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Cランクの最強冒険者、わがまま令嬢の護衛になる 〜正体を隠した底辺冒険者が英雄に至るまで〜  作者: 朝食ダンゴ
第4章

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69.死と邂逅

 人の行いの中で、戦争ほど醜いものはない。

 戦火をその身に浴びた者だけが、真にその意味を理解する。


 帝国歴四十五年。六月。

 アシュテネの王位継承者。王子ローウェンもまた、戦争に翻弄された一人であった。

 血の滴りが湿った土に染み込んでいく。自身の鮮血に染まった少年はほとんど死の最中にあった。こうして歩いていることが信じられないほどに。

 帝国の侵略。圧倒的な物量に飲み込まれ、アシュテネはついに滅亡した。

 父王は既に討ち取られた。優しかった母。厳しかった乳母。共に育った子女達。彼らはどうなっただろうか。彼らを置き去りにし、見捨ててまで逃げ出した自分はなんと卑怯な臆病者であろう。国を捨て、恥を晒してまで生きる意味がどこにあるというのか。ただ一人歩く先に、いかなる未来があるというのか。


 アシュテネ王家は臣民に慕われていた。建国まもなくして隆盛を誇った祖国で、ローウェンは何不自由なく育つことが出来た。十分な教育を施され、臣下と共に大陸一と称される王家の剣術を学んだ。

 思い出を愛おしみ、腰に提げた剣の鞘を掴む。これは、父より託された王者の剣。

 王都よりの脱出から都合七日。時折降る雨だけが、少年の喉を潤した。足取りはおぼつかず、自分がどこを歩いているかさえわからない。


 トゥジクスとの戦いの後、ローウェンはラ・シエラの森を彷徨った。死に瀕しながら力を出し尽くしたのだ。やがて訪れる眩暈は必然であった。気付けば、柔らかな大地が目の前にある。湿った土はひんやりとして妙に心地よい。

 涙は枯れていた。全てを捨てて生き延びるための旅も、じきに終わりを迎えるか。

 死にたくない。少年の胸に、唐突な恐怖が去来する。

 なんという無情。なんという無力。彼は呪った。傲慢な帝国と、自身の無力を。


 言葉にならない感情を抱いたまま、少年はついぞ瞼を落とす。

 王子ローウェンは森の中で息絶え、アシュテネ王家の血は永遠に失われるのだ。

 身体から滲み出る七色の燐光は、肉体から抜け出す彼の魂かもしれない。それは明け方の空に微かな虹を作り、木々の間から差し込む陽光に溶けていく。

 ローウェンの意識は次第に遠のいていった。眠るように、緩慢な死が訪れる。


「虹! 虹だわ!」


 ふと、声を聞いた。それと一緒にやってきた足音が、彼の傍らでぴたりと止まる。


「た、たいへん!」


 それが誰のものなのか。それすら判別できないほど曖昧な思考の中で。


「ね、ねぇ……生きてるの? 息、してる?」


 傍らで呼びかける声に、ローウェンは反射的に答えていた。それは言語にならない呻きに過ぎなかったが、息があることを主張するには十分だった。


「よかった……ってよくないっ。待ってて、いま治してあげるから」


 声の主がそっと、体に触れた。湿った服越しでも、その手には温かさがあった。身体の中からじわりと広がるような心地よさ。痛みや疲労が和らいでいく、感じたことのない不思議な感覚。それは、母の抱擁にも似ていた。

 全身に広がった温かさと心地よさに魔力の波動を感じる。決して大きな力ではないが、魔力の光は少しずつ確実に彼の心身を癒していた。

 荒っぽい息遣いが聞こえる。声の主は、治癒魔法の連続使用によって額に汗を浮かべていた。それでも治癒をやめることはない。


「へいきだからね。きっと……助かるから」


 それが幼い少女の声であることに、ローウェンはやっと気付くことができた。

 重たい瞼を持ち上げた彼の目に映ったのは、白く華奢な腕と、艶やかなプラチナブロンド。少女の顔は、ぼやけてはっきりとは見えない。

 ローウェンは再び瞳を閉じて、彼女がもたらす心地よさに身を任せた。


 その心地よさが消滅すると、胸の上に重たさが生まれる。魔力を枯渇させた少女が気を失って彼の上に倒れていた。

 少女を押しのけて、ゆっくりと立ち上がる。先程までの衰弱が嘘のように、身体には力が満ちていた。視界も驚くほど鮮明になっている。

 倒れた少女は、貴族の出で立ちだ。ここは帝国領内。ラ・シエラの森である。すなわち、この少女はラ・シエラの娘。故郷を侵略したトゥジクスの娘だ。


 憎い。戦争を始めた皇帝が憎い。諫めなかった臣民が憎い。故郷を攻めた将兵が憎い。彼らの守る家族が憎い。彼らの掲げた旗が、彼らの握る剣が、彼らの駆る馬が。

 帝国の全てが、憎くて憎くて堪らない。激情のままに、少年は剣を抜き放つ。

 自分よりもいくつか幼いこの少女は、帝国の貴族。敵なのだ。憎悪に任せてこの剣を振り降ろせば、いとも容易く彼女の命を奪うことが出来る。


「いいのか……?」


 高く掲げた剣が陽光を映して煌めいた。その刀身に虹色の光が生まれ、眩いばかりの強い輝きを放つ。虹は天を衝き、七色の輝きを撒き散らした。

 ローウェンが継承した虹の魔力。その根源が彼の肉体から離れ、宝玉に宿っていった。

 白い頭髪が根本から黒く変色する様は、その現象を証明するかのようである。


「ごめん」


 そしてローウェンは、剣を振り降ろした。

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