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Cランクの最強冒険者、わがまま令嬢の護衛になる 〜正体を隠した底辺冒険者が英雄に至るまで〜  作者: 朝食ダンゴ
第4章

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65.決戦 2/4

「虹……虹だと? そんなバカなことが」


 フェルメルトが唖然として、うわ言のように繰り返す。


「どうなっている。アシュテネに女児がいたという話は、聞いたことがない」


 明らかに混乱している。失われたはずの虹が現れたこと。それは彼にとってあまりにも衝撃的な出来事だった。

 ならば勝機は今。ティアは裂帛の気合と共に突撃する。


「貴様。その剣は、なんだ」


 警戒して数歩ばかり後ずさるフェルメルト。


「なぜラ・シエラのメイドが、アシュテネの虹を持つ」


 ティアは構わず前進する。疾風怒濤の連撃は難なく防がれ、けれど怯まない。相手に攻勢に転ずる隙を与えず、ティアはただ攻め続けた。持てる力と技の全てを出し切って、文字通り全力の、全身全霊の剣を見舞う。


「お嬢様を……返せぇっ!」


 もっと強く、もっと速く。限界を超えるのだ。全ては愛すべき主の為に。


「これが、アシュテネの虹だと?」


 ティアの剣はより鋭く、激しさを増していく。それでいて尚、圧倒的な地力の差は如何ともしがたい。ティアの連撃は、その悉くが迎撃されていた。


「ぬるい」


 フェルメルトの無造作な一撃。剣と剣とがぶつかり合い、あえなく力負けしたティアの体勢が崩れる。

 致命的な隙だ。息を呑む間もない。


「さらばだ」


 この瞬間、ティアの生殺与奪はフェルメルトの手中にあった。


「勇敢なメイドの剣士」


 刃が迫る。だがティアは決して目を閉じなかった。

 最後の意地。決意の発露。絶対なる不屈。必ず主を救い出すと誓ったのだ。

 強靭な心の力は、時に奇跡を起こす。

 だが哀しいことに、奇跡を頼むにはあまりにも敵が強すぎた。フェルメルトもまた、彼自身の使命に不退の誓いを立てていたが故に。

 奮戦虚しく、ティアはフェルメルトの凶刃に切り捨てられる。


 決して覆らぬ決着――そのはずだった。

 刃がティアを斬り裂く直前。夜天から飛来した紫電の槍が二人の間に突き立ち、石畳を爆散させた。強烈な衝撃に煽られ、両者とも別々の方向に吹き飛ばされる。

 ティアには何が起こったか理解できない。魔力の槍が自身を助けたことにも気付いていなかった。ただただ驚き惑うのみ。

 転倒したティアの耳に、蹄鉄の音が聞こえた。顔をあげると、通りの向こうから魔導馬を駆るセスの姿。後ろにはイライザが同乗し、紫色の魔力を引いていた。

 魔導馬は跳躍し、ティアの前に踊り出る。明滅する青白い魔力が、彼女の心に一筋の光明となって差し込んだ。


「流石だ、ティア。彼を相手によく持ちこたえた」


「セス様」


 傷だらけのセスを見て、ティアは上ずった声を漏らした。馬に乗っているのが不思議なほどの重症だ。


「そのお怪我は」


「なんともない」


 そんなわけあるはずもないのに、セスは事もなげに言ってみせた。浮かべた笑みには隠しきれない衰弱が滲んでいる。


「エーランドと手を組み、人質を取って帝国の動きを封じるなんて。恐れ入ったよ」


 表情を引き締めて、セスはフェルメルトと対峙した。


「わからないな。あなたは一体、何の為に戦っているんだ」


 その問いに、フェルメルトの眉間に深い皴が集まる。


「野良犬には理解できんことだ」


「そうかい。まぁ、そうだろうな」


 セスはティアを一瞥する。馬を下りたイライザとも目線を交わし、互いに頷き合った。


「剣を」


 セスが手を差し出すと、ティアは握っていた七色の剣を両手で支えて持ちあげた。


「セス様に、託します。どうか、お嬢様を救ってください」


 この剣を持つ資格はセスにこそある。自分でも不思議なことに、ティアはそう信じて疑わなかった。

 剣を受け取ったセスは刀身を検める。一振りすると、周囲で七色の煌めきが舞った。

 フエルメルトはセスの所作をじっと見据えていた。殊勝にも待ちに徹しているのは、虹の魔力を警戒してのことだろう。


「将軍。交渉の余地はあるかい?」


「……言ってみるがいい」


「俺達はお嬢さえ返してもらえれば他には何も望まない。これ以上、あなた達の邪魔をするつもりもない。エーランド再興でもなんでもやればいい」


 セスはこれ以上血を流したくはなかった。取引によってシルキィを引き渡してもらえるならば、それ以上の僥倖はない。


「どうだろう? お互い無駄な戦いは避けたいと思うんだけど」


「笑止」


 だが、フェルメルトは嘲笑をもって答えた。


「己の姿を見ろ。死にぞこないの野良犬が何を吠えようと、大空を舞う鷹には届かん。その程度の簡単な道理も理解できんか」


 彼の鎧にあしらわれた雄々しい鷹のシンボルが、灯りに照らされてきらりと光る。

 セスとて最初から上手くいくとは思っていなかった。ただ、フェルメルトならば受け入れてくれるかもしれないと、心のどこかで期待していた節はある。清廉潔白を体現し、騎士道の模範とされた彼を、セスは幼い頃より尊敬していたのだ。 


「仕方ないな」


 ティアとイライザに目配せをする。


「派手にいく。お嬢を頼むぞ」


 言うと同時に、セスは虹の剣を振りかざした。

 七色の光が唸りを上げて膨張し、眩い閃光を放つ。その魔力は、他の比類を許さぬ圧倒的なまでの密度を誇っていた。

 セスは、フェルメルトごと大聖堂の大扉を破壊するつもりだった。


「面白い」


 その意図を察したフェルメルトが、深緑の魔力によって武装した。鎧と剣の隅々にまで行き渡る魔力は、聖騎士団長の勇名に違わぬ精彩を湛えていた。

 今にも激突が起こらんとする緊張感。互いの視線が交錯する。

 一触即発の空気は、肌をちりちりと焼くようだ。

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