」


 もはや剣士の戦いではない。力任せに拳を振り回す様は、あたかも幼子の喧嘩であった。拳が身体を打つ度に、呻き、踏ん張り、負けじと拳を放つ。


「だったら」


 だが、無手での戦いにはセスに一日の長がある。剣闘士時代、武器のない状況など珍しくもなかった。体に染みついた戦いの記憶が、ウィンスの打突を鮮やかにいなす。

 固く握った拳が、一度二度、激しく七色に明滅した。


「一回死んでみろ! ウィンス・ケイルレス!」


 虹光が閃く。拳は光芒を牽いて、ウィンスの身体のど真ん中を打ち貫いた。

 セスは掠れた呻きを聞く。静寂と共に、戦いの動きが止まっていた。 

 群青の鎧に網目状の亀裂が走り、全身に伝播して粉々に砕け散る。セスの拳に纏われた七色の光は、ウィンスを守る真紅の魔力と分厚い鎧を貫いて強かな衝撃を与えていた。

 弾かれて宙高く舞っていた二振りの剣が、ようやく床に突き立つ。

 ウィンスの口から、血しぶきが舞った。


「ローウェン……!」


 彼は力なく、その場に倒れ伏す。

 訪れる静寂。決着だ。

 振り返ると、シルキィが尻もちをついて座り込んでいる。露わになった白い脚とスカートの中に視線が吸い寄せられて、セスは目を泳がせた。

 シルキィが慌てて座り直す。頬を紅潮させて俯くシルキィに歩み寄ると、その小さな手を取って立ち上がらせた。


「きゃっ」


 セスに抱き寄せられたシルキィは小さな悲鳴だけを漏らして、あとは何の抗議も口にしなかった。安堵と、胸の高鳴りの両方が訪れて、シルキィは静かに目を閉じる。

 ほとんど倒壊状態の大聖堂において、不思議なことにアイギス像には傷一つついていなかった。勝利の女神は、セス達に優しく微笑んでいるようにも見える。

 星の夜天に、輝く虹が架かっていた。

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